中国経済新論:実事求是

産業の高度化を目指す珠江デルタ
― 揺るぎない競争優位 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国の対外開放は、80年に成立した四つの経済特区から始まり、中でも香港に隣接する深センは外国企業の投資先として注目された。その後、より安い労働力と土地やより緩い規制を求めて、外国投資が経済特区の境を越えて、北の方に広がりを見せた。その結果、珠江デルタが世界の工場としての中国の一翼を担う一大経済圏として浮上してきた。「外資企業」による「輸出指向」の「労働集約型産業」の発展は、珠江デルタに高成長をもたらした。しかし、上海を中心とする長江デルタの台頭により、外資誘致の競争が激しさを増すにつれて、珠江デルタも産業高度化に積極的に取り組むようになった。産業の集積と裾野の拡大や、国内企業の成長、インフラの整備、さらには現地市場の拡大など、産業高度化のために有利な条件がすでに整いつつある。

まず、安い労働力と土地とともに、産業の集積は珠江デルタの国際競争力の源になっている。中でも、東莞市を中心にできあがったIT関連の産業クラスターは世界でも最大級のものである。これに加え、日系メーカーの参入による自動車産業の発展が注目されている。1998年に撤退を決めたフランスのプジョーの工場を買収する形でホンダが進出したのに続き、中国のWTO加盟を受けて、日産やトヨタも広州に工場を建設する計画を進めている。これに合せて、すでに多くの日系自動車の部品メーカーが進出しており、広州を中心に、自動車関連の産業クラスターが形成されつつある。

また、これまでも外資企業の投資拡大が珠江デルタの発展の原動力になってきたが、これに加え、中国の民営企業も新たな力として加わりつつある。その大半は、外資系企業とOEMや合弁などの形で協力関係(または協力した経験)を持っており、これを通じて、技術や経営管理を学んできた。DVDメーカーの歩歩高(BBK)は自社ブランドで国際市場において高いシェアを獲得しており、電子レンジの海外からのOEM(受託生産)で急成長した格蘭仕(Galanz)も、自社ブランドでの国内販売を伸ばしている。また、通信機器メーカーである深センの華為(Huawei)のように、全国から優秀な技術者を集め、すでに自分で研究開発能力を持つハイテク企業も現れ始めている。

さらに、高速道路網や発電所をはじめ、インフラの整備も着々と進んでいる。産業の発展は各レベルの政府に潤沢な税収をもたらし、インフラ投資の資金源を提供している。それに加え、内外企業も同地域の高成長を見込んで、インフラ投資に積極的に参入している。中でも、現在、香港系企業の主導で香港とマカオ・珠海の間に全長30キロに及ぶ大橋の建設計画が進められている(図)。この橋が完成すると、珠江デルタの西部と東部間を往来するための時間が大幅に短縮されることになり、西部地域はこれまで東部に集中していた外国企業の投資に新たなフロンティアを提供することになろう。

図

最後に、工業化が進み、所得水準も上昇する中で、現地市場の魅力も高まっている。日系の自動車メーカーは、一部広州から輸出することも考えているが、主な市場の目標はむしろ珠江デルタを中心とする華南地域に照準を合せている。自動車の普及に伴い、道路関連の建設はもちろんのこと、カーローンやメンテナンスなど、関連する需要も盛り上がってくるだろう。自動車の他に、住宅や観光、物流、環境などの分野も高成長が見込まれる。

このように、珠江デルタでは、産業集積、国内企業の成長、インフラ整備、さらに国内市場拡大といった優位は産業発展の原因であると同時にその結果でもある。両者が互いに促進しあうという好循環が定着している中で、産業の高度化と経済規模の拡大の勢いは留まるところを知らない。

2003年12月12日掲載

2003年12月12日掲載