中国経済新論:日中関係

なぜ日本が貿易摩擦を挑んだのか

馮昭奎
中国全国日本経済学会副会長

1940年生まれ。65年清華大学無線電電子学系卒業。83年中国社会科学院日本研究所入所、90年同副所長。現在は中国社会科学院研究員、中国全国日本経済学会副会長、中国中日関係史学会副会長。主要著書に『新工業文明』、『日本経済』、『日本:戦略の貧困』など多数。

今年4月10日、日本政府が中国側と日本国内の反対を押し切り、4月23日から11月8日までの200日間、中国から輸出したネギ、生しいたけ、畳表の農産品3品目に対するセーフガードの暫定措置を強行的に発動した。その対抗措置として、中国政府は6月22日より、日本の自動車、携帯電話、クーラーに対して100%の特別関税を課す方針を発表した。現在、中日両国が貿易摩擦の解決に向けて対話を進めている。これと同時に、中日両方から日本がなぜ今回の貿易摩擦を挑んだのかについて様々な意見が交わされており、日本国内においてもセーフガードの是非をめぐって論争が展開されている。

補完性を活かした対日輸出の急増

1972年の国交樹立以来、中日両国間の貿易が拡大し続けている。特に1993年から1995年までの間に、両国の貿易額は年平均百億ドルの増加を実現し、1996年には600億ドルに達していた。1998年に日本の景気後退やアジア金融危機などの影響を受け、中日貿易額は初めてマイナス成長を記録したが、1999年に600億ドルに回復し、そして2000年に857億ドル(日本側の統計)に達している。現在、対日貿易が中国対外貿易総額の18%を占め、日本が中国の最大の貿易相手国となっている。これに対して、日本にとって、中国はアメリカの次に位置する第二の貿易相手国である。中日貿易の拡大は両国の経済の補完性を反映しているものであるが、日本では景気の低迷が長引く中で、中国からの輸入の急増は、貿易摩擦の引き金となってしまった。

中国の対日輸出は量的に急拡大しているだけではなく、品目の多様化と品質の改善も見られる。日本の消費者の中国商品に対する「違和感」(例えば輸入品の品質に不安を感じるため、購入するのをためらう)は大きく解消された。中国からの輸入商品の品質の上昇には、中国側の生産者の努力に加え、多くの多国籍企業による中国への生産拠点や生産技術の移転が果たした役割が大きい。特に日本企業が盛んに行っている「開発輸入」戦略(中国の生産者たちに日本の消費者のニーズに合うような商品を日本向けに輸出できるように、中国に技術指導や生産設備を提供すること)が中国の農産物やその他の商品の品質向上に大きく貢献している。

中国産の廉価商品の大量輸入が、日本国内において、消費者と生産者たちに様々な反応を引き起こしている。例えば、日本経団連の副会長である鈴木忠雄がこのような発言を漏らした。「日本の近くに日本より十数倍も大きい国があり、そこの労働者たちの賃金は日本人の給料の何十分の一しかない。そこから生産された廉価な商品の日本への大量輸入が、デフレをもたらした重要な原因である。物価の下落は消費者たちに歓迎されるが、生産側の企業にとって、大きな懸念材料である」。

生産者重視か、それとも消費者重視か

第二次世界大戦後、日本政府の経済政策には生産者を重視し、消費者を軽視する傾向が見られる。これに対して、日本国内の世論や多くの専門家が早い段階から、「生産者重視型」から「消費者重視型」へ政策転換すべきだと主張してきた。しかし、今度のセーフガードの発動は日本政府の一貫して「生産者重視型」方針を転換しようとしない姿勢を改めて物語っている。

中国から安くかつ良質な農産物及びその他の産品を輸入することは、多くの日本消費者にとって、明らかにメリットが大きい。近年日本経済が不況に陥り、人々の収入が伸び悩んでいる中、物価の低下だけを頼りにして、人々の生活水準が維持されてきた。その上、長期にわたって存在していた「内外価格差」も解消に向かっている。

しかし、中国からの廉価な農産物の輸入が日本の農産品の生産者たちに大きな打撃を与えている。日本の農業部門において、高齢化や労働力の激減が進む中で、生産コストが高まり、価格競争力が低下しているため、廉価の農産物の大量輸入は多くの農家の経営悪化と生活面の不安をもたらしている。その結果、農家や彼らを代表する業界団体と政治家が日本政府に対して、関税措置による緊急輸入制限を強く求めるようになったのである。

一方、日本の商社が盛んに「開発輸入」を通じて、中国の農家からの日本に対する逆輸入品の生産を委託している。こうしたことによって、日本は中国の安い生産要素(労働力、土地)を有効に利用できるだけではなく、さらに流通ルートの短縮化、効率化などの利点を活かすことができる。これに対して、日本国内の農業は、流通システムが低効率で複雑であるといった問題を抱えており、輸入農産物との競争では明らかに劣位に立たされている。

「開発輸入」における最も典型的な例が衣料品業界である。近年、安く、しかも高品質なブランド「ユニクロ」がヒット商品となり、多くの日本の消費者に歓迎されている。「ユニクロ」の商品の殆どは中国企業に生産を委託したものである。現地の縫製技術の向上により、中国で生産された衣料品の品質はすでに日本メーカーの商品と同じレベルに達するようになったのである。

従って、今度の貿易摩擦は両国間の対立だけではなく、むしろ日本国内の異なる企業の対立(例えば、政府に輸入に対する制限を求めるタオル業界の中で、一貫して日本国内での生産を維持しているメーカーと中国に生産移転が進んでいるメーカーの間)でもある。すなわち、「開発輸入」に取り組む業者にとって、価格を下げても採算がとれるようになったため、ほかの業者も生き残るためにコスト削減に一層努めなければならなくなったのである。

農業及びその他の業界からの圧力を受け、根強い「生産者重視型」という伝統を受け継いだ政策当局は結局、生産者を守るために、消費者の利益を犠牲にする選択肢を選んだ。なぜなら、保護主義の利益が少数の生産者に集中するのに対して、そのコストが消費者たちに広く分散しているからである。また、輸入の増大に伴うデフレ効果が、低迷している国内生産に対してさらにマイナスの影響を及ぼすことを当局が懸念している。

国家利益優先なのか、それとも政治家の私利が優先なのか

確かに日本政府は一部の生産者に配慮した政策を実行しているが、これは必ずしも生産者全体の利益に一致するとは限らない。

日本は「貿易立国」の国家であり、いままでの日本は「自由貿易の旗手」として自負をしつづけ、各国に対して輸入制限の濫用や、反ダンピングなどの保護措置を実施しないよう求めてきた。しかし、今度は日本自身が輸入制限を導入し、貿易戦争を引き起こしてしまった。日本が廉価な輸入品に対して制限を加えることは、同時に相手国からの報復措置を招き、結局現在の比較優位にある日本の産業の輸出に脅威を与えることになる。つまり、衰退産業に対する保護措置は、同時に優位産業の犠牲の上に立っていることになる。

アメリカとの貿易戦争を経て、貿易摩擦問題に対して「熟練した」日本が、セーフカードを発動することによって、中国側からどのような反応があるかはよく予想できたはずである。中国側の反発、そして貿易摩擦を挑んでいく以上、国益に損害を及びかねないといったことを知りながら、なぜ日本は貿易保護主義的な政策に踏み切るのだろうか。それは、政治家たちにとって、国家利益よりもっと重要なもの、つまり、政党、そして政治家の私利があるからなのである。

例えば、今度の参議院選挙の中、政治家たちが産業保護を訴えることによって、それに関連する業界の支持を狙っていた。しかし事実上、こういった保護措置は関連産業にとって、あくまでも「鎮痛剤」にすぎず、競争力の回復につながるものではない。 

そして、日本の右翼の台頭が中日政治的な摩擦を絶えず引き起こし、両国の国民の間には、感情の摩擦が起こっている。今度の日本政府の間違った決定はこうした背景で行われたことを見逃してはいけない。国民感情の対立をもたらした原因の一つとして、歴史問題が考えられるが、しかしこの問題は前からすでに存在していたのに、なぜ今になって国民感情の摩擦が再び浮上したのか。それは結局、日本自身の「失われた十年」による自信喪失がその背景にある。日本経済の見通しのたたない将来や政治や社会の不安とは対照的に、中国大陸は日々、強大になっていく。そのために、日本国内における中国に対する恐怖感が生まれ、敵対的な心理要素が働き始める。こうした中で、一部の政治家が選挙のためにわざわざ民族主義を煽り、右翼化の姿勢を見せている。その責任は結局政治家にとどまらず、それを許した日本社会、そして日本国民にも及ぶ。

事実上、ネギなどの農産物に対して、日本政府は補助金によって問題を緩和する選択肢を持っているし、財政面から見ても決して難しいことではない。日本政府があえて、中国に対して強硬な姿勢を見せるのは、一部の国民の感情を迎合しようとするためである。

改革を推進していくか、それとも立ち遅れる状況を守り続けるのか

かつて日本が欧米にキャッチアップをする過程の中で、欧米諸国、特にアメリカとの貿易摩擦を経験したように、中国が日本を追いかける過程の中、日本の一部の産業が「比較優位産業」から「比較劣位産業」へと徐々に転換したため、中日両国間の貿易摩擦問題はもはや避けられない当然の結果である。言い換えれば、この貿易摩擦は歴史の繰り返しにすぎない。アメリカの代わりに日本、日本の代わりに中国が当時の立場にそれぞれを入れ替わっただけである。当時欧米諸国の一部の人たちが日本からの輸入品を毒蛇猛獣のように見なし、怖がっていたが、今の日本では中国からの輸入品が同様の目で見られている。

貿易摩擦は、一見、国同士の矛盾の結果であるように見えるが、実際上は各国産業の高度化を遂げていく過程における「異なる産業間の摩擦」でもある。すなわち、比較優位と比較劣位にそれぞれ位置する産業間の摩擦そのものである。自由貿易理論によれば、どんな国でも経済発展とともに絶えず産業構造の調整を進めなければならない。具体的には、新しい変化に対応し、すでに「比較劣位産業」に陥った生産要素を新しい比較優位の持つ産業に移転するよう促さなければならない。しかし、このような調整や移転は決して容易なものではなく、結果として一部の劣位企業や産業の退場が避けられない。そのため、淘汰の運命をたどる業界から確実に失業者が出てくるが、このような被害を受けた集団は必ず彼らの政治代理人に保護を受けられるよう助けを求めるわけである。

しかしながら、もし保護主義の道を歩んでいくなら、日本経済の回復が殆ど望めないこととなる。例えば、日本政府が長期間にわたって、農業に対する各種の保護措置を実行してきたが、農業生産のコストは一向に下げられず、価格競争力が依然に欠けたままである。これは、輸入を制限することによって、衰退産業を保護するようなやり方が、決して問題を解決する根本的な方法ではないことを示唆している。経済構造改革を断固に実行し、労働や資本を労働生産性の低い産業部門から労働生産性の高い、あるいは付加価値の高い産業部門へ移転させ、将来性の高いハイテク産業の育成に努力し、廉価な輸入品の「脅威」にさらされた業界の競争力を増大することこそ、日本経済が低迷から脱出する根本的な道である。要するに、「立ち遅れを保護する」か、それとも「改革を断固に実行していく」か、「足踏みをする」か、それとも「産業構造の高度化へと邁進する」か、日本政府がこれらの問題に対する明白かつ即時な答えを提示することを迫られている。

グローバル的な潮流に順応するか、それともその逆行をするのか

日本が輸入制限を行い、貿易摩擦を引き起こすことは明らかに経済グローバル化という大きな時代潮流に逆行している。なぜなら経済のグローバル化が早々商品貿易を超えて、直接投資、技術合作、輸入開発、商品貿易及びサービス貿易を含む広い範囲における経済合作の局面を形成した。特に多国籍企業内部の「企業内貿易」がすでに自由貿易、保護貿易に引き続き、「第三位の貿易形態」まで成長した。例えば、2000年全世界の貿易(輸入、輸出)の総額は12兆ドルであり、世界各国のGNP総額の40%にあたるが、その中で商品貿易が四分の三、旅行、運輸、金融、専売特許などのサービス貿易が四分の一を占めている。また、商品貿易における多国籍企業の「企業内貿易」のシェアが20%にも達している。日本の例を挙げると、1998年度に海外にある日本の製造業の子会社が日本から購入した中間財の金額は日本輸出総額の27%を占めている。そして、こうした子会社の対日輸出が日本の輸入総額の14%に達している。

各国経済の相互依存関係が深まる中、仮に簡単に廉価輸入品が「日本企業に対する脅威となった」といっても、その「廉価輸入品」の生産者はだれなのか。脅威を受けた「日本企業」がだれなのか。実は日本の「脅威」となった「廉価輸入品」の生産者には日本企業自身も含まれている。言い換えれば、日本企業が日本に対する脅威になっているのである。

日本企業による日本に対するこのような脅威を防止するために、海外に進出している日本企業を国内に呼び戻せばいいという考え方もあるが、これはまさに経済グローバル化の流れに逆行することを意味する。このような兆しがすでに一部の日本官僚らの言論から見られる。例えば、今年5月末、日本の経済産業省(元"通商産業省")の平沼赴夫大臣が日本国際協力銀行の援助を受けた中国湖南省のある化学繊維プロジェクトに対して「遺憾」の意を表した。平沼大臣は、「日本国内の繊維業界が中国の繊維製品の大量輸入により苦しい状況に強いられるのに、一部の日本人があえて中国の繊維業界に対して支援を与える。誠に理解に苦しむことである」。また、「本来このプロジェクトに対する援助の取り消しを考えるべきであるが、すでに中国政府との契約が交わされてしまったので、仕方がないか」と発言した。

確かに日本企業による中国への直接投資を含む両国間の多くの協力プロジェクトが、中国の対日競争力を向上させる面もあるが、日本自身の競争力の強化に寄与することも見逃してはならない。日本がグローバル的な市場競争に参加し、中国をはじめとする東アジア地域の経済成長の活力を積極的に吸収することこそ、自国経済の活力を取り戻す唯一の道であると確信している。

2001年8月13日掲載

出所

原文は中国語。和文の掲載に当たって、著者の許可を頂いた。

2001年8月13日掲載