中国経済新論:実事求是

顕著となった生産能力の過剰
― 過熱からデフレへ ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

2003年以来過熱と言われる中国経済は、最近になって、消費者物価の伸びが低下するなど、一転してデフレ色を強めている。これまでの投資ブームが、多くの産業において需要を上回る生産能力をもたらしてしまい、価格が低下する中で、製造業における企業収益が悪化している。多くの企業は輸出の拡大に活路を求めているが、これに伴う貿易黒字の急増は貿易摩擦をもたらし、輸出環境が悪化している。

生産能力の過剰化が表面化している業種の中で、特に鉄鋼業界、電解アルミ業界、コークス業界、自動車業界の状況が深刻である。国家発展改革委員会の馬凱主任によると、鉄鋼業界では、すでに生産能力が需要を1.2億トン上回っている。現在建設中の工場の生産能力は7000万トン、建設予定の工場の生産能力は8000万トンに達している。電解アルミでは、現在の生産能力は1030万トンに上るが、そのうち260万トンが遊休化している。コークス業界では、生産能力が需要を1億トン上回っており、現在建設中または建設予定の工場の生産能力は3000万トンに上る。自動車業界では、生産能力が200万台分過剰な状態にあり、現在建設中の工場の生産能力は220万台、建設を検討中の工場の生産能力は800万台に上るという。

生産能力の過剰化をもたらした直接原因は、投資の拡大である。実際、中国における資本形成の対GDP比は近年上昇し続け、2005年には45%を超える世界でもっとも高い水準に達すると見られる。その背景には、次の要因が挙げられる。

まず、アジア通貨危機が終息に向かうにつれて、中国が直面する内外の経済環境が改善してきた。中でも、(1)2001年末のWTO加盟前後に、将来の市場に対する予期によって、対内直接投資が増加したこと、(2)北京五輪・上海万博等の国家投資プロジェクトによるインフラ、建設関連の投資需要が旺盛であること、(3)国有企業、集団所有企業改革の前進により企業収益・投資環境が改善したことによって、それまでの軽工業中心から、素材・エネルギー・機械への投資拡大につながったこと、(4)2001年にスタートした第10次5ヵ年計画は都市化建設を重視し、住宅、自動車、ハイテク等を新たな成長産業として指定したこと、などが投資の拡大に大きく寄与している。

また、歪められた価格体系が、投資の過剰を促している。中国における市場経済化は財・サービス市場が先行する形で進められ、生産要素市場においてはまだ政府による介入が多く、需給を反映した価格メカニズムがまだ十分に働いていない。特に、土地と資金の価格が市場均衡水準以下に抑えられているため、投資の収益性が高くなっている。その上、国有企業の場合、赤字になっても債務の減免などの形で政府に補填してもらえるというソフトな予算制約が、資金に対する需要を助長している。

さらに、2003年以降顕著になった投資過熱に対して、政府による引き締め政策が不十分であった。確かに、素材・エネルギーを中心とする投資過熱に対して、中央政府による投資抑制強化の方針が打ち出されたが、地方政府の抵抗に遭い、徹底できなかった。

生産能力の過剰を反映して国内供給が国内需要を上回る中で、価格が低下し、企業収益が抑えられる一方、製品のはけ口として、海外に市場を求めなければならない(図)。鋼材を例にとれば、2005年初のピーク時と比べて、価格が2割ほど低下しており、これを反映して、鉄鋼業の企業の利潤増加率も2005年1~10月で前年比+11.2%と、2004年の同期の63.4%から大幅に鈍化している。一方、2005年1~10月の鋼材の輸出は前年比69.1%(数量ベース)という高い伸びを示している。同じ傾向が他の業種にも見られる。その結果、中国の2005年の貿易黒字が、1000億ドルを超え、史上最高の水準を更新している。中でも、対米貿易黒字の急拡大は、米国との貿易摩擦、ひいては人民元の切り上げ圧力に拍車をかけている。

図 生産能力の拡大のマクロ経済への影響
図 生産能力の拡大のマクロ経済への影響
(出所)筆者作成

問題の深刻さを重く見た当局は、すでに一部の業種に対する新規投資の制限や、古い設備の淘汰、企業の統廃合を進めている。しかし、過剰生産能力をもたらした根本的な原因は、未熟な市場環境で行われた採算性の悪い投資であることを考えれば、国有企業と銀行の民営化や政府の役割転換など、市場経済を完備させるための改革を急がなければならない。

2005年12月27日掲載

2005年12月27日掲載