中国経済に対する見方が大きく揺れている。ついこの間まで世論の主流だった悲観論が、楽観論へ、さらに、脅威論へと変ってきた。中国経済のパフォーマンスが目立った改善を見せていないのに、この180度の見直しが起こった背景には、次の要因が注目されている。
まず、世界経済が低迷しているなかで、中国は相対的に高い成長率を維持している。しかし、ここに来て、中国経済も輸出の減速とともに、景気が調整局面に入りつつある。中国経済が日米に取って代わって世界経済の牽引車になるという議論まで登場しているが、中国の経済規模はまだ日本の4分の1にも満たないことを考えると、不可能であることは明らかである。
また、今年の11月に中国がWTOに加盟する運びとなり、内外の企業に新たな商機をもたらすことが期待されている。確かに、中長期的にはWTO加盟は、中国経済にとって構造改革を促進し、直接投資を拡大するなど、メリットが大きい。しかし、短期的には、関税切り下げの結果、不採算企業の倒産と失業者の増大といったマイナスの影響も避けられず、とくに国有企業や農業部門が大きな打撃を受けるであろう。
さらに、2008年のオリンピック大会の開催地として北京が選ばれた。過去にオリンピックの開催地となった64年の日本と88年の韓国のように、中国にとっても、これは先進国入りを内外に誇示する絶好の機会となろう。しかし、北京オリンピックには国民を団結させるなど政治上のメリットはあっても、経済の採算性に関しては疑問の声が多い。そもそも、中国は西部大開発計画のためにすでに膨大な資金を必要としているのに、新たに加わった北京を中心とする「東部大開発計画」が一層財政を圧迫させるのではないかと、懸念される。
このように、中国脅威論の台頭は、中国の事情だけでは十分に説明できないように思われる。むしろ、これは失われた10年を経た日本人の自信喪失の現れとして理解すべきであろう。政策当局と経営者にとって、中国脅威論は自分の過失を隠すためにまさに都合の良い材料になっている。しかし、国民の目を問題の本質からそらすことによって、改革がさらに遅れてしまうことの代償は非常に大きくなっている。私は(日本の戦争責任をめぐって)中国人に「いつまでも被害者の立場に甘えてしまうと、自らの失敗の経験から学べなくなる」と忠告したことがあるが、同じ言葉を日本の読者にも贈りたい。
2001年9月18日掲載