中国経済新論:実事求是

高まる金持ち批判:問われる原罪

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

最近、中国では、長者番付に載せられた何人かの金持ちが脱税や不正取引にかかわる不祥事で逮捕された。中でも、北朝鮮の新義州経済特区の初代行政長官として指名された楊斌氏のケースは海外でも知られている。これらの不祥事をきっかけに、富裕層に対する世論が厳しくなっている。金持ちに向けられた批判は、彼らが財産を隠し、自分の収入に見合った税金を払っておらず、国民としての義務を果たしていないといった点に留まっていない。彼らが自分の努力と才能よりも、多かれ少なかれ自らの権力と地位を乱用するか、権力者と結託することを通じて富を成したという「原罪」にまで遡る。しかし、金持ちによる不正行為は、単に個人個人のモラルの問題ではなく、制度の不備によってもたらされた問題だと理解すべきである。

計画経済の時代では、資本家が弾圧の対象となり、階級としてはもちろんのこと、個人としても存在し得なかったが、70年代末、改革開放をきっかけに、この状況が一転した。それ以来、私営企業が急成長を遂げたことに続き、90年代後半になると、国有企業と土地の私有化も進み、このプロセスを通じて、多くの国有企業の経営者や政府と共産党の幹部が莫大な富を手に入れた。富裕層の原罪を巡って、世論の矛先は、自ら創業した私営企業家より、国有資産を起業の原資とする党および政府幹部の出身者に向けられている。

本来、国有企業の幹部達は、国民全体を代表する政府の委託を受けて経営にかかわっているに過ぎないが、彼らを監督する体制も法律も十分でないため、その不正行為を許してしまったのである。国有資産への侵食は手口が巧妙で、合法的取引という形で行われる場合が多い。例えば、民営化の過程において、幹部たちは立場を利用して市場評価よりずっと安い価格で、国有企業の株を手に入れている。国有または集団所有だった土地も、同じような不透明な操作によって一部の特権者の私有財産になってしまっている。こうした行為は、仮にこれまで不備だった法律に抵触していなくても、社会の公平に反していることは明らかである。ここで問われているのは、合法性よりも、公平性のことである。

これと比べて、自ら創業した企業家が犯した「原罪」は比較的軽く、情状酌量の余地がある。改革開放当初、私営企業に対してまだ政治の風当たりが強かった頃は、集団企業や国有企業という「赤い帽子」をかぶった企業も多かった。これは、許認可や融資など、いろいろな面において、当局に便宜を図ってもらうためにも、やむを得ない選択であった。しかし、こうした企業が大きくなるにつれて、その所有権を巡って、実質上の創業者と名目上の所有者である(地方)政府当局の間にはトラブルが多発するようになった。中には当局が、公権力をバックに、創業者の財産を不当に侵害し、没収する場合も多い。このように、改革開放政策に転換して25年間経とうとする今も、私有財産の保護は十分に行われていない。この不利な環境の中で、私営企業家は、自衛策として、時には不正行為に頼らざるをえないのである。

「原始資本蓄積」の過程において犯した原罪を含めて、金持ちの不正行為を厳しく追及すべきだという世論が高まっているが、それによる政治と経済の不安定化を懸念する当局は慎重な姿勢を取っている。なぜなら、多くの金持ちが懲罰を恐れて資産を持って海外へ逃亡することになれば、国民経済への大きな打撃が避けられず、また、追及の対象が共産党の指導部に及ぶようになれば、政権の安定が揺らぎかねないからである。

これまで起こった事件の責任追及が無理であるなら、当局はせめて市場経済に向けた一層の制度改革を通じてその再発防止に取り組むべきである。具体的には、法律を強化し違法行為に厳罰を課すことはもちろんのこと、公平な税制と社会保障制度の構築も欠かせない。その一方で、私有財産の保護を強化し、企業家に安心してビジネスに専念できる環境を整えなければならない。

表 2002年以来 中国の金持ちにかかわる不祥事
氏名会社名経歴・補足事項等罪状
楊斌欧亜集団2001年Forbes中国大陸富豪ランキング2位脱税・公文書偽造
仰融華晨控股2001年Forbes中国大陸富豪ランキング3位脱税
李経緯健力宝第9期全国人民代表大会代表汚職
劉暁慶北京暁慶文化芸術公司1996年Forbes中国大陸富豪ランキング45位、最優秀主演女優賞受賞者脱税
王雪冰中国銀行中国銀行行長利益供与・収賄
朱小華中国光大集団総公司董事長収賄
黄仕靈東菱電器有限公司董事長詐欺
李福乾百文股フン有限公司董事長、第九期全国人民代表大会代表虚偽の財務会計報告
施争輝香港耀科国際董事長脱税・密輸
呉志剣深圳政華集団董事長、2000年Forbes中国大陸富豪ランキング26位詐欺・公文書偽造
(出所)中国の各種新聞・雑誌報道より

2003年5月16日掲載

2003年5月16日掲載