中国経済新論:世界の中の中国

進展する人民元の国際化

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー
野村資本市場研究所 シニアフェロー

人民元の国際化とは、クロス・ボーダーの取引及び海外での取引における人民元の使用割合、あるいは非居住者の資産保有における人民元建て比率が高まっていくことであり、具体的には、国際通貨体制における人民元の役割の向上、及び経常取引、資本取引、外貨準備等における人民元のウェイトの上昇と考えられる。2008年9月のリーマン・ショック以降の米国発のサブプライムローン問題とユーロ圏債務問題に端を発する世界的経済危機を受けて、ドルとユーロを中心とする国際通貨体制への信認が問われるようになった。これを背景に、中国政府は、人民元の国際化を積極的に進めるようになり、成果を上げつつある。

増える経常取引と資本取引における人民元の使用

2009年以降、貿易を中心とする経常取引と、資本取引における人民元の使用できる範囲は段階的に拡大されてきた。

まず、国内の貿易企業による貿易・投資の利便性向上のため、中国は2009年7月から、上海など5都市でクロス・ボーダー貿易決済における人民元の使用を認める試行措置を開始し、第1期は365社が対象に選ばれた。

2010年6月には、試行措置の対象地域を北京など20の省(自治区、直轄市)に拡大し、対象となる貿易相手国・地域も、当初の香港・マカオ及び東南アジア諸国連合(ASEAN)から、世界のすべての国・地域に拡大した。これにより、試行措置の対象企業は6万7,724社に増えた。2011年8月には試行措置の対象地域が全国に拡大し、さらに、2012年6月にはすべての企業が人民元で貿易取引を決済できるようになった。

クロス・ボーダー貿易における人民元建て決済額を見ると、2009年の35.8億元から2012年には2.94兆元へと飛躍的に増加している。そのうち、中国本土と香港の間の決済額は圧倒的に多く、2012年には全体の9割弱に当たる2.6兆元に達している。

経常取引だけではなく、資本取引の面においても、人民元の国際化が漸進的に進められている。まず、2005年2月に外国機関による中国本土における人民元建て債券(いわゆる「パンダ債」、日本の「サムライ債」に相当)の発行が認められるようになった。これを受けて、パンダ債の第1弾と第2弾として、2005年10月には国際金融公社(IFC)が11.3億元、アジア開発銀行(ADB)が10億元の10年債を発行した。その後、IFCは2006年に8.7億元、ADBは2009年に10億元のパンダ債を増発した。

また、人民元資金の国内への還流措置として、2010年8月に外国銀行が海外で取得した人民元による中国本土インターバンク市場の人民元建て債券への投資を認めたのに続き、2011年10月には外国企業による人民元建て直接投資も解禁された。そして、2011年12月に、外国の投資家が中国本土外で調達した人民元を中国本土の株式・債券に投資することを認める「人民元適格外国機関投資家(RQFII)」制度が発表され、2013年8月末時点では2,700億元に上る運用枠が認可されている。

強化される各国との通貨協力

外貨準備の面では、2008年の世界金融危機以来、中国人民銀行(中央銀行)が20ヵ国・地域(香港を含む)の中央銀行との間で、人民元と相手国通貨のスワップ協定を締結している。金額ベースで見ると、2013年8月末現在、トップ5は香港(4,000億元)、韓国(3,600億元)、シンガポール(3,000億元)、イギリス(2,000億元)、オーストラリア(2,000億元)である。このような中央銀行間の協力は、人民元資金を提供することを通じて、相手国と中国の間の貿易の拡大を促すものとして期待されている。

また、人民元を外貨準備の構成通貨に加える国も出現している。2012年末現在では、人民元を外貨準備に組み入れた、あるいはこうした措置を準備していると公表している国として、フィリピン、ロシア、マレーシア、韓国、ベラルーシ、ナイジェリア、カンボジア、タイなどがある。

日本も人民元の国際化のプロセスに参与している。2002年3月、地域金融協力を進めるチェンマイ・イニシアチブの枠組みの下で、日本は中国と30億ドル相当の円と人民元のスワップ協定を締結した。そして、野田佳彦首相(当時)が2011年12月に訪中した際に温家宝首相(当時)と合意した日中間の金融協力強化の一環として、2012年3月に、中国当局は650億元の中国国債購入枠を日本政府に与えた。さらに、2012年6月には、円と人民元の直接取引が東京と上海の為替市場において同時に始まった。日本は世界第3位の経済大国として、人民元の国際化を推進する上での役割がますます大きくなると考えられる。

人民元のオフショアセンターとして地位を固める香港

一方、人民元の国際化の波に乗って、香港は人民元のオフショアセンターを目指しており、中国政府もこれを後押ししている。

まず、2004年2月から香港での人民元預金の取り扱いが正式にスタートした。2012年末現在では、人民元決済プラットフォームに参加する銀行は204行に増え、人民元の預金残高は6,030億元と、香港市場では、香港ドルと米ドルに次ぐ重要な通貨になっている。

また、2007年6月に、中国本土の政策性銀行と商業銀行による香港での人民元建て債券の発行が認められるようになった(中国の国債を含む香港のオフショア市場で発行される人民元建て債券は、通常「点心債」と呼ばれている)。

これを受けて、同年7月に国家開発銀行は中国本土の金融機関として初めて点心債を香港で発行した。中国企業にとっては中国本土市場と比べてより安い金利で資金を調達でき、また香港の投資家にとっては人民元預金より高い金利が得られるというメリットがある。その後、中国輸出入銀行や、中国銀行、交通銀行などによる点心債の発行が相次いだ。

2009年6月には外国金融機関による点心債の発行が認められ、同年9月に中国政府が香港で初の人民元建て国債を発行した。翌2010年7月に外国企業(香港企業を含む)を対象に点心債の発行が解禁され、これを受けて、香港企業のホプウェル・ハイウェイ・インフラストラクチャー(2010年7月)とマクドナルド(2010年8月)は、相次いで点心債を発行した。

さらに、中国本土企業による点心債の発行も認められ、2011年11月、宝鋼集団は中国本土企業として初めて点心債を発行した。点心債の発行規模は、2007から2009年までは年間100億元台であったが、2011年以降は同1,000億元に急拡大している。

今後の見通し

人民元の国際化の前提条件として、次の三つが挙げられる。まず、世界経済(国内総生産ないし貿易)に占める中国のシェアが大きいことである。第二に、人民元の価値への信頼が確立されていることである。第三に、中国が整備された金融市場を持ち、かつ為替・資本取引が自由・開放的であり、居住者・非居住者が差別なく国内の金融市場にアクセスできることである。

この中で、一番目と二番目の条件は満たされつつあるが、中国の現状と三番目の条件との距離は依然として大きい。特に、中国が資本取引に対して多くの制限を設けていることは、人民元の国際化の制約となっている。しかし、資本取引の自由化が今後加速すると予想され、その歩調に合わせて、周辺諸国・地域を中心に、人民元の国際化も進展してこよう。

2013年10月11日掲載

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