中国経済新論:中国の経済改革

収束に向かう地方政府性債務問題
― 融資プラットフォーム会社の整理を中心に ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、リーマン・ショック以降、インフラ投資の資金調達のために設立された地方政府融資プラットフォーム会社(以下、融資プラットフォーム会社)の借入を中心に、地方政府性債務が急増し、景気が減速する中で、債務不履行のリスクへの懸念が高まっている。問題の解決に向けて、2010年6月10日に「地方政府融資プラットフォーム会社の管理強化に関する問題についての国務院通知」が発表され、それに沿って融資プラットフォーム会社とその債務の整理が進められてきた。地方政府性債務、中でも融資プラットフォーム会社の債務の実態と整理の進展について、今年に入ってから、審計署(日本の会計検査院に相当)や中国人民銀行(中央銀行)をはじめ、関係官庁から資料などが発表されている。

明らかになった地方政府性債務の実態

審計署は2011年3-5月に、全国規模で地方政府性債務情況について審査し、その結果を発表した(審計結果公告2011年第35号「全国地方政府性債務審査結果」、2011年6月27日、以下「審査結果」)。それによると、2010年末における全国の地方政府性債務残高は10.72兆元(GDPの26.7%)に上り、その約6割は2008年以降に形成されたものである(2008年の伸びが23.5%、2009年の伸びが61.9%、2010年の伸びが18.9%から逆算)。

地方政府性債務の内、政府が返済責任を負うものは6.71兆元(債務残高の62.6%)、政府が担保責任を負うものは2.34兆元(同21.8%)、政府が一定の支援責任を負う可能性のあるものは1.67兆元(同15.6%)となっている。

借入の主体別でみると、融資プラットフォーム会社は4.97兆元(債務残高の46.4%)と、地方政府部門・機関の2.50兆元(同23.3%)を上回っている。

行政レベル別でみると、省レベルが3.21兆元(債務残高の30.0%)、市レベルが4.66兆元(同43.5%)、県レベルが2.84兆元(同26.5%)となっている。

地域別でみると、東部が5.32兆元(債務残高の49.6%)、中部が2.47兆元(同23.1%)、西部が2.93兆元(同27.3%)となっている。

借入先別でみると、銀行からの借入は8.47兆元(債務残高の79.0%)となっている。

資金の用途別でみると、1.10兆元(債務残高の10.3%)がまだ現金のまま未使用だが、既に支出されたものが9.61兆元(同89.7%)である。その内、都市部のインフラ建設は3.53兆元(支出済額の36.7%)、交通運輸は2.39兆元(同24.9%)、土地の収用・備蓄・整理は1.02兆元(同10.6%)で、合わせると全体の7割を超えている。

満期構成をみると、2011年に期限が来るものは地方政府性債務残高の24.5%、2012年が17.2%、2013年が11.4%、2014年が9.3%、2015年が7.5%、2016年以降が30.2%となっている。

2010年末、地方政府が返済責任を負う債務残高の総合財政力(税収に加え、中央政府からの財政移転、土地売却益などを含む)に対する比率(債務比率)は52.3%であり、これに地方政府が担保責任を負う債務を加えると債務比率は70.5%となる。これらの数字から判断して、中国の地方政府性債務は増えているとはいえ、まだ危険な水域には至っていない。

問題視される融資プラットフォーム会社

地方政府性債務の中で、特に融資プラットフォーム会社が抱えている債務は問題視されている。ここでいう融資プラットフォーム会社とは、地方政府およびその機関が、財政資金や土地、株式などを出資して設立した、政府の投資プロジェクトの資金調達機能を担う、独立した法人格を持つ経済主体のことである。その目的は、インフラ投資の必要性と限られた財源という矛盾を解消することである(図1)。現在の財政制度の下では、地方政府は、恒常的に財源の不足に悩まされている上、自ら債券を発行することが禁止されている。このような制約の下で、インフラ投資の資金を調達するために、各地の地方政府は、多くの融資プラットフォーム会社を設立したのである。その資金調達の手段は、銀行からの借り入れと債券の発行が中心となる。融資プラットフォーム会社には、投資の対象となるインフラの建設と運営を自らが行うものと関連会社に委ねるものがあるが、前者の場合は直接的に、後者の場合は間接的に、営業収入、公共施設の使用料、そして財政資金を得て、それを債務返済の財源に充てる。

図1 融資プラットフォーム会社を中心とする地方政府の資金調達の仕組み
図1 融資プラットフォーム会社を中心とする地方政府の資金調達の仕組み
(注)地方政府融資プラットフォーム会社は運営会社と一体化する場合がある。
(出所)各種資料より筆者作成

審計署の「審査結果」によると、2010年末には、全国省・市・県の三つのレベルの政府が設立した融資プラットフォーム会社の数は6,576社で、うち省レベル165社、市レベル1,648社、県レベル4,763社である。これらの会社の事業内容から見ると、政府の建設プロジェクトの資金調達を主とするものが3,234社、政府プロジェクトの資金調達と建設・運営を兼ねたものが1,173社、その他の経営活動を行うものが2,169社である。2010年末の融資プラットフォーム会社の債務残高4.97兆元の内、政府が返済責任を負うものは3.14兆元、政府が担保責任を負うものは0.81兆元、政府が一定の支援責任を負う可能性のある債務は1.02兆元となっている。地方政府のレベル別では、省レベル0.88兆元(債務残高の17.8%)、市レベル2.68兆元(同54.0%)、県レベル1.40兆元(同28.2%)である。

2008年以来、融資プラットフォーム会社はインフラ建設、国際金融危機への対応に大いに貢献した。しかし、その数と融資規模が急増するにつれて、運営上の多くの問題が顕在化しており、債務不履行のリスクも懸念されるようになった。

審計署が「審査結果」で指摘しているように、一部の融資プラットフォーム会社の管理はずさんであり、採算性が低い。その表れとして、融資プラットフォーム会社に対する規範的な管理制度が欠けていること、一部の会社のコーポレートガバナンスは不完全であること、内部管理の階層数が多く、連鎖が長いこと、資本金の充足率が低いことが挙げられる。「審査結果」によると、「1,033社に虚偽出資、資本不足、地方政府・部門による違法な資本注入と資本引出し等の問題が存在し、その金額は2,441.5億元に上る。融資プラットフォーム会社が借り入れた資金は回収期間が長い公益性あるいは準公益性プロジェクトに振り向けられるため、採算性が低く、26.4%に相当する1,734社は赤字が出ている」。

進む融資プラットフォーム会社の整理

融資プラットフォーム会社を中心とする地方政府性債務の急増に伴うリスクを抑えるために、2010年6月10日に「地方政府融資プラットフォーム会社の管理強化に関する問題についての国務院通知」が発表され、その中には、①債務整理、②融資プラットフォーム会社の整理、③金融機関の融資管理の強化、④地方政府による債務保証の禁止という対策が盛り込まれている。これをきっかけに、融資プラットフォーム会社の整理が本格的に開始された。その後の進展について、中国人民銀行は、2011年6月に発表した「2010年中国区域金融運行報告」において、次のように指摘している。

まず、融資プラットフォーム会社の借入額の伸びは次第に鈍化している。これは、各地区の融資プラットフォーム会社の整理が効率よく推し進められたことの表れである。前年末と比べて、2010年末には、多くの省と市の融資プラットフォーム会社の借入額増加スピードが、50%以上から20%以下に落ち込んでいる(前述の審計署の「審査結果」においても、地方政府性債務残高の伸び率は2009年の61.9%から2010年に18.9%に鈍化していると報告されている)。

また、公益性プロジェクトを担い、返済の原資を財政収入に頼らざるを得ない融資プラットフォーム会社は重点的に整理されており、公益性プロジェクトへの融資は緩やかに縮小している。

さらに、金融機関の融資プラットフォーム会社に対する貸出リスク管理が強化され、地方政府の信用度のみに頼った融資は、次第に抵当、担保付き融資に切り替えられている。

最後に、融資の対象となるプロジェクトは、主に道路やインフラ建設に変化しており、従来の土地備蓄に集中している状況は緩和されるようになってきた。これにより、地価の低下が融資プラットフォーム会社の返済能力を低下させるリスクが幾分軽減されている。

これらの進展を踏まえて、中国人民銀行は、「総じていえば、現在、地方政府融資プラットフォーム会社の債務整理は順調に行われている。」と結論している。

地方政府性債務リスクはコントロール可能

審計署と中国人民銀行の発表を受けて、財政部は、中国の地方政府性債務リスクは全体的にコントロール可能であるという見解を示している(「財政金融リスクを有効に防ぎ経済の持続的かつ健全な発展と社会の安定を維持しよう」、中国財経報網、2011年8月11日)。その理由として、債務の規模が比較的小さいことや融資プラットフォーム会社の債務整理が進んでいることに加え、次の四点を挙げている。まず、2010年末時点での地方政府性債務の債権者の殆どは国内機構と個人である。第二に、地方政府は経済発展に伴う財政収入の増加で返済能力が向上し、これを反映して、債務の返済の延滞や不履行率も一貫して低い水準を保っている。第三に、地方政府は、財政收入以外にも、固定資産、土地、自然資源など、多くの資産を保有しているため、これらを現金化して返済に充てることができる。最後に、中国経済は高度成長期を迎え、インフラ建設が地方経済と政府収入の拡大に大いに寄与し、返済能力の向上にも役立っている。

一方、中国人民銀行も、地方政府の最大の貸し手である商業銀行の不良債権比率が低く、貸出の質・リスクに関する管理・コントロールが強化されていると認識しており、地方政府性債務問題が銀行部門の健全性を大きく損なう可能性を否定している(「中国人民銀行スポークスマンの地方政府融資プラットフォーム会社に関連する問題についての質問に対する回答」、中国人民銀行ウェブサイト、2011年7月11日)。中国人民銀行と銀行業監督管理委員会が共同で行った17の主要銀行を対象とするストレステスト(健全性審査)の結果もこの結論を支持している(『2010年中国人民銀行年報』)。

このように、中国当局は地方政府性債務リスクへの懸念を払拭する十分な根拠を示している。

2011年10月26日掲載

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