中国経済新論:実事求是

日本における多様な中国観
― 対中政策にどう反映されるか ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

日本人の中国に対する見方が大きく揺れている。アジア通貨危機当時の悲観論が急速に退潮し、楽観論、さらには脅威論に取って代わられた。最近、中国の活力を活かす動きが企業レベルにおいてようやく活発化し始めており、政府レベルにおいてもFTA構想など、中国との協力を模索し始めている。日本人の中国に対する見方は、中国の未来を楽観的に捉えるか、それとも悲観的に捉えるか、また、中国を脅威と見て対立姿勢をとるか、それともパートナーと見て協力姿勢をとるか、という二つの基準軸により、四つに分類することができる。これにより、各官庁の中国に対するスタンスが見えてくる。

図 各官庁の中国に対するスタンス
図 各官庁の中国に対するスタンス

楽観的な見方とは、中国が改革開放以降の高成長を今後も続け、近い将来に先進国の仲間入りを果たすという見方であり、経済産業省と農林水産省がそのような見方をしている。しかし、両省の中国に対する姿勢は異なったものとなっている。まず、中国と補完関係にある日本の産業の利益を重視する経済産業省は、中国を含む東アジアとの経済関係を深め、日本を含めた東アジア全体の経済発展を達成しようと、同地域のFTA(自由貿易地域)構想を基に協力姿勢をとっている。また、それにより、比較優位に沿った産業構造の調整が促進され、日本の産業構造の更なる高度化を図ろうとしているのである。このようなスタンスは、多くの経済学者や中国をビジネス・チャンスとして捉えようとする多くの経営者がとっている。しかし、農林水産省は、中国が成長し、食糧不足に陥れば国際価格が上昇してしまい、逆に中国の生産が過剰になれば日本への輸出が増え、国内の農家に大きな打撃を与えてしまうということを考慮し、昨年起きたセーフガード問題の時のように中国との対立姿勢をとっているのである。

一方、悲観的な見方とは、中国の経済発展がいずれは行き詰まり、政治の不安定化や社会の不安定化から分裂が生じ、またそれに伴って混乱が生じてしまうのではないかと懸念する見方であり、外務省と財務省がそのような見方をしている。そして、両者とも中国に対しては協力姿勢をとっている。まず、外務省は、中国におけるインフラ整備や所得格差の是正を促し、中国の経済発展の支援や社会の不安定要素の解消、またその日本への悪影響を抑えようという目的から、ODAを通じた協力姿勢をとっている。また、財務省、中でも国際局は、タイを始めとするアジアの新興工業国が経験した通貨・金融危機が、WTO加盟で金融開国を迫られている中国でも発生しかねないということを懸念し、中国、さらには東アジアにおける金融面での協力を図ろうと、AMF(アジア通貨基金)構想を促しているのである。

最後に、防衛庁は、ASEAN地域フォーラム(ARF)といった場を通じて中国との融和を図りながらも中国の軍事大国化を警戒している。特に、いまだに共産党の一党独裁下にある中国が人権問題や台湾との問題などの政治的・社会的不安定要素を抱えていると見て、それを原因とする混乱が日本に与える影響を防ごうと、有事法制の整備を含めた対立姿勢を取っているのである。

このように、日本の各官庁の対中政策は、違う理念や前提に立っており、整合性の取れた「国策」が見えてこない。その上、各官庁の相対的な発言力が国内外の情勢やそれによって敏感に変化する世論に大きく左右されており、そのため一貫性がなく、場当たり的な対策が行われているのである。外交は内政の延長であると言われているように、国内の各官庁間の協調が上手くいかなければ、国際協調も上手くいくはずがない。日中両国の間で軋轢が繰り返し生じる原因の一つはここにあるのかもしれない。

2002年11月15日掲載

2002年11月15日掲載