中国経済新論:中国の経済改革

民営化なき国有企業改革の限界
― 「混合所有制」の推進は突破口となるか ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

計画経済から市場経済への移行を目指す中国にとって、民営化は避けて通れない重要な政策課題である。しかし、政府は、中小型国有企業の民営化を容認してきたが、大型国有企業の民営化については一貫して消極的である。2015年9月13日に中国共産党中央委員会と国務院の連名で発表され、今後の国有企業改革の方針を盛り込んだ「国有企業改革を深化するための指導意見」においても、このスタンスは変わっていない。このままでは、政府が掲げている「資源配分において市場が決定的な役割を果たす」(「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」中国共産党第18期中央委員会第三回全体会議(三中全会)で審議・批准、2013年11月)という方針を貫くことは困難であると言わざるを得ない。

求められる国有企業の民営化

低効率をはじめ、国有企業にかかわる多くの問題は、コーポレート・ガバナンスが弱いことに由来している。発達した資本主義経済においても、企業の所有と経営の分離によって所有者の利益が経営者に侵害される恐れがあるが、この問題は、所有権が曖昧である中国の国有企業において特に深刻である。

確かに、建前として13億の国民の一人ひとりがすべての国有企業に対して13億分の1の所有権を持っている。しかし彼らは、万単位に上る国有企業を自ら監督する能力もインセンティブも持っていない。また、そのような意欲を持っていたとしても、株主総会に出席できるわけではない。そのため、国民は国有企業の株主の権利を代理人としての政府機関に委託しなければならない。しかし、政府が国有企業を経営する目的は利益最大化だけでなく、雇用の創出、社会の安定などさまざまなものがある。また、国有企業の経営を任される役人は、国民や国の利益よりも自らの利益を優先するという誘惑に晒され、彼らによる不正や汚職がしばしば起きている。

この問題の解決は、選挙や議会といった民主主義制度が整っている先進諸国においても難しいが、国民の監督が届きにくい一党統治という政治体制を採る中国ではなおさらである。このように、国有であることがコーポレート・ガバナンスが弱いという問題の根源である以上、民営化を行わない限りコーポレート・ガバナンスの確立は不可能であるといえよう。

中小型国有企業にとどまる民営化の対象

こうした認識に立って、中国政府は1990年代半ば頃から、「抓大放小」(政府は大型国有企業のみをコントロールし、中小型国有企業の民営化を認める)と、「国有経済の戦略的再編」の名の下で、国有企業の民営化を進めてきた。「抓大放小」では民営化の対象を中小の国有企業にとどめたが、1997年に開催された中国共産党第15回全国代表大会(党大会)における「国有経済の戦略的再編」では、公共財を提供する一部の業種に限って国の所有を維持し、大企業を含む国有企業を非国有企業(民営・外資など)と競合する分野から全面的に撤退させるという方針を示した。

続いて、1999年9月の第15期四中全会で採択された「国有企業の改革と発展における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」では、「国有経済の戦略的再編」の具体的内容が明らかになった。それにより、国有経済が主導する産業は以下の四つに限定され、それ以外の分野における国有企業は事実上、民営化の対象となった。

  1. 国家の安全に関わる産業(国防に関する産業、貨幣の鋳造および国家の戦略的備蓄システムなど)
  2. 自然独占および寡占産業(郵政、電気通信、電力、鉄道、航空など)
  3. 重要な公共財を提供する産業(都市部における水道、ガス、公共交通および、港、空港、水利施設、重要な防護林工事など)
  4. 基幹産業とハイテク産業における中核企業(石油採掘、鉄鋼、自動車、電子の先端部門など)

これを受けて、中小の国有企業の民営化はMBO(経営者による自社買収)などを通じて行われたが、大型国有企業の民営化は既得権益集団の反対に遭い、大きな進展を見せていない。

三中全会の方針を具体化した「国有企業改革を深化するための指導意見」

大型国有企業の民営化には消極的であるという政府のスタンスは、2012年に誕生した習近平政権になってからも変わっていない。実際、2013年11月に第18期三中全会で採択された「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」(以下、「決定」)においても、民営化に関する言及がなかった。その代わりに、「混合所有制経済の推進」「現代的企業制度の整備」「国有資産の監督管理体制の改善」などが今後の国有企業改革の重点として示されている。

これらの方針を具体化した「国有企業改革を深化するための指導意見」(以下、「指導意見」)が、2015年9月13日に発表された。

その中で、国有企業改革の主要目標は、「2020年までに、中国の基本的経済制度と社会主義市場経済の発展という要求により適合する国有資産管理体制、現代的企業制度、市場化経営メカニズムを形成させ、国有資本の配置をより合理的にし、才徳とも優れた経営者やイノベーション能力と国際競争力を持つ国有主力企業を育成し、国有経済の活力、制御力、影響力、及びリスク対応能力を絶えずに向上させることである」と定められている。それに向けて、以下六つの任務にしっかり取り組まなければならないという。

  1. 種類別に国有企業改革を推進する。国有企業を商業型と公益型に分類する。国有企業と市場経済との融合、国有企業の経済効果と社会効果との融合を促進する。
  2. 現代的企業制度を整備する。企業の株式制改革、コーポレート・ガバナンスの整備、企業経営者の分野別・レベル別の管理制度の構築、社会主義市場経済に相応する企業の給与分配制度の実行、人事制度の改革を行う。
  3. 国有資産管理体制を整備する。国有資産管理監督機構の機能を「国有企業を管理する」ことから「国有資本を管理する」ことへと転換することを軸に、国有資本の授権経営体制の改革を進め、国有資本の合理的流動化による資源配分の最適化、営利目的の国有資産の集中した管理監督を図る。
  4. 混合所有制経済を発展させる。非国有資本による国有企業改革への参加、国有資本の非国有企業への株式参入を奨励し、混合所有制企業における従業員の持株制度の導入を模索する。
  5. 監督を強化することを通じて、国有資産の流失を防止する。企業の内部監督を強化し、外部監督との効率的連携メカニズムを構築する。情報開示による社会監督の強化を目指し、責任を徹底的に追及する。
  6. 党による国有企業への指導を強化し、改善する。党の紀律を正し、党組織が政治の面において中心的役割を果たす。経営陣の強化と人材育成に注力し、腐敗撲滅を徹底させる。

しかし、このような政策は、民営化を促進するどころか、逆に国有企業の独占力の強化、「国進民退」(国有企業のシェア拡大と民営企業のシェア縮小)、政府による経営への干渉の拡大に拍車をかけかねないなど、市場経済化の後退につながると懸念される。

国有企業の独占力の強化Vs.市場競争

中国は市場経済を目指しており、第18期三中全会の「決定」では、資源配分において市場が決定的な役割を果たすべきだと明記している。それに向けて、本来、公平な市場環境構築の一環として国有企業による独占体制を打破しなければならないが、残念ながら、今回の「指導意見」に従えば、それは逆に強化される恐れがある。

「指導意見」では、「大きくて強い、優れた国有企業を目指し、国有経済の活力、制御力、影響力、及びリスク対応能力を絶えずに向上させる」ことを強調している。そのために、政府は、国有企業の国際展開を支持し、国有企業の間、または他の企業とのM&Aをはじめとする提携を後押しし、世界一流水準の多国籍企業の育成を加速させる方針である。その典型例として、高速鉄道の輸出を強化するために、2015年6月に、鉄道車両製造大手の中国南車と中国北車の合併によって中国中車が誕生したことが挙げられる。

本来、市場経済においては、国有か非国有かを問わず、すべての企業は公平で同一のスタートラインに立たないといけない。もし国有企業が他の企業が受けられない資金援助を受け、他の企業が利用できない優遇政策を利用して、大きく強くなろうとするならば、これは市場メカニズムに対する侵害であり、資源配分の劣化という結果をもたらす恐れがある。

特に、一部の独占産業において、国有企業は高価格を設定することを通じて超過利益を獲得することができる。しかし、国有企業が独占体制の下で得た利益は、他の企業と消費者の負担となる。現在、世界市場において中国の民営企業の競争力が低下している原因の一つは、多くの国有企業が提供する原材料などが高いからである。

「国進民退」Vs.「国退民進」

「指導意見」では、国有企業の強化に加え、「混合所有制」の推進が今後の改革の方針として挙げられている。具体的に、出資などを通じた非国有資本による国有企業改革への参加、国有企業の再編や国有上場企業の資本拡大及び経営管理への参加を奨励する。その一方で、国有資本による非国有企業へのいろいろな形での出資を奨励する。国有資本投資運営会社は、資本運営プラットフォームの役割を果たし、市場を通じて、公共サービス、ハイテク技術、生態環境保全、戦略的産業を中心に、潜在力・成長性のある非国有企業に株式投資を行う。国有企業と非国有企業の株式・戦略・資源の提携統合を奨励する。前者により「国退民進」(国有企業のシェア縮小と民営企業のシェア拡大)、ひいては民営化が促されると期待されるが、逆に後者は「国進民退」につながる恐れがある。

近年、政府の後押しもあり、「国進民退」という動きが一部の分野においてすでに見られている。特に、2008年9月のリーマン・ショックを受けて実施された4兆元に上る景気対策は、国有企業によってほぼ独占されている鉄道、道路、空港といったインフラ分野への投資に集中した。

「国進民退」は、次のように、中国経済の中長期の成長を抑える恐れがある。

まず、大型国有企業は独占の利益を守るために、行政当局に圧力をかけ、市場参入の壁を高くしがちである。それにより、競争原理の導入や市場を非国有企業にさらに開放することが困難になってしまう。銀行融資が国有企業に集中し、民営企業にはなかなか回らないことはその典型例である。

また、独占企業は容易に利益を上げられるがゆえに、効率を向上させるインセンティブが働かず、国際市場において競争力が欠如したままである。実際、中国が世界の工場と呼ばれるようになったにもかかわらず、その担い手はあくまでも外資企業である。米『フォーチュン』誌が毎年発表する「グローバル500」にランクインしている中国の国有企業は、輸出にはほとんど貢献していない。

さらに、増え続ける国有企業の利潤の大半は国に納められず内部に留保されている。中央国有資本経営予算編成の対象となる国有企業は、2014年に総額1兆2,551億元に上る純利益(税引き後)を上げたにもかかわらず、その11.0%に当たる1,379億元しか国庫に納付していなかった。その上、国庫に納められた国有企業の利潤の大半は、「国有経済構造調整支出」や「重点項目支出」「産業高度化と発展支出」という名目で、国有企業に還流されている。国有企業部門におけるこのような資金の内部循環は、無駄な投資を助長している。

党の指導Vs.コーポレート・ガバナンス

「指導意見」では、共産党による国有企業への指導の強化と改善を訴えている。

具体的に、まず、企業の党組織が政治の面において中心的役割を果たす。党による指導の強化とコーポレート・ガバナンスの整備を融合させ、党組織について国有企業社規へ記入することを義務付ける。企業の党組織と経営陣の幹部の双方向任命・兼任の体制を構築し、特に、原則として、董事長は党組織のトップを兼任する。

また、国有企業の経営陣の強化と人材育成に注力する。人材採用・登用の基準とプロセスを明確にする。党による幹部管理の原則を堅持し、企業経営者の任命・登用、教育、管理監督における企業党組織の責任を明確にする。取締役会による経営者の選出・任命権を認める。企業の経営陣に対し、日常的な管理監督と総合評価を行い、適任でない場合、異動を発令する。

さらに、国有企業の腐敗撲滅において企業の党組織が紀律監査部門とともにしっかりと役割を果たす。教育を強化し、実行可能な責任追及制度を整備する。

党による国有企業への指導が強化されれば、国有企業の経営者は、代表取締役、取締役会、監事会、コーポレート・ガバナンス機構に対して責任を果たさなければならないだけでなく、共産党の指導にも従わなければならない。しかし、両者の間に矛盾が生じた場合、コーポレート・ガバナンスよりも、党の指導が優先されることになろう。

1993年の第14期三中全会において、「政企分離」は国有企業改革の目標として確定されたが、今に至っても実現できていない。「党の指導の強化と改善」を訴えた今回の国有企業改革案は、「政企分離」を推進するどころか、それに逆行するものであると言わざるを得ない。

混合所有制の推進を中心とする国有企業改革は成功するか

このように、混合所有制の推進を中心とする国有企業改革は、コーポレート・ガバナンスの強化と競争的市場環境の確立の有効な手段であるかどうかは疑問である。(左小蕾「混合所有制改革は純粋な資本運営を避けるべきである」『中国証券報』、2014年8月29日)。

もし混合所有制を推進する目的が株主構造を変えることを通じてコーポレート・ガバナンスを含む経営体制に変化をもたらすことであれば、国の持分を50%以下にしなければならない。政府が相変わらず独占的主導権を握ったままでは、国有企業の運営に根本的な変化は生じない。

また、もし混合所有制を推進する目的が非国有資本の導入により一部の業種における国有資本の独占状態を打破することであれば、最善の方法は、企業の混合所有制改革を行うことではなく、参入基準を引き下げ、あらゆる所有制企業、特に民営企業が国有企業と同じ条件下で、公平に競争できるようにすることである。こうすれば、市場競争を通じて、国有企業のコーポレート・ガバナンスが向上し、生産性と競争力も高まるだろう。

国有企業改革の行方

市場化に向けた国有企業改革が停滞している現状に対して、北京大学光華管理学院の張維迎教授は、次の理由から、政府がやがてこれまでの消極的スタンスを改めて、より積極的スタンスに転換するだろうという見通しを示している(張維迎『企業理論と中国企業改革』、上海人民出版社、2015年)。

まず、経済成長が鈍化している現状においては、成長モデルの徹底的改革を行わない限り、中国は経済の高度成長を維持することは不可能である。これまでの高度成長は低い労働コストと輸出主導によって実現されたものだったが、ここに来て、労働コストの上昇を背景に輸出が不振に陥っている。この難局を打破するためには、イノベーションなどにおいて民営企業の活力を生かすしかない。

また、国有企業の基幹産業における独占に対して国民の不満が高まっている。消費者はこれらの企業によって提供される商品やサービスの高い価格と低い品質に、民営企業家は独占によってもたらされた不公平な競争に、大衆は国有企業が絡む大規模な腐敗に不満を持っている。これを背景に、世論は民営化を支持する方向に変わりつつある。

さらに、国有企業は民営企業ほど効率的ではない。一部の国有企業は、土地、資金、資源などの投入を安く入手する一方、独占の立場を利用して製品を高い値段で販売することを通じて利益を増やしてきた。しかし、数年前から、借金を頼りに事業規模を拡大した結果、多くの債務を抱えるようになった。経済成長が鈍化するにつれて、国有企業の業績が悪化し、不良債権が再び膨らむリスクも高くなる。その時に、政府は1990年代半ば以降のように、民営化を容認せざるを得ないだろう。

最後に、社会保障基金はすでに赤字になっており、高齢化が進むにつれて、赤字がさらに拡大すると予想される。財源を確保するために、政府が持っている国有企業の株式を社会保障基金に移管するか、国有企業を売却し、それによって得られた資金を社会保障基金の財源に充てるしかないという。

しかし、国有企業の民営化が市場経済を目指す中国にとって避けられないことである以上、政府は危機が発生してから初めて民営化に着手するのではなく、民営化を積極的に推進することを通じて経済を活性化し、危機を未然に防ぐべきであろう。

2015年10月21日掲載

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