中国経済新論:実事求是

CEPAで再活性化を目指す香港経済
― 「来てもらう」戦略の薦め ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

香港は中国本土との間でCEPA(Closer Economic Partnership Arrangement、経済貿易関係緊密化協定)を2003年6月に正式に締結し、その細則も9月29日に発表された。CEPAの内容は自由貿易協定(FTA)より範囲が広く、サービス貿易と投資の簡素化なども含まれている。香港は中国の一部ではあるが、一国二制度の取り決めの中で香港が別の関税区となっているため、このような枠組みが必要となった。しかし、CEPAに関して言えば、本来香港は最初から輸入関税もほとんどなく、調整が必要になるのは中国側である。それにもかかわらず、中国側が話を進めた理由は返還以降の香港経済が芳しくなく、何らかの形で香港を支援しなければならないためであった。

CEPAが締結されることにより、香港から中国本土への輸出の6割強を占める電機・電子製品、アパレル、プラスティック製品、紙製品、化学製品、時計など273品目の商品がゼロ関税で大陸市場に参入できることになる。これは、資金、情報、起業そして技術導入における香港の優位性の利用を促すだけではなく、大陸の科学技術研究ならびに豊富な人材という優位性との結びつきをさらに強めることを通じて、新しい優位産業を形成させることにも非常に有利となる。

CEPAのもう一本の柱は、中国が香港企業に対して金融や小売、物流、通信事業など18分野に及ぶサービス部門の市場を開放することである。「香港企業」の定義は「香港に法的に設立され、3~5年の営業実績があること」となっており、この条件を満たす多国籍企業の香港での現地法人もその対象となる。中でも、中国本土の企業にとって、CEPAの恩恵を享受するために、香港で拠点を設けることが有利になっている。このように、CEPA関連の措置により、香港のビジネスセンターとしての地位が強化され、高付加価値産業が創出されることが期待される。中でも、CEPAによって、中国本土の銀行は国際証券・債券取り扱い及び外国為替センターなどを香港に移転することが可能となり、また、中国本土の銀行が香港において、買収や合併による事業拡大を行うことも奨励されている。人民元のオフショア業務の拡大に伴って、香港は中国の金融センターとしての地位を固めるだろう。

これまでは香港企業が中国に「出て行く」という形で中国経済との一体化を進めてきた。実際、中国から見ても香港は欧米や日本を凌ぐ第一位の投資元となっている。その一方、香港の製造業の規模が大幅に縮小し、貿易も中継貿易が中心となり、輸出全体に占める地場輸出が10%を割る水準まで低下している。このような対応は利潤を追求する企業にとって合理的選択だが、香港経済の空洞化を招いてしまったというマイナスの面もあったことは否定できない。

これに対して、CEPA締結によって今後中国企業の香港に対する投資が増え、資金、人材、観光客などが香港に集まってくれば、失業問題が緩和され、香港経済が活力を取り戻すことになる。現に、SARSが収まったこの夏以降、中国からの観光客に対する制限が一部緩和された結果、街中が活気を取り戻しつつある。それに引き続き、香港の不動産などに対する投資額が650万香港ドル(約1億円)を超え、かつその投資期間が満7年となる海外居住者に対し永住権を給付するという制度の導入が決定された。今のところ、中国大陸住民は同制度の対象とならないが、このような制限は中国の資本移動の自由化に合わせて、緩和されるであろう。これに加え、中国の人材を吸収するために、プロフェッショナル移民に対してもより柔軟に対応すべきである。

日本経済の空洞化が騒がれてもう久しいが、東京の空洞化という話は聞かない。これは、モノ、ヒト、カネ、情報が、日本の国内だけでなく、世界中から集まってくるためである。香港も、対中ビジネスに関して、これまで蓄積した経験に加え、地理、言語、文化の面における優位はそう簡単に揺るがない。CEPAの実施を梃子に、香港が、「出て行く」から「来てもらう」という戦略転換を進めれば、単に「中国への玄関」から「華南地域のビジネスセンター」になる日は目前に迫っている。

2003年10月10日掲載

2003年10月10日掲載