中国経済新論:実事求是

科学的発展観を如何に貫くか
― カギとなる政治改革 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

10月中旬に開催された中国共産党第17回全国代表大会を経て、2002年秋から始まった胡錦濤体制は二期目に入った。大会における胡錦濤総書記の報告は、科学的発展観に基づき、バランスの取れた高成長と国民の生活の改善を目指すという、今後5年間の施政方針を示している。

ここで言う「科学的発展観」とは、人間本位を中核としながら、全面的な、協調のとれた、持続可能な発展を目指すことである。

まず、人間本位とは、発展の目的は単なるGDPに象徴される生産の量的拡大ではなく、国民の生活の向上にあるという考え方である。それに従えば、GDPの拡大が、所得と富の二極分化や、公害・環境問題の深刻化をもたらすのであれば、それは人間本位に反することになる。

また、全面的とは、経済だけでなく、社会、政治、文化、生態環境にも目を配ることである。中でも、今回の胡錦濤報告では、初めて「生態文明」の発展が強調されるようになった。

さらに、協調とは、各分野における改革を互いに結びつけ、促進させることである。中でも、(1)都市と農村の発展の調和(農村の発展を重視し、農民問題を解決する)、(2)地域発展の調和(後発地域を支援する)、(3)経済と社会の発展の調和(雇用の拡大、社会保障制度や、医療・教育といった公共サービスを充実させる)、(4)人と自然の調和のとれた発展(資源の節約と自然環境の保護を重視する)、(5)国内の発展と対外開放の調和(対外開放を堅持しながら国内市場の発展を加速する)、からなる「五つの調和」が強調されている。

最後に、持続可能とは、今の世代の利益だけでなく、後の世代の利益にも配慮することである。そのためには、これまでの投入量の拡大による成長から生産性の上昇による成長への転換が求められている。

中国の指導部も認めているように、科学的発展観を貫くためには、政治改革を含む全面的な発展が欠かせない。残念ながら、これまで中国では、経済改革と比べて政治改革が大きく遅れたと言わざるを得ない。今回の党大会の前に、北欧型の民主社会主義が中国の政治改革のモデルになるかをめぐって、学者たちの間で活発な議論が交わされるなど、政治改革を求める声が一部で聞こえたが、胡錦濤報告では、完全に無視される格好となっている。

報告では、「思想の解放」を標榜しながら、四つの基本原則(社会主義、人民民主独裁、共産党の指導、マルクス・レーニン主義と毛沢東思想)を堅持しなければならないとも述べている。四つの基本原則を放棄しなければ、民主化をはじめとする政治改革の余地は非常に限られたものになる。実際、今回の胡錦濤報告においても、民主化の議論は、あくまでも「党内民主」にとどまり、国民一人ひとりに対し政治に参加する権利を与える具体的措置はほとんど含まれていない。

確かに、5年前の胡錦濤政権誕生以降、発展戦略が従来の成長一辺倒から公平や環境を重視する方向へ改められた。しかし、多くの政策は、総論賛成・各論反対の状況に陥っており、所期の効果を上げるにいたっていない。格差を是正するためには、農民をはじめとする社会的弱者にも一人一票という政治的権利を与えなければならない。

また、環境問題を解決するためには、法整備に加え、市民団体やマスコミによる企業への監督や、裁判所による公平な判決も欠かせない。しかし、一党独裁の下では、このような条件を確立することは困難である。

さらに、市場経済化が進み、経済が発展するにつれて、社会の価値観と利益が多様化しているために、階級闘争を標榜する従来の共産主義というイデオロギーも求心力を失っており、共産党による統治能力も低下している。このような新しい政治・経済・社会の環境では、共産党は、一党独裁を維持するために、新たな正当性を求めざるを得なくなってきた。そのためにも、イデオロギーの修正を含む党の改革とともに、公平な選挙という洗礼を受けなければならない。

2007年11月2日掲載

2007年11月2日掲載