中国経済新論:実事求是

日中貿易摩擦の行方
― 得策でないチャイナ・バッシング ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

農産品3品目に対するセーフガード暫定措置の発動とそれに対する中国の報復措置に象徴されるように、日中間の貿易摩擦は拡大と深化の様相を呈している。60年代以降長期にわたって対米貿易摩擦に悩まされてきた日本にとって、今度は追い上げる側から追い上げられる側に立場が変っているという意味において、新しい体験である。当時、日本の輸出攻勢に対して、米国は輸入制限や日本に対して構造改革や為替調整を迫るといった強硬策、いわゆる「ジャパン・バッシング」で対応した。日本はこれから中国に対して、「チャイナ・バッシング」政策を採るべきなのであろうか。

これまで米国による「ジャパン・バッシング」が行われた背景について、ワシントンに拠点を置く国際経済研究所(Institute for International Economics)のフレッド・バーグステン所長は、その新著No More Bashingで、以下のように指摘している。まず、日本経済は極めてダイナミックであり、第二の経済大国として特別な存在であった。第二に、日本の急成長の背景には、アングロ・サクソン流の経済・経営とは異なるシステムがあった。政府主導の産業政策や円安政策は、米国からみると、違っているというだけでなく、「不公正」であるとさえ受け止められた。第三に、日米は貿易のみならず、安全保障の上で極めて密接な関係が構築されていた。日本が米国の軍事力に依存するのと引き替えに、米国は、日本に「外圧」をかけることのできる唯一の国として、経済交渉においても大いにその影響力を行使した。

翻って、現在の日中関係を考えると、第一、第二の点については、日米間と同様に当てはまる。すなわち、中国は人口13億人を抱える大国である上に、80年代以降年平均10%の高成長を遂げており、そう遠くない将来、日本を抜いてアジアにおけるナンバー・ワンの経済大国になるであろう。また、中国はいまだ共産党一党独裁の政治体制をとっており、経済制度においても、市場経済を目指しているとはいえ、公有制を堅持するなど、日本が標榜する資本主義とは異質なものである。しかし、日中間には日米間の第三の点に当たる安全保障面での協力が欠如している。歴史問題という重荷を抱える日本はむしろ中国より弱い立場になっており、中国政府に対し、影響力を行使するのは困難であろう。

二国間の交渉による貿易摩擦の解消に限界が見える中、唯一の頼みの綱はまもなく実現される中国のWTO加盟であろう。WTOでは、その前身であるGATTと比べて、多国間からなる紛争処理機構が大幅に強化されており、日中貿易摩擦の解決に当たって大きな役割が期待される。中国はWTOに加盟すると、セーフガードに対して報復措置を採ることができなくなる代りに、提訴する権利が認められる。11月8日にセーフガード暫定措置が期限を迎えるが、本発動に発展してしまえば、中国はWTOに提訴することも辞さないであろう。日本は、セーフガードの発動はWTOに認められる輸入国の当然の権利だと主張している。これに対して中国は、日本がセーフガードを発動する際、多くの輸入急増品目の中で、中国が特に高いシェアを持つ農産品3品目だけを対象としており、WTOの無差別原則に反していると反論している。さて、長期戦が予想される「日中貿易戦争」は、この第一ラウンドにおいて、どういう形で決着がつくのだろうか。

2001年10月19日掲載

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