中国経済新論:実事求是

中国における経済学者の勢力図
― 改革と保守の枠を越えて ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

近年、中国では改革の青写真を巡って、改革派対保守派という単純な構図が崩れ、百家争鳴と言っていいほど多様な議論が交わされている。すなわち、政治改革を急進的に進むべきか、それとも従来の権威主義を維持するか、そして経済面では、市場原理を貫いて効率を追求するか、それとも平等を求めるために政府の市場への干渉を辞さないか、という二つの主張を基準に、中国の経済学者を、「改革派」、「保守派」、「主流派」と「反主流派」に分類することができる(図)。

中国経済学界での「主流派」と「改革派」はともに市場メカニズムの導入が中国の経済発展にとって不可欠な条件であることを主張するが、政治改革に関しては前者が慎重な姿勢をとっているのに対して、後者はより急進的改革を求めている。

「主流派」経済学者は、中国共産党の指導部と同様、経済改革には積極的だが、政治改革には慎重であるというスタンスととっている。彼らの主張を支えているのは、権威主義に基づく東アジアモデルの成功と、中国の漸進的改革の実績である。これに対して、九十年代前半、前ソ連・東ヨーロッパ諸国において、急激な政治改革に伴って経済が破綻し、国民の生活水準が急落したことは反面教師となっている。呉敬璉、樊綱、林毅夫をはじめ、今年6月に中南海で開かれた経済会議に招かれた12人のエコノミストの顔ぶれを見ると、その大半が「主流派」学者であることが容易に観察できる。彼らはまさに指導部のブレインとなっており、中国の経済政策に大きな影響力を持っている。

これに対して、自由主義を標榜する「改革派」は、中国共産党による一党支配が続く限り、市場メカニズムが機能せず、経済発展がいずれ行き詰まると警告する。これを踏まえて、私有財産の保護はもちろんのこと、民主化や憲政といった政治制度の改革も中国経済改革の必要条件であることを結論付けている。香港大学の張五常とオーストラリア・モナシュ大学の楊小凱がその代表者であり、また中国国内において、新制度経済学の総本山である天則経済研究所のメンバーもこのグループに属すると考えられる。

あくまでも市場メカニズムによる効率の追求を主張する「改革派」と「主流派」対して、はっきりと異議を申し立てているのは、公平を強調する「保守派」と「反主流派」である。彼らは、経済高度成長に取り残された社会下層部の民衆や弱者に絶えず目を向けて、これまでの高度経済成長によってもたらされた貧富格差の拡大などに注目している。現在の中国社会において、一部の人が富を実現したのは、決して公平な競争の結果ではなく、むしろ一部の特権階級あるいは不正によるものであるとしている。また、「保守派」と「反主流派」の経済学者達は、経済発展の裏側に潜んでいる人口問題、環境破壊問題、モラルの喪失に対しても絶えず鋭い問題提起を行っている。

「保守派」と「反主流派」は社会の公正を強調する面において一致しているが、政治改革に対する姿勢が対立している。「反主流派」の代表格であるジャナーリストの何清漣は、政府と国有企業の幹部による不正行為を暴露し、腐敗の根源を政府の体制に求めている。結局、何氏の著書は発禁となり、本人も当局による迫害を恐れて、アメリカに亡命してしまった。これに対して、清華大学国情研究センターの胡鞍鋼を始めとする「保守派」は、現政権と対立する姿勢をとらず、当局にとって、「打撃を与えるべき一握り」よりも、「団結すべき大多数」として体制内に取り込む対象となっている。「保守派」は「新左派」とも呼ばれるが、従来の左派と違って、彼らの思想はマルクス・レーニン主義よりも「第三の道」を掲げるヨーロッパの社会民主主義に近い。

このように、中国の経済学者達の間に様々な見解の違いが見られ、一見、政府の政策助言に大きな影響を果した人と、運命に翻弄され海外に亡命を余儀なくされた人との間に雲泥の差があるように見える。しかし、この様々な人間模様の背後に、13億人の運命を左右する経世済民の学問の追究を通じて、懸命に中国の現代化の道のりを模索する多くの中国経済学者の勇ましい姿があった。

図 中国経済学者の勢力図
図 中国経済学者の勢力図

2002年12月13日掲載

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