米国では、トランプ大統領の誕生を受けて、通商政策の保護主義色が鮮明になってきた。その矛先は最大の貿易赤字相手国である中国に向けられている。かつての日米通商摩擦を凌ぐ米中通商摩擦は避けられるのだろうか。
対立から妥協への模索
米国は、以前から中国に対して、対中貿易赤字、人民元の過小評価、中国における生産能力過剰、市場開放、知的所有権の保護といった問題において改善を強く求め、また、中国製品に対して、貿易救済措置を頻繁に発動してきた(注1)。保護主義色の強いトランプ政権の誕生により米中通商摩擦は一層激化すると懸念される。
トランプ氏は、共和党による大統領候補の指名が確実になった2016年6月28日にペンシルバニア州モネッセン市にあるアルミソース社の工場で行った「アメリカ経済独立宣言」と題する講演において、雇用を取り戻すための「通商政策の綱領」とも言うべき7項目を挙げ、その内の3項目は、明確に中国をターゲットとしていた(注2)。すなわち、①中国を為替操作国として認定し、適切な対抗措置を講ずる、②中国が不公平な補助金を提供しているとWTOに提訴し、中国にWTOのルールを守らせるようにする、③中国が違法行為を止めなければ、1974年通商法201条、同301条、1962年通商拡大法232条で認められている関税の適用を含む紛争解決の手段を大統領権限で発動するというものである(注3)。
一方、米中間の通商関係を巡っては、米国だけではなく、中国も相手側に対して次のような不満を持っている(注4)。
まず、「『中国WTO加盟議定書』第15条によると、加盟後15年経過した2016年12月11日以降、中国製品を対象とするアンチダンピング措置の適用に関して、WTO加盟国は「代替国」手法を用いて中国企業のダンピング・マージンを算定してはならない(注5)。これはWTO加盟国が履行すべき国際条約の義務であり、中国がWTO加盟国として享受すべき権利でもある。」と主張し、米国がこの義務を履行するよう求めている。
また、米国は長い間中国に対し、非常に厳しい先端技術の輸出規制を実施してきた。このため、競争力の高い米国ハイテク製品を中国へ輸出できない。このことは、双方の科学技術交流にも悪影響を与えている。
さらに、対米外国投資委員会(CFIUS)が行う安全保障に関わる企業の合併・買収(M&A)案件に対する審査は、中国企業、中でも国有企業の対米投資にとって大きな障害となっている。他の国の企業と比べて、中国企業は特に不公平な扱いをされている。
最後に、米国は中国に対して、アンチダンピング関税措置をはじめ、貿易救済措置を濫用している。米国は一貫して不公平なやり方を用いて、中国の商品に対し異常に高い輸入関税を賦課し、中国企業の対米輸出に大きなダメージを与えている、というものである。
中国と米国はお互いにとって、最大の貿易相手国である(表1)。通商戦争が起これば、双方とも大きな打撃を受けることになるだろう。このような事態を避けるべく、2017年4月に、習近平国家主席が訪米した際に行われたトランプ政権になってから初の米中首脳会議において、貿易不均衡の是正に向けた「100日計画」の策定が合意された。同年5月11日に、①中国は安全基準を満たした米国産牛肉の輸入を認める、②米国は液化天然ガス(LNG)の輸出相手として中国を他の自由貿易協定(FTA)を締結していない国と同様に扱う、③中国は米金融機関に債券の引き受け・決済業務の免許を付与する、④米国は中国の「一帯一路」構想の重要性を認識し関連会議に代表団を送ることを含む10項目からなる合意内容が発表された。
相手国・地域 | 輸出入合計 | 輸出 | 輸入 | 貿易収支 | ||||
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金額(10億ドル) | シェア(%) | 金額(10億ドル) | シェア(%) | 金額(10億ドル) | シェア(%) | 金額(10億ドル) | ||
中国 | 米国 | 519.5 | 14.1 | 385.1 | 18.4 | 134.4 | 8.5 | 250.7 |
香港 | 304.6 | 8.3 | 287.7 | 13.7 | 16.8 | 1.1 | 270.9 | |
日本 | 274.8 | 7.5 | 129.3 | 6.2 | 145.5 | 9.2 | -16.3 | |
韓国 | 252.6 | 6.9 | 93.7 | 4.5 | 158.9 | 10.0 | -65.2 | |
台湾 | 179.6 | 4.9 | 40.4 | 1.9 | 139.2 | 8.8 | -98.8 | |
世界 | 3,685.6 | 100.0 | 2,098.2 | 100.0 | 1,587.4 | 100.0 | 510.7 | |
米国 | 中国 | 578.6 | 15.9 | 115.8 | 8.0 | 462.8 | 21.1 | -347.0 |
カナダ | 544.9 | 15.0 | 266.8 | 18.3 | 278.1 | 12.7 | -11.3 | |
メキシコ | 525.1 | 14.4 | 231.0 | 15.9 | 294.2 | 13.4 | -63.2 | |
日本 | 195.5 | 5.4 | 63.3 | 4.4 | 132.2 | 6.0 | -68.9 | |
ドイツ | 163.6 | 4.5 | 49.4 | 3.4 | 114.2 | 5.2 | -64.8 | |
世界 | 3,643.6 | 100.0 | 1,454.6 | 100.0 | 2,188.9 | 100.0 | -734.3 | |
(注)概念的に、中国の対米輸出(輸入)は米国の対中輸入(輸出)に当たるが、実際、双方の統計の間に大きなギャップが存在している。これは、輸入には運賃・保険料のコストを上乗せしていることに加え、中国の香港向け輸出の中で、一部が米国に再輸出される(米国の統計では中国からの輸入として計上される)ことによる。 | ||||||||
(出所)中国はCEIC データベース(原データは中国海関総署)、米国はU.S. Census Bureau より筆者作成 |
同年7月19日にワシントンで行われた米中両政府の閣僚級による経済対話では、貿易不均衡の是正策を巡って新たな大型合意は成立せず、記者会見も中止となったが、中国側は次の成果を強調している。まず、双方は中米間の貿易・投資、経済協力「100日計画」及びその後続の「1年計画」に加え、世界経済とガバナンス、マクロ経済政策と金融業、農業などの議題について踏み込んで議論し、広範な共通認識にいたった。また、双方は、協力・ウィンウィンを二国間経済・貿易関係発展の基本原則とし、対話・協議を、溝を解決するための基本的方法とし、重大な経済政策についての意思疎通の継続を対話・協力の基本方式として堅持することを挙げ、今後の協力の強固な土台が固められたとしている(「汪洋と米財務長官、商務長官が共同議長を務める第一回中米全面経済対話」新華網、2017年7月20日)。
参考となる日米通商摩擦の経験
米中通商摩擦の行方を考える際、1980〜90年代の日米通商摩擦の経験が一つの参考になろう。両者を比較してみると、類似している点がある一方で、相違点も多い。
類似点では、まず、当時の日本と同様に、中国は世界第二位の経済大国として、米国を急ピッチで追い上げている。円高が進んだ1995年の日本のGDP規模は米国の70%を超え、2016年の中国のGDP規模も、米国の60%に達している。
また、当時の日本と同様に、中国は米国にとって、最大の貿易赤字相手国である。財貿易に限って見ると、1991年から1993年までの三年間、米国の対日貿易赤字は貿易赤字全体の半分を超えており、2016年の米国の対中貿易赤字も貿易赤字全体の47.1%に上っている(図1)。
さらに、日本の急成長の背景にはアングロサクソン流の経済・経営とは異なるシステムがあり、政府主導の産業政策や円安政策は、米国からみて異なっているというだけでなく「不公正」であるとさえ受け止められた。中国が採っている共産党による一党統治という政治体制と国有企業を中心とする公有制を堅持する経済体制も、米国が標榜する民主主義や資本主義とは異質なものであると捉えられている。
一方、相違点では、まず、当時の米国と日本はともに先進国であり、自動車をはじめ、多くの業種において、両国は熾烈な競争を展開していた。これに対して、米国は中国から比較的付加価値の低い消費財を輸入し、中国に航空機などの付加価値の高い資本財を輸出しており、両国の経済構造は補完関係にある。
また、日本の対米輸出の内、日本企業によるものが大半を占めていたのに対して、中国の対米輸出の相当の部分は、米国をはじめとする外資企業によるものである。中国の輸出の内、外資企業によるものの割合は43.7%(2016年、中国海関総署による)と高く、対米輸出に占める米国企業による逆輸入の割合も高いと見られる。これを反映して、米中通商摩擦は、両国間の利益衝突だけでなく「米米摩擦」という側面を持っている。このことは、中国と利益が一致し、対中強硬策に反対する米国企業が多く存在していることを意味する。
さらに、日米は貿易のみならず安全保障の上で極めて密接な関係が構築され、日本が米国の軍事力に依存することと引き替えに、米国は日本に「外圧」をかけることのできる唯一の国として経済交渉においても大いにその影響力を行使した。これに対して、米中両国はより対等な関係にある。米国はテロとの戦いや朝鮮半島問題などにおいて中国の協力が欠かせない。また、仮に通商戦争が起きた場合でも、米国による経済制裁に対して、中国は航空機や農産品の輸入先を他の国にシフトするなど、対抗手段を持っている。
米国はかつて日本に対して、ジャパンバッシング(日本たたき)という強硬策を採ったが、日米関係と米中関係のこのような相違点が米中通商摩擦に歯止めをかける力となり、チャイナバッシングは限定的になるだろう。
実際、米国ではニクソン政権以来、共和党か、民主党かを問わず、新しい政権が登場すると、当初は中国に対して、強硬的政策を採り、ビジネス界の圧力を受けて政権の後半になると軟化するという傾向が顕著である(注6)。同じパターンは、トランプ政権の下でも見られるようになるかに注目したい。