中国では、長い間、地方政府が融資プラットフォーム会社などを通じて調達した資金は、インフラ建設への投入などを通じて、経済の持続的発展に貢献してきた。その一方で、地方政府債務は範囲があいまいであるゆえに規模が不明確で、調達コストが高く、予算管理の対象になっておらず、リスク防止・制御メカニズムが整備されていないなど、多くの問題が存在している。
地方政府の債務管理の規範化を図るために、2014年の第12期全国人民代表大会(全人代)常務委員会第10回会議では「『中華人民共和国予算法』の改正に関する決定」(以下、「新予算法」)が可決され、国務院が「地方政府性債務の管理強化に関する意見」(国発〔2014〕43号、以下、「意見」)を発表した。これを受けて、2015年8月の第12期全人大常務委員会第16回会議では「『国務院が提案した2015年地方政府債務上限額議案の審査・許可』に関する決議」(以下「決議」という)が可決された。
これらの文書に示された方針に従い、政府は、地方政府の既存債務の整理と新規債務の抑制を中心に、対策を進めている。中でも、①地方政府の債務上限額の設定、②置換債券(既存債務と置き換える債券)の発行、③新規の地方政府債券(以下、「地方債券」)の発行、④地方政府債務の予算への組み込みと分類管理の実施、⑤地方政府債務のリスク評価と早期警戒メカニズムの整備、⑥地方政府の資金調達に対する監督管理の強化において、大きな進展が見られている。
1.地方政府債務の現状
全人代常務委員会予算工作委員会の「政府債務管理の取り組み状況に関する調査研究報告」(2015年12月15日)によると、2014年末現在、全国地方政府債務(政府が返済責任を負うもの)残高は15.4兆元、地方政府偶発債務残高は8.6兆元に上る。偶発債務の内、政府の保証債務(政府が保証責任を負うもの)は3.1兆元、他の関連債務(政府が一定の支援責任を負う可能性のあるもの)は5.5兆元となっている。
政府が定める2015年の地方政府債務残高の上限額は、2014年末の実績を6,000億元上回る16兆元である。その内、一般債務残高の上限額は9.6兆元、専項債務残高の上限額は6.4兆元である。
省、市、県のレベル別でみると、それぞれ2.1兆元(債務残高の14%)、6.6兆元(同42%)、6.7兆元(同44%)となる。
借入主体別でみると、融資プラットフォーム会社は債務残高の39.0%と、地方政府部門・機構(同24%)、事業単位(同22%)、国有企業(同15%)を上回っている。 資金調達ルート別でみると、銀行からの借入と地方債券は債務残高のそれぞれの51%と8%を占めている。そのほか、BT(build-transfer)や、信託融資など、シャドーバンキングと呼ばれるルートからの調達も多い。
資金の使途別でみると、都市部のインフラ建設は4.7兆元(債務残高の31%)、交通運輸は1.9兆元(同12%)、低所得層向けの保障性住宅建設は1.8兆元(同12%)、土地の収用・備蓄は1.7兆元(同11%)となっている。
償還期限別では、2015年は3.1兆元(全体の20%)、2016年は2.8兆元(同18%)、2017年は2.4兆元(同16%)、2018年以降は6.2兆元(同40%)に加え、前年(2014年)度の未償還繰越債務は0.9兆元(同6%)となっている。
2.リスクと見なされる地方政府の債務増加
地方政府債務の累積により次のような問題が顕在化しており、改善が求められている(全人代常務委員会予算工作委員会、前掲報告)。
1)困難である債務規模のコントロール
地方政府の債務は規模が大きく、増加スピードが速い。2014年の地方政府債務残高(15.4兆元)は、2013年6月より4.5兆元も増えた。これは2014年地方一般公共予算収入の1.2倍、2014年地方一般公共予算支出、政府性ファンド予算支出及び国有資本経営予算支出からなる予算総支出の86.3%に相当する。
また、借入の需要が依然として大きい。特に、中西部地区の発展を支援するためには、進行中のプロジェクトを含め、引き続き建設資金の投入が不可欠である。
さらに、一部の地方政府は未だ法令に反して、金融機関と連携しながら、融資プラットフォーム会社を通じて、財政資金を調達している。
2)懸念される地方政府の償還能力
現行の財政体制では、地方政府は財源不足の問題に直面しており、収入は主に上級政府からの移転支払に依存し、この問題は末端へ行けばいくほど深刻である。各レベルの地方政府は発展促進や民生確保のための支出に追われ、債務返済に拠出できる資金が限られている。
また、地方政府の既存債務の金利が全体的に高く、その多くは7%以上であり、20%を超えるプロジェクトさえある。地方政府が毎年支払う金利の合計額は約1兆元と推計され、一部には金利の返済能力がなく、数年連続で返済を滞納し続けるケースすらある。
3)十分に確立されていない債務リスクの管理体制
現在、省レベル政府には債務による資金調達について一定の権限が付与されており、市、県レベルの政府が債務による資金調達を必要とする場合、省レベルの政府が代行することになっている。その一方、資金の実際の利用者と返済責任者である市や県など末端政府は、資金調達の権限を持っていない。資金の調達権限と返済責任の分離は債務リスクの源になる恐れがある。
また、偶発債務に伴うリスクへの対応は不十分である。融資プラットフォーム会社などの偶発債務の返済に加え、公的年金の積立金不足と国有企業の負の遺産の清算にかかる費用も最終的に政府の負担になりかねない。
さらに、問責制度が整備されていない。「新予算法」と「意見」ともに問責制度の構築に言及したにも関わらず、具体策がないため、今まで法令に反して行われた資金調達に対する問責は一度も行われていない。
3.進む地方政府債務管理業務の規範化
これらの問題を解決すべく、財政部を中心に、政府は地方政府債務の健全化に向けて、次の対策に取り組んでいる(楼継偉財政部長、「国務院の地方政府債務管理業務の規範化に関する報告」、第12期全人代常務委員会第18回会議における報告、2015年12月22日)。
1)地方政府の債務上限額の設定
政府は、2014年末の債務残高と2015年新規債務上限を考慮し、2015年の地方政府の債務上限額を16兆元と決定した。それに基づき、地域ごとの債務上限額を地方政府に通達した。地方政府の債務上限額に対する管理は、地方政府債務規模の拡大に歯止めをかける有効な手段である。
2)置換債券の発行
地方政府は、既存債務と置き換える債券(置換債券)を発行する。具体的に、政府(財政部)が既存債務を確認・分類した上で、融資プラットフォーム会社の理財商品や銀行融資などの、期限が短く、金利の高い債務を、順を追って期限が長く、金利の低い債券に置き換える(図)。
2015年に3回にわたって、主に同年度に満期を迎える地方政府債務の元本返済に利用する計3.2兆元に上る置換債券の新規発行枠が決められた。債券の円滑な発行を確保するために、財政部が中国人民銀行、銀行業監督管理委員会と共に、公開発行の他に、(特定の相手に対して割り当てる)指定引受方式で、置換債券を発行するように地方政府に指導した。また、中国人民銀行は預金準備率、預金と貸出の基準金利の引き下げ、公開市場操作などを通じて、市場に十分な流動性を提供した。
2015年の置換債券の発行枠は、同年度に満期を迎える債務をすべてカバーしている。それにより、資金調達の平均コストは、従来の10%から3.5%前後に抑えられ、毎年およそ2,000億元の金利を節約できる。また、置換債券の発行は、投資の増加に直接関係していないものの、土地譲渡収入の減少を補い、地方における重点プロジェクト建設への資金支援に役立つ(BOX)。
BOX 置換債券の発行が地方政府と銀行へ与える影響
置換債券の発行は、借りる側の地方政府だけでなく、貸す側の銀行を中心とする金融機関にも影響を与えている。
地方政府は、高金利の短期債務を低金利の長期債務に置き換えることを通じて、利払いを減少させることができる。財政部の試算によると、1兆元の債務置き換えは、地方政府の金利負担を年間400億〜500億元減らすことになる。それにより、地方政府の短期資金チェーンの断裂による財政・金融リスクが回避されるだけではなく、節約した資金を新しいプロジェクトに投入することもできる。既存債務の債券への置き替えは、目先の地方政府の債務返済圧力の緩和だけでなく、地方政府債務の市場化、規範化、透明化にも役立つ。
これに対して、銀行にとって、地方政府債務の置き換えは、メリットだけでなくデメリットもある。リスクの高い融資プラットフォーム会社などへの融資が、リスクの低い債券に置き換えられることにより、銀行の資金運用におけるリスクが抑えられる。その一方で、金利の高い融資プラットフォーム会社への融資から金利の低い債券に置き換えることは、銀行の収益の低下を意味する。
3)新規の地方政府債券の発行
地方政府の置換債券の発行とは別に、2015年の年初の予算案には赤字ファイナンスのために1兆6,200億元に上る債券(国債と地方債券)の発行枠が盛り込まれており、その中には5,000億元に上る地方政府一般債券の発行枠が含まれている。1,000億元の地方政府専項債券と置換債券(3.2兆元)の新規発行枠を合わせると、2015年の地方政府による各種の債券の新規発行枠は3.8兆元に達する(表)。
種類 | 発行目的 | 規模 |
---|---|---|
地方政府一般債券 | 地方の一般会計における赤字のファイナンス | 5,000億元 |
地方政府専項債券 | 地方の特別会計における公益事業への資金調達 | 1,000億元 |
置換債券 | 償還期限を迎える地方政府債務の置き換え | 3.2兆元 |
(出所)中国財政部より筆者作成 |
4)地方政府債務の予算への組み込みと分類管理の実施
2014年末の地方政府の債務残高の内、予算に組み込まれていた分は、地方債券など、全体の10%前後にとどまり、それ以外は予算外にあった。2015年に、各地方政府は「新予算法」の方針にしたがって、新規地方政府債務を一般債券と専項債券に分類した上、その収支などを予算に組み込むようになった。
5)地方政府債務のリスク評価と早期警戒メカニズムの整備
財政部は地方政府債務リスクアセスメントと早期警戒方法を研究・作成し、債務比率、新規債務比率、返済率、期限切れ債務率などのリスク指標を通じて、地方ごとの政府債務リスク評価を行う。また、早期警戒の対象となるハイリスク地域に対し、プロジェクトの規模縮小、公費削減、資産の処分、民間資本の導入などを盛り込んだ中長期債務リスク解消計画の作成を義務付ける。
6)地方政府の資金調達に対する監督管理の強化
「新予算法」は、省レベル政府に債券発行の権限を与えると同時に、地方政府の違法な資金調達・担保に対する懲罰も強化している。今後、融資プラットフォーム会社が新規に発行する債券は地方政府の債務として認められず、ペーパーカンパニーのような融資プラットフォーム会社による債券発行はできなくなる。
4.今後の取り組み
今後、政府は、「新予算法」、「意見」及び「決議」の方針に基づき、地方政府債務管理に関する制度整備と地方政府に対する債務管理業務の監督・指導を急務とし、財政金融リスクを防ぐ(楼継偉、前掲報告)。具体的に、リスク防止と緊急対応メカニズムの構築と違法な資金調達に対する懲罰の強化に加え、次の三つの取り組みは優先課題となる。
1)政府債務の返済責任の確実な遂行
地方政府に対し既存債務の返済責任を確実に果たすように督促する。必要に応じて、政府資産の処分も可能とする。
また、引き続き、置換債券を発行し、既存の債務の返済に充て、地方政府の金利負担を軽減する。
さらに、収益のある地方プロジェクトを、PPP(官民パートナーシップ)モデルに改め、民間資本との提携を進める。
2)政府の偶発債務の処理
法律・法規に違反し、政府による保証が行われている場合、政府、債務者、債権者の三者間で協議を行い、契約修正を行い、責任を明確にし、法に基づき、保証関係を解除する。
また、各レベルの地方政府は返済責任を負う偶発債務について、省レベルの政府に申請・許可を得てから、契約に基づき、返済資金を用意すると同時に、法に基づき、債務者に請求する。
さらに、新たに発生する地方政府の偶発債務は、担保法で認められている範囲内に限定しなければならない。
3)融資プラットフォーム会社の市場化の推進
融資プラットフォーム会社関連の既存債務を適切に処理する上で、実体のないペーパーカンパニーは閉鎖し、実体のある企業は自己管理、自主発展のできる市場主体に転換させる。
また、企業が担当する公益プロジェクトや業務に関しては、政府が価格設定、資本金の注入、財政補助、サービスの購入などを通じて支援する。融資プラットフォーム会社の商業ベースの債務の返済に、政府の財政資金を利用することは厳禁とする。
さらに、実体のある企業を市場主体に転換させるに当たり、既存債務の処理、資産の確認、職員異動の手配などを行い、国有資産の流失、返済逃れなどの問題発生を防ぐ。
そして、融資プラットフォーム会社から転換する企業は、市場原則に基づき、資金調達と返済を行い、政府による暗黙の保証を解消し、自らリスクを負わなければならない。政府は出資する範囲内で出資者としての責務を果たし、また政府調達契約を履行するが、企業の債務を肩代わりして返済したり、債務の保証を提供したりしてはならない。
最後に、市場原理を生かしながら、撤退と再構築のメカニズムを整備する。司法プロセスにしたがって、契約違反をした融資プラットフォーム会社の債務を処理する。
5.残された課題
この一連の取り組みに象徴されるように、中国政府は、地方政府債務の健全化とリスクの解消に向けて、本格的に動き出している。しかし、確実に成果を上げていくためには、乗り越えなければならないハードルは依然として多い。
まず、地方政府が債務による資金調達に頼らなくて済むように、税収が中央政府に傾斜しているこれまでの税制を改め、中央政府から地方政府への財政移転を増やしながら、税目の区分を調整することを通じて、両者の間の税収の配分比率を抜本的に見直さなければならない。
第二に、融資プラットフォーム会社の再編に当たり、各政府部門間の利益が必ずしも一致せず、抵抗が予想されるため、改革が骨抜きにされないかが懸念される。
第三に、今後、発行される地方債券と置換債券は、市場原理の下で消化されることが望ましいが、現状では、その大半が政府の意思に従う国有銀行によって購入・保有され、発行金利も国債と大差がなく、リスクプレミアムを十分に反映していない。このままでは、銀行にとっての負担が重く、地方政府が抱えるモラルハザードの問題も解消されない。
第四に、今後、地方政府が返済すべき債務は予算管理の対象となったが、その監督責任を任せられた地方の人民代表大会が、人材などの面も含め、十分な能力を持っているかは疑問である。
このように、地方政府債務の問題を解決するためには、対症療法にとどまらずに、関連問題の解決をも視野に入れたさらなる制度改革を進めなければならない。
2016年3月14日掲載