中国経済新論:中国の経済改革

共産党大会から見る今後五年間の経済政策
― 胡錦濤報告と習近平演説を中心に ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

11月14日に閉幕した中国共産党第18回全国代表大会(党大会)において、胡錦濤総書記が今後5年の党と国家運営の指針を示した中央委員会活動報告(以下「胡錦濤報告」)を行った。また、新しい中央委員会と中央紀律検査委員会のメンバーが選出され、『中国共産党規約(改正案)』が採択された。15日には、第18期中央委員会第1回全体会議(一中全会)が開催され、新しい指導部の中心となる7人の中央政治局常務委員が選出された。その中から新たに総書記として選ばれた習近平氏が就任演説(以下「習近平演説」)を行った。ここでは、「胡錦濤報告」と「習近平演説」を手がかりに、中国経済の今後の経済政策の方向性を探る。

小康社会の実現に向けて

「胡錦濤報告」では、中国共産党創立100周年(2021年)に小康社会(いくらかゆとりのある社会)を、新中国成立100周年(2049年)に現代的国家を実現するという目標が改めて確認された。その上、年平均7%程度の成長率が維持されることを前提に、2020年までに国内総生産(GDP)と都市部・農村部住民の1人当たりの所得を2010年の二倍にする目標が掲げられている。人口が増える中で、都市部と農村部住民(合わせて家計部門)の1人当たりの所得がGDPと同率で伸びることは、家計部門全体の収入のGDPに占める割合が上昇することを意味する。また、これまで農村住民よりも都市住民の1人当たり所得の方が伸びていたため、都市部と農村部の格差が拡大してきたが、今後、いずれも同率で伸びるようになれば、それ以上の格差の拡大が避けられることになる。

また、胡錦濤総書記は、自らが2003年から掲げてきた「科学的発展観」という理念を「長期的に堅持しなければならない指導思想」と位置づけた。「科学的発展観」はマルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、「三つの代表」に並ぶ中国共産党の指導思想として、新たに中国共産党の執政綱領である党規約に盛り込まれた。

ここでいう「科学的発展観」とは、「人間本位」を中核としながら、「全面的」な、「調和」の取れた、「持続可能」な発展を目指すことである。まず、「人間本位」とは、発展の目的は単にGDPに象徴される経済の量的拡大ではなく、国民の生活水準の向上にあるという考え方である。それに従えば、GDPの拡大が、所得と富の二極分化や、公害・環境問題の深刻化をもたらすのであれば、それは人間本位に反することになる。また、「全面的」とは、経済だけでなく、社会、政治、文化、生態環境にも目を配ることである。さらに、「調和」とは、各分野における改革が互いに結びつき、促進し合うことである。中でも、①都市と農村の発展の調和(農業、農村、農民問題からなる「三農問題」を解決する)、②地域発展の調和(後発地域を支援する)、③経済と社会の発展の調和(就業の拡大、社会保障制度や、医療・教育といった公共サービスを充実させる)、④人と自然の調和の取れた発展(資源の節約と自然環境の保護を重視する)、⑤国内の発展と対外開放の調和(対外開放を堅持しながら国内市場の発展を加速する)、からなる「五つの調和」が強調されている。最後に、「持続可能」とは、今の世代の利益だけでなく、次の世代の利益にも配慮することである。

さらに、「胡錦濤報告」は、環境重視の姿勢をいっそう鮮明にした。社会主義の建設を、従来の経済建設、政治建設、文化建設、社会建設からなる「四位一体」から、エコ文明建設が加わった「五位一体」に拡大した。

求められる「経済発展パターンの転換」

「胡錦濤報告」に強調されているように、経済発展は、依然として社会主義の建設と小康社会を実現するカギとなる。それに向けて、「経済発展パターンの転換」が今後の経済政策の最重要課題と位置づけられている。ここでいう「経済発展パターンの転換」は、「需要構造の面における投資と輸出から消費へ」、また、「産業構造の面における工業からサービス業へ」、そして「生産様式の面における投入量の拡大から生産性の上昇へ」という三つの転換からなる。中国が「経済発展パターンの転換」を急ぐようになった背景には、労働力不足や、高齢化社会の到来、海外市場の低迷と貿易摩擦の激化、資源・環境問題の深刻化といった内外環境の変化がある。

「経済発展パターンの転換」を実現するために、次の五つの方針が提示されている。

第一に、経済体制改革の全面的深化を進める。中でも、政府と市場の関係を調整し、市場原理をいっそう尊重しなければならない。

第二に、イノベーション主導の発展戦略を実施する。国家イノベーション体系の建設を加速し、企業を主体とし、市場を導きとし、産・学・研究機関が結合した技術イノベーション体系の構築に力を入れる。

第三に、経済構造の戦略的調整を進める。需要構造の改善、産業構造の最適化、地域の調和の取れた発展の促進、都市化がその重点となる。都市化を促進するために、「戸籍改革を加速させる」ことは、初めて党大会の報告に明記された。

第四に、都市部と農村部の発展の一体化を推進する。これは、「三農問題」を解決するための根本策である。その一環として、土地収用の制度改革については、農地の強制収用に対する農民の不満を和らげるために、今回、「土地売却から得られる収益のうち、農民への分配率を上げる」と初めて党大会の報告に明記された。

最後に、開放型経済のレベルを全面的に向上させる。対外経済構造の改善や、外資の有効利用、中国企業の対外直接投資の推進に加え、輸出だけでなく、輸入も同様に重視することが強調されるようになった。

このように、「経済発展パターンの転換」は、経済の量的拡大とともに、質の向上を目指している。労働力が過剰から不足へ移っていることも加わり、雇用政策の方針は、前回の「雇用拡大の発展戦略を実施すること」から、今回は「高い質の雇用の実現を推し進めること」に改められた。

国民生活の向上と腐敗撲滅に意気込みを見せた「習近平演説」

「科学的発展観」が提唱されてきたにもかかわらず、胡錦濤政権下の10年間において、中国では、経済の規模こそ大きくなったが、格差の拡大や、住宅価格・教育費・医療費の高騰、官僚の腐敗の深刻化など、庶民の不満はむしろ高まっている。これに対して、習近平総書記は就任演説において、国民生活の向上と腐敗撲滅に意気込みを見せている。

具体的に、「わが人民は生活を心から愛し、より良い教育、より安定した仕事、より満足のいく収入、より頼れる社会保障、より高水準の医療衛生サービス、より快適な居住環境、より美しい環境を待ち望み、子どもたちがより良く成長し、より良い仕事とより良い生活を得られることを待ち望んでいる。素晴らしい生活への人民の憧れ(を満たすこと)が、われわれの奮闘目標である。この世の全ての幸福は勤勉な労働による創造を必要とする。われわれの責任は、全党、全国各族人民を団結させ、率いて、引き続き思想を解放し、改革開放を堅持し、社会生産力をたゆまず解き放ち、発展させ、大衆の生産・生活面の困難の解決に努力し、共に豊かになる道を揺るがず歩むことである」と指摘した。その上、「一部の党員幹部の間に生じている汚職や腐敗、大衆との乖離、形式主義、官僚主義といった問題は大きな力を投じて解決しなければならない。」という認識を示した。

習近平総書記が自ら語った「責任は泰山よりも重く、事業は任重くして道遠しだ」という言葉の通り、改革を進めるに当たり、既得権益層の抵抗に遭うなど、さまざまな紆余曲折が予想されるが、「誠心誠意人民に奉仕する」ことを約束した新しいリーダーの健闘に期待したい。

2012年12月4日掲載

2012年12月4日掲載