中国経済新論:実事求是

「四農問題」解決のカギとなる戸籍制度の改革

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

「内国民待遇」を求める農民

中国では、農村での生活水準が都市部と比べて遥かに低いことに象徴されるように、「農業、農村、農民」からなる「三農」問題は、調和の取れた社会を目指す政府にとって最大の課題である。「三農」問題を解決するために、政府は農民に対する租税減免と補助金支給による所得増と、インフラや公共サービスの向上を中心とする「新農村建設」に乗り出している。しかし、最終的には、余剰な労働力となった農民を都市部に移住させ、工業やサービス部門に再就職させなければならないだろう。農村部から都市部へ大規模な労働力の移動はすでに起こっている。しかし、戸籍などの制約から、出稼ぎの「農民工」は、多くの差別を受けており、都市部における貧困層を形成している。このように、従来の三農問題は、「農民工問題」が加わることにより、「四農」問題へと変貌してきた。

中国社会では建国以来、都市部対農村部という厳格な二元構造が存在し、そのため、今日になっても農民の社会における地位は低く、戸籍に縛られて移動の自由を厳しく制限されている。中国の憲法の規定によれば、公民は、高齢、病気あるいは労働能力喪失といった状況下で、国と社会から援助を獲得する権利がある。国は、公民がこのような権利を享受できるように、社会保障、社会救済および医療・衛生事業を整備する。しかし、実際には農民は「身分」上の制約から、国が提供する基本的な公共財を享受していない。

農業戸籍しか認められない農民は、勝手に都市に転居することはできず、就職先を見つけても、国内版ビザとも言うべき「暫住」の資格しか得られない。その数は、当局に登録しているだけで8673万人に上る(2005年6月)が、農民工は、都市の戸籍を持っていないゆえに、雇用の機会が厳しく制限され、低賃金と長時間勤務といった劣悪な労働条件を強いられている。多くの名目で、税金や費用は徴収されるのに、医療や子供の義務教育をはじめとする都市住民が享受している公共サービスを受けることができない。また、職を失っても、失業保障の対象にはならない。都市部で生まれた自分の子供も農業戸籍のままになっており、都市の戸籍が与えられない。

このように、農民は、農村に残っても、都市部に移住しても「非」国民待遇しか受けていない。戸籍によって人口に移動を制限することは、労働力という資源の有効な配分の妨げになるだけでなく、中国が自ら署名している国連の「世界人権宣言」で訴えている「すべて人は、各国の境界内において自由に移転及び居住する権利を有する」という条項にも明らかに違反している。

今年の10月末頃から、フランス各地で現地社会から疎外されている移民による暴動が起こっている。中国では、都市部で働いている農民工が外国人労働者以下の待遇しか受けていないことを考えれば、同じような事態が起こっても不思議ではない。これを防ぐためには、農業戸籍と非農業戸籍の区別をなくすなど、戸籍制度の改正などを通じて、農民にも「内国民待遇」を与えるべきである。

機運が高まる戸籍改革

こうした要求に応える形で、最近、戸籍制度改革がついに動き出した。劉金国公安部副部長は中央社会治安総合治理委員会の席で、「中国公安部は戸籍制度の改革について検討を行い、農業と非農業の戸籍の垣根を撤廃し、都市部と農村部における一本化した戸籍管理制度の確立を模索している。それと同時に、合法的な固定の住所を戸籍登録のよりどころとし、大都市や中都市に向う戸籍移転への制限を徐々に緩めることにしている」と語り、大きな反響を呼んでいる(「法制日報、2005年10月26日」)。

すでに、一部の省、直轄市では戸籍制度の改革が始まっている。2003年に、湖北省は武漢市、襄樊市、黄石市をモデルケースとして、農業戸籍と非農業戸籍の区別をなくし、いずれも「湖北省住民」に一本化した。2004年に、山東省は都市部と農村部の一本化した戸籍登記制度を実施し、都市部への移籍のための費用を徴収しないことになっている。今では、山東省、遼寧省、福建省など11の省・直轄市の公安機関は都市部と農村部の戸籍一体化の登録をすすめ、農業と非農業の戸籍の垣根の撤廃を徐々に推し進めている。

このように、世論と政府の固い決意に支持され、戸籍制度改革はすでに本格化の段階に入りつつある。確かに、農民が差別を受けることなく、自由に移動できるようになれば、短期的には、都市部における失業の圧力の増大と治安の悪化や、公共サービスの供給が不足するという恐れがある。しかし、これを口実に改革を拒むのではなく、条件を整えながら、実施地域の拡大を含めて、改革を着実に進めていくべきであろう。それにより、農民も、都市部に移住する農民工も、都市住民と同じような権利を得る日が、そう遠くない将来到来するだろう。

2005年11月22日掲載

2005年11月22日掲載