中国経済新論:実事求是

改革のモデルになる六本木ヒルズ開発
― 政治家にも求められる企業家精神 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

この春、都心に「六本木ヒルズ」という近未来の世界を思わせる巨大な街が誕生した。4月のグランドオープン以来、常に家族連れやカップルでにぎわっており、東京の新しい名所になっている。同プロジェクトは、民間の市街地再開発事業としては国内最大規模を誇り、また多くの「革新的」要素を含んでいるだけに、都市再生にとどまらず、日本経済の再生を考えるときにも我々に多くの示唆を与えている。

六本木ヒルズは、東京ドーム約8個分に当たる11.6ヘクタールという広い土地に建ち、オフィス・住宅・商業施設・文化施設・ホテル・シネマコンプレックス・放送センターなど「住む、働く、遊ぶ、憩う、学ぶ、創る」といった多様な機能を持つ街である。近年、多くの日本人が上海の変貌を見て驚き、また脅威を感じている。しかし、六本木ヒルズや汐留などは、ハードとソフトの面においても、上海と比べて遜色がないどころか、はるかに進んでいる。このような東京における大規模の再開発プロジェクトの進展を見れば明らかなように、上海に対する憧れは、単に隣の芝生が青く見える心理を表しているに過ぎない。

六本木ヒルズ事業の始まりは、1986年に六本木六丁目地区が「再開発誘導地区」に指定されたことに遡る。その後、地権者の一人である森ビルがテレビ朝日などとともに、他の地権者に対し再開発を呼びかけた。しかし、この地区の地権者は500名以上にも上り、意思の統一は容易ではなかった。その後、地権者間で粘り強く、徹底的に話し合った結果、1998年に400名以上の地権者が参加した「市街地再開発組合」の設立、さらには2000年4月の着工につながった。構想から完成まで実に17年余りの歳月が過ぎたが、予想以上の大人気を獲得したことにより、関係者の夢が実を結んだのである。

このように、都市再開発は、単に古い建物を壊して、その代わりに新しい建物を建てるという技術的問題にとどまらない。住民の土地の所有権を中心とする契約関係を変えなければならない点において、政府主導の「構造改革」とも類似している。

森稔社長が率いる森ビルが、デベロッパーとして、また総合的なコーディネーターとして、六本木ヒルズの実現に情熱を傾けてきたように、民間による都市再開発の担い手は企業家である。彼らが果たす役割は、ビジネスチャンスを発見し、ビジョンとそれを実現するための道筋を提示した上、関係者を説得し、コンセンサスを形成させることである。この成功の前提条件は、プロジェクトの実現による住民全体の生活の向上はもちろんのこと、その利益の分配が皆に受け入れられることである。企業家は、補償などを通じて、再開発の恩恵が関係者全員に行き渡るような状況(いわゆるパレート改善)を作り出さなければならない。無論、企業家自身も、いろいろな調整費用と事業失敗というリスクを負う以上、成功報酬として、それに見合う収益によって報われなければならない。

これに対して、政府主導の構造改革の場合、個別の経済主体間の契約関係を超えて、政府と国民間の契約に当たる法律を改めなければならない。そのため、その担い手として直接立法に関わる政治家が果たす役割は大きい。企業家と同様、革新的政治家にも、ビジョンを提示し、利益の再分配などを通じて、利益団体をはじめとする関係者を納得させる指導力が求められる。単に抵抗勢力と対立を繰り返しても、改革は進まないのである。

企業家と違って、政治家が改革に取り組むことによって得られるものは、金銭的利益より、選挙における有権者の支持であり、自分の名声の高まりである。残念ながら、現在の小選挙区制の下では、政治家達は、国の全体益に基づいて改革を目指すより、予算の配分を通じた中央から選挙区への利益誘導に熱心になってしまっているようだ。政治家が部分益ではなく、全体益に努める変革者になるように、政治改革を通じて、彼らに新たなインセンティブを与えるべきである。企業家と政治家が、旧体制下の既得権益を守るのではなく、新体制の育成に努めるようになれば、日本経済が復活する日は近くなるだろう。

2003年8月22日掲載

2003年8月22日掲載