中国経済新論:中国の産業と企業

金融包摂を実現する切り札となるフィンテック
― アント・フィナンシャルの取り組みを例として ―

関志雄
経済産業研究所

金融包摂とは、機会の平等とビジネスの持続的発展が可能であるという原則に基づき、コスト負担が可能であることを前提に、金融サービスの需要のある社会各層に適切で効果的なサービスを提供することである。中小零細企業、農民、都市・農村部の低所得層、貧困層、身体障害者、高齢者などは、その主な対象となる。近年、国連や世界銀行といった国際機関や、G20サミットなどの場において、金融包摂の議論が深められており、それに沿った国際協力が進められている。中国においても、政府は、金融包摂を積極的に推進しており、それに当たり、フィンテックの活用に強い期待を寄せている。すでに、アント・フィナンシャル(螞蟻金服)をはじめ、多くのフィンテック企業は、金融包摂を実践しており、成果を挙げつつある。

政府による金融包摂の推進

2013年11月の中国共産党第18期中央委員会第三回全体会議で採択された「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」では、「金融包摂を発展させる」ことが初めて指導部から経済政策の方針として提起された。2015年3月の全国人民代表大会において李克強首相が行った「政府活動報告」には、「金融包摂の発展に力を入れ、市場のすべての主体が金融サービスの恩恵を受けられるようにする」と明記されている。

同じ「政府活動報告」は、「『インターネット・プラス』行動計画を策定し、モバイルインターネット、クラウドコンピューティング、ビッグデータ、モノのインターネット(Internet of Things, IoT)などと現代製造業との結合を推進し、電子商取引、工業インターネット、フィンテックの健全な発展を促進し、インターネット企業を国際市場の開拓・拡大へと導く。」という方針を明らかにした。

それを受けて、2015年7月に発表された「国務院の『インターネット・プラス』行動を積極的に推進することに関する指導意見」において、金融包摂は、起業・イノベーション、協同製造、現代型農業、スマートエネルギー、生活者向けサービス、高効率物流、eコマース、利便性の高い交通、グリーン・エコロジー(環境保護)、人工知能(AI)とともに、インターネットと融和して新しい産業モデルを形成し得る重点分野として挙げられ、フィンテックは、それを実現するカギと位置づけられている。

2016年1月15日に発表された「金融包摂の発展計画(2016-2020年)の推進を配布することに関する国務院の通達」は、「金融包摂の推進は、中国が全面的小康社会(いくらかゆとりのある社会)を実現するために不可欠なものであり、金融業の持続的かつ均衡の取れた発展、大衆創業・万衆創新(大衆による創業・万人によるイノベーション)の推進、経済発展パターンの転換、公平で調和の取れた社会作りに役に立つ。」という認識を示している。今後の目標として、2020年までに、小康社会に相応しい金融包摂サービスを提供する体制を構築することを掲げており、それに向けて、フィンテックが果たすべき役割が大きいと強調している。

フィンテックは如何に金融包摂に寄与するか

銀行をはじめとする従来の金融機関が一部の大口顧客を中心に業務を展開してきたのに対して、フィンテック企業は主に取引量が小さいが数が多い小口顧客(いわゆる「ロングテール」)を対象にサービスを提供し、金融包摂に寄与する(図1)。これを可能にしたのは、技術の進歩がもたらした次の変化である。

図1 従来の金融機関を補完するフィンテック企業
-小口顧客を中心にサービスを提供-
図1 従来の金融機関を補完するフィンテック企業
(出所)筆者作成
  1. 取引コストの低下とそれに伴う顧客層の拡大
    フィンテック企業の最大の特徴は、新しい技術の活用により、従来の金融機関と比べて、取引コストが低く抑えられることである。これにより、金融サービスを受けられる顧客層が大幅に増える。
  2. サービスが受けられる時間と地域の拡大
    フィンテックを活用すれば、一年中24時間稼働するバーチャル・ネットワークを通じて、交通の便の悪い農村部や辺鄙地域にもサービスを届けることができる(注1)。
  3. 融資審査におけるイノベーション
    伝統的融資審査は、借り手の信用記録と提供できる抵当物に多く依存しているが、零細企業、農民などは、信用記録があまりなく、不動産などの抵当物も持っていないゆえに、銀行など、従来のルートを通じた資金調達が難しい。しかし、フィンテックは、ビッグデータ、クラウドコンピューティングなどの技術を通じて顧客の資産、信用状況を記録・追跡・検証などができるため、従来の情報の非対称という問題を大幅に緩和することができる。これに伴う信用評価の精度の上昇は、金融リスクの防止・制御にもつながる。
  4. 可能になったカスタマイズ金融商品の提供
    フィンテック企業は、ビッグデータとクラウドコンピューティング技術を利用して、常に変化する顧客の多様な需要と信用状況を把握することができ、それをベースにカスタマイズ金融商品を提供することができる。

金融包摂を目指すアント・フィナンシャル

中国のフィンテック企業の中で、率先して金融包摂に取り組んでいるのは、世界的に見ても最大級のユニコーン企業となったアリババ系のアント・フィナンシャルである(注2)。同社は2014年に正式に設立されたが、その前身は2004年にネット通販のオンライン決済のために立ち上げられたアリペイ(支付宝)であった。

アント・フィナンシャルは、「世界に平等なチャンスをもたらす」ことを自らに課せられた使命としている。その実現に向けて、イノベーションを通じて、オープンで共有可能な信用システムと金融サービスに関するプラットフォームを構築し、世界中の消費者と中小零細企業を対象に、安全で便利な包摂金融サービスを提供している。

アント・フィナンシャルは主に次の事業を展開している。

  1. 決済サービス:アリペイ
    アリペイは、世界最大のオンライン決済のプラットフォームである。単なる電子ウォレットから消費生活に欠かせないものへと進化を遂げている。ユーザーは、タクシーやホテルの予約、映画チケットの購入、公共料金の支払い、病院の予約、振込みや資産運用商品の購入などをアプリから直接行うことが可能である。
  2. マネー・マーケット・ファンド(MMF):余額宝
    余額宝は、少額・短期でも投資できるオンラインMMFで、アリペイ口座との資金振替ができるのが特徴である。余額宝で集められた資金は、当初、すべて天弘基金管理有限公司が運用するMMFに投資していたが、2018年5月から投資家は他社が運用するMMFを選ぶことも可能になった。
  3. 融資サービス:浙江網商銀行(マイバンク、以下「網商銀行」)
    網商銀行は、オンライン銀行として主に中小零細企業向けのローンを提供する。
  4. 信用情報サービス:芝麻信用(ジーマ信用)
    芝麻信用は、ビッグデータに基づき、個人の信用度をファイリング、スコアリングするサービスである。消費者金融、旅行代理店、ホテル、レンタカー会社、不動産賃貸会社などで広く使用されている。
  5. 金融向けクラウド・サービス:アント・フィナンシャル・クラウド
    アリババとアント・フィナンシャルが蓄積したテクノロジーに支えられた金融機関向けのクラウド・サービスを提供する。

以下では、その中で、少額資金から投資できる余額宝と、主に中小零細企業を対象に融資を行う網商銀行について詳しく見てみる。

少額でも投資できる余額宝

アント・フィナンシャルが提供する余額宝は、2013年に誕生してから急成長し、今や世界最大のMMFとなっている。2017年末のユーザー数は4.74億人、基金規模は1.58兆元に達している(天弘基金管理有限公司『天弘余額宝貨幣市場基金2017年年度報告』(注3))。

従来、オンライン投資信託の販売は主に投資信託会社のサイトや提携サイトを経由していた。一般的に、最低投資額は1,000元以上となっており、しかも購入や売却に伴って高い手数料がとられるため、一部の人々にとって手の届く範囲を超えた投資手段であった。これに対して、アント・フィナンシャルが提供する余額宝は、優れた商品設計と操作性をもってこれらの問題を解決した。

まず、最低投資金額が低い。アリペイのユーザーは1元から余額宝口座を開設できる。これにより、投資家層が急拡大した。

次に、流動性が高い。余額宝はいつでも現金化でき、口座内の資金をアリペイ経由で日頃の支払いにも使うことができる。また、利息が日単位で計算される。

そして、収益率が高い。余額宝口座に入れた資金はMMFとして銀行預金や短期金融市場商品で運用される。銀行に預ける部分は、大口預金として、通常の銀行預金金利より高い金利が適用される。その上、銀行と比べ、店舗の賃料や人件費が抑えられるため、運営コストが低いことも加わり、高い収益率が実現できたのである。

最後に、操作が簡単である。特に投資経験の全くないユーザーにとって、余額宝のインターフェースは簡単で利用しやすい。

余額宝を手本に、テンセントの理財通をはじめ、他社からも多くの類似商品が販売されるようになり、インターネットMMF市場の規模はさらに大きくなってきている。

融資の対象を中小零細企業に特化した網商銀行

網商銀行は、中国政府に認可された最初の民営銀行5行の一つとして、2015年6月25日に開業した。店舗を持たず、インターネット上での取引を中心とするネット銀行である。網商銀行は、インターネットやデータ分析などの技術におけるイノベーションを通じて、中小零細企業や起業家が直面している資金調達の困難と高いコストや、農村における金融サービスの不足などの問題を解決し、実体経済への貢献を目指している。

網商銀行は中国で初めてコアシステムを金融クラウドに構築している銀行である。金融クラウドのコンピューティングプラットフォームを利用することで、大量の金融取引やビッグデータを処理し、キャパシティも柔軟に拡張でき、インターネットとビッグデータを生かし、主に次の業務を展開している。

  1. 中小零細企業へのサービス提供
    アリババ、アント・フィナンシャル、アリペイなどで蓄積された顧客情報を利用して、従来の融資チャネルにアクセスできなかった中小零細企業向けに、短期の小口融資および総合金融サービスを提供する。
  2. 農村市場へのサービス提供
    ビッグデータの分析に基づいて、三農(農村、農業、農民)にかかわる顧客を対象に、それぞれのニーズとリスク許容度に見合った融資を行い、農村経済の包摂的成長を促進する。アリババ、アント・フィナンシャルなどの全エコシステムと連動し、融資サービスと電子商取引サービスを結び付け、農業バリューチェーンにかかわる企業や農家に、資材の購入から商品の販売までの生産の全過程をサポートする包括的金融サービスを提供する。審査に当たっては、農家と取引している企業と提携しながら、多様なデータを通じて、農家の経営状況、信用状況および返済能力を確認してから、モデル分析に基づいて融資の限度額を決める。また、資金は専用口座に振り込まれ、その用途も電子商取引プラットフォームでの農業用資材と道具の購入に限定されている。さらに、債務の不履行を防ぐために、ビッグデータを利用して融資を受けた農家の経営状況とリスクを追跡するだけではなく、彼らの生産物を大手企業に購入してもらったり、電子商取引プラットフォームで販促活動を行ったりしている。
  3. 中小金融機関へのサービス提供
    独自の技術を生かし、各中小金融機関にリスクマネージメント、情報システム、商品開発などに関する総合サービスを提供する。

網商銀行は、融資申請の記入に必要な時間は約「3」分、提出すると「1」秒でシステムが融資可否を判断し、審査にたずさわる人間は「0」という、ビッグデータやAIを生かした「310融資システム」を導入している。これにより、融資一件当たりにかかるコストは従来の金融機関の2,000元から、2.3元に抑えることができた(張末冬「網商銀行が『凡星計画』を発表。1,000の機関と共に3,000万の中小零細企業にサービスを提供」『金融時報-中国金融新聞網』、2018年6月22日)。

2017年、同行は中小零細企業や個人事業主に累計4,468億元の融資を提供し、そのうち、農村部の顧客への融資額は264.5億元であった。開業以来、累計で571万もの中小零細企業や個人事業主に融資を提供し、1社当たりの融資残高は2.8万元である。2017年末に、網商銀行は、総資産が781.7億元とまだ規模が小さいが、不良債権比率が1.23%と低く抑えられている(網商銀行『2017年年度報告』、2018年7月)(注4)。

網商銀行だけでなく、深圳前海微衆銀行(テンセント系)、新網銀行(小米系)、百信(バイドゥ系)といったネット銀行も、「機会の平等とビジネスの持続的発展が可能であるという原則に基づき、コスト負担が可能であることを前提に、金融サービスの需要のある社会各層に適切で効果的なサービスを提供する」ことで、金融包摂を実践しており、従来の銀行と異なるビジネスモデルを展開している(BOX)。

フィンテック企業と従来の金融機関の融合に向けて

中国におけるフィンテックを生かした金融包摂への取り組みは、成果を挙げつつも、まだ緒に就いたばかりであり、今後さらに広がりを見せると予想される。

その一つの方向性は、フィンテック企業と従来の金融機関が協力し、新しい商品・サービスを提供することである。従来の金融機関は、店舗のネットワーク、顧客数、資金量、リスク管理能力などにおいて優位性を持っている。これに対し、金融分野に新規参入するフィンテック企業は、ビッグデータ、AI、クラウドなどのテクノロジーを駆使し、ユーザー体験とインターネットサービスを提供する能力が優れている。

現に、両者の強みを生かすことを目指して、従来の金融機関とフィンテック企業との提携が盛んになりつつある(中国人民銀行貨幣政策分析グループ『中国区域金融運行報告2017』、2017年8月4日)。2017年3月、アリババ、アント・フィナンシャルが中国建設銀行との戦略提携を発表した。同年6月には、中国工商銀行が京東金融グループと金融業務提携の枠組みに関して合意に達した。同じ時期に、中国銀行もテンセントとフィンテック聯合実験室を設立し、2018年2月には中国農業銀行がバイドゥとフィンテック聯合創新実験室を開設した。また、技術のさらなる進歩を背景に、企業の間でフィンテックを共有するビジネスモデルも生まれた。例えば、バイドゥ金融が金融クラウド・プラットフォームを公開し、同業者にAI、ビッグデータに基づくリスク管理、決済技術などのソリューションを提供している。また、深圳前海微衆銀行が「微衆・理財」という自社のプラットフォームで、江蘇昆山農村商業銀行のスマホアプリを提供している。さらに、興業銀行、アント・フィナンシャル、京東金融なども開放型のイノベーション・プラットフォームを構築しており、同業者同士の協力を図っている。

フィンテック企業と従来の金融機関の協力強化は、中国における金融包摂を一層促進し、その結果、より多くの人々が、より安いコストで、金融サービスを受けられるようになるだろう。

BOX ネット銀行と従来の銀行の違い

  1. 経営理念
    従来の銀行機関は既存資源で業務展開をしているが、ネット銀行は親会社の資源の統合・利用で業務展開を行う。それには電子商取引プラットフォームや、物流・商業活動から得たデータや情報が含まれている。
  2. 顧客層
    ネット銀行の顧客層は、インターネットのことを熟知し、電子商取引にかかわっている中小零細企業、個人事業者と個人消費者である。
  3. 拠点
    従来の銀行は実店舗を拠点にしているが、ネット銀行の場合、融資をはじめ、対顧客業務は原則としてすべてネット上で行われる。
  4. 顧客の認証と信用評価
    従来の銀行機関は主に企業が提供する財務諸表や対面方式で顧客の認証、顧客の信用評価を行う。これに対して、ネット銀行の場合、主にインターネット技術や親会社から情報を共有する方法で、顧客の認証と信用評価を行う。
  5. リスク管理
    リスク管理は、従来の銀行の場合、主に人間の判断に頼っているが、ネット銀行の場合、ビッグデータ分析に基づいて行われる。

(出所)世界銀行・中国人民銀行『グローバルの視点から見る中国における金融包摂:実践、経験および挑戦』、2018年。

脚注
  1. ^ 2017年末、中国のネットユーザー数は7.72億人、ネット普及率は55.8%に達しており、そのうち、モバイルインターネットユーザーは7.53億人もいる。農村地域でのユーザー数は2.09億人(全ユーザーの27.0%)に上っている。インターネットの普及により、ネット上で金融サービスを受けられる顧客の範囲が急速に拡大している(中国互聯網情報センター[CNNIC]「第41回 中国インターネット発展状況統計報告」、2018年1月31日)。
  2. ^ アリババは、設立当初のアント・フィナンシャルと資本関係がなかったが、2018年2月1日に、2014年に調印していた戦略提携契約に基づき、子会社を通じて出資する形でアント・フィナンシャルの株式を33%取得することで合意したと発表した。従来の契約条件の下で、アリババはアント・フィナンシャルにアリペイの知的財産権と技術サービス料を提供していた。これに対し、アント・フィナンシャルは、ロイヤルティーとして、支払金利前税引前利益(EBIT)の37.5%に相当する金額を毎年、アリババに支払っていた。新たな契約の実施により、アント・フィナンシャルからアリババへのロイヤルティー支払いによる利益配分は終了する(中国新聞社「アリババ、アント・フィナンシャルの株式33%を取得」、2018年2月1日)。
  3. ^ 2018年5月に余額宝で集められた資金の投資対象となるMMFの選択肢が拡大されたことを受けて、天弘が運用するMMFの規模は縮小し始め、2018年6月末には1.45兆元となった。
  4. ^ 2017年末、業界最大の中国工商銀行の総資産は26兆870億元、不良債権比率は1.55%だった(中国工商銀行『2017年度報告』、2018年3月)。
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2018年8月15日掲載