中国経済新論:実事求是

対中投資は日本の空洞化要因になり得るのか

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国が世界の生産拠点として注目を集める中、日本の対中投資の増大が、国内の空洞化に結びつくのではないかという懸念が高まっている。しかし、日本の対外直接投資は、対中はもとより、全体で見ても規模が極めて限られている上、受入国のみならず、日本経済にも利益をもたらすはずであることから、空洞化の危惧は当てはまらないと考えられる。

日本の対外直接投資は絶対金額で見ても、自国の経済規模に比べても決して大きくはない。国連の『世界投資報告』によると、2000年の日本の対外直接投資は328億ドルに留まり、日本のGDPの1%にも満たない。これは、イギリス(2498億ドル)、フランス(1725億ドル)、米国(1392億ドル)という上位国には遠く及ばず、カナダやスウェーデンに次ぐ世界12位の低水準である(図1)。このように、国際比較の観点から見ると、日本はむしろ対外直接投資小国である。日本より上位にランクしている対外投資国において、空洞化という議論はほとんど聞かないのに、なぜ日本だけは騒いでいるのだろうか。

一方、財務省の統計によると、2000年度日本の対外直接投資は、対世界全体で5.4兆円(届け出ベース)、そのうち対中投資は僅か1000億円に留まっている(図2)。対中投資は日本の対外直接投資の2%、GDPの0.02%に相当し、対米投資の1.3兆円にも遠く及ばない。また、経済産業省によると、2000年製造業の海外現地法人の売上は58.0兆円、そのうち、中国が5.0兆円(全体の8.6%)と、米国の20.4兆円を大幅に下回っている。

日本の対米投資は、金額的に対中投資を大きく上回っているだけでなく、日本の基幹産業である自動車産業に集中している。それにもかかわらず、なぜ対中投資だけが空洞化の原因とされるのであろうか。本来、比較優位に即した直接投資を望ましいと考えるならば、安い労働力を活かした対中投資は「良い直接投資」に当たるのに対して、貿易摩擦の回避を目的とした対米投資の方が、「悪い直接投資」に当たるといえよう。

そもそも、直接投資はゼロ・サム・ゲームではなく、当事者双方にメリットをもたらすはずである。日系企業の中国での売上が増えれば、その分だけ、日本の国内生産を減らしているという見方は間違いである。実際、現地法人の売上には、日本から調達する部品や、進出企業に支払う配当金、技術使用料などが含まれている。それでも国内の雇用機会が奪われるのではないかという疑問は残るが、マクロ経済政策が適切に運営され、資源の移動を妨げるような規制が緩和されれば、完全雇用が維持できるはずである。現に、90年代において、米国が、対外投資を増やしながら、ほぼ完全雇用を達成し、10年間の好況を謳歌した。

結局、空洞化論は、経済実体を反映したものであるというよりは、産業調整のコストを含む業種間の所得分配を背景とする政治問題や、日本経済の長期低迷を受けた自信喪失の現れであると見た方が良いだろう。感情的に空洞化を懸念して中国脅威論をあおるよりは、経済実体に基づく冷静な議論が望まれる。

図1 世界対外投資国ランキング(2000年)
図1 世界対外投資国ランキング(2000年)
(出所)United Nations Conference on Trade and Development, World Investment Report 2001.
図2 日本の地域別対外直接投資(2000年度)
図2 日本の地域別対外直接投資(2000年度)
(出所)財務省「対外及び対内直接投資状況」

2002年2月15日掲載

2002年2月15日掲載