中国経済新論:中国の産業と企業

世界一の自動車市場となった中国
― 独自の技術とブランドの確立がなお課題 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

近年、所得の上昇に伴う需要の拡大と海外メーカーの進出を背景に、中国の自動車産業は目覚しい発展を遂げてきた。昨年以来の世界的金融危機を受けて、日米をはじめ、世界の自動車販売が低迷している中で、中国の自動車市場の好調さが目立っている。今年に入ってから、中国の自動車生産台数と販売台数はともに日米を抜いて世界一の規模となった。しかし、中国の自動車産業は、技術やブランドをはじめ、多くの分野において海外メーカーへの依存度が高く、国際競争力も欠如したままである。自動車強国を目指すべく、中国政府は、研究開発能力の向上、独自ブランドの確立、業界再編などを目標とする政策を打ち出している。

自動車産業の急成長

中国における自動車産業の歴史を振り返ってみると、改革開放に転換する前の1978年には、自動車生産台数はわずか15万台しかなく、その大半はトラックであった。その後、経済の高成長とともに、自動車産業も急速に発展してきた。92年に初めて生産台数が100万台の大台に乗り、2001年のWTO加盟を経て、中国の自動車産業は黄金期を迎えた。中国の自動車生産台数は、2001年の世界第8位に当たる233万台から、2002年にはカナダと韓国、スペインを抜き世界第5位に、2003年にはフランスを抜き世界第4位に、2006年にはドイツを抜いて、世界第3位となった。さらには2008年の生産台数は935万台に達し、米国を抜いて日本に次ぐ世界第2位に躍進した(図1)。

図1 中国の自動車生産台数と世界ランキングの推移
図1 中国の自動車生産台数と世界ランキングの推移
(出所)『中国汽車工業年鑑』などより作成

一方、中国の自動車市場の規模も、2006年には日本を抜いて米国に次ぐ世界第二位となり、この状況は2008年まで続いた(表1)。なお、中国の中国汽車工業協会によって公表される「販売台数」は、自動車メーカーが工場から出荷した数としての卸売台数に当たり、市場規模よりも生産台数に近い数字となっている(このように定義された販売台数と生産台数との差は在庫の変動に当たる)。国内の「市場規模」は、公表された「販売台数」(=出荷台数)から「輸出台数」を引いて、そして「輸入台数」を合わせることによって計算されることになるが、中国の場合、自動車の輸出と輸入の量がいずれも小さいため、実際の「市場規模」と公表された「販売台数」の差はそれほど大きくない(図2)。

表1 主要国の自動車市場規模(2008年)
表1 主要国の自動車市場規模(2008年)
(注)米国、日本等は登録台数ベース(Ward's Auto World、日本自動車工業会〔JAMA〕統計)。中国は卸売台数ベース(中国汽車工業協会〔CAAM〕統計)。中国では小売台数統計が一般には整備されておらず、自動車メーカーが工場から出荷した数としての卸売台数を販売台数として扱っているため、ここでは便宜上「卸売台数=販売台数」とする。なお、市場規模は「国内卸売台数-輸出台数+輸入台数」で算出。
(出所)Ward's Auto World、JAMA、CAAM統計より現代文化研究所作成
図2 中国における自動車市場規模
図2 中国における自動車市場規模
(注)市場規模=販売台数-輸出台数+輸入台数
(出所)中国汽車工業協会より作成

米国発金融危機の影響を受けて、中国における自動車生産と販売台数は、昨年後半には一時失速した。しかし、今年に入ってから、小型車の車両取得税減税と景気の底入れを受けてともに持ち直している。中国汽車工業協会の統計によると、1~4月の販売台数は383.2万台と前年比9.4%伸びており、通年では、1000万台に乗る勢いである(先述のように、卸売台数ベース。輸出と輸入を考慮していないため「市場規模」と若干ずれる)。中でも4月の販売台数は前年比25.0%増の115.3万台と好調である。米国の1~4月の自動車販売台数が前年比37.4%減の302.3万台に大幅に落ち込む中で、中国の販売台数は米国を抜いて、世界第一位となっている。しかも、その差は、月を追うごとに広がっており、通年でも、首位を守る公算が高くなっている。

一方、今年に入ってから、日本の自動車生産台数が急減していることから、中国の生産台数も初めて日本を抜いて世界一の規模となった。

発展の原動力となった外資の進出

中国における自動車産業の急成長を支えている要因の中で、需要面における経済の高成長に伴う国民の所得の増加に加えて、供給面における海外メーカーの進出も重要である。

中国は、計画経済の時代において、一貫して「自力更生」の路線に沿って自動車産業の発展を図ろうとしてきたが、所期の成果を上げるに至らなかった。改革開放に転換してから、中国は「市場と技術の交換」という方針に基づき、外資企業を積極的に誘致するようになった。中国市場の潜在力に惹かれて、多くの海外メーカーは、中国メーカーとの合弁事業を展開してきた。1984年にAMC(後にダイムラー・クライスラー)と北京汽車の合弁である「北京吉普(ジープ)」が設立され、翌年にジープの生産を始めた。続いて、1985年に上海汽車(上汽)とドイツのフォルクスワーゲン(VW)の合弁である「上海大衆汽車」(上海VW)が設立された。同社が生産したサンタナという車種は、公用車とタクシーを中心に、長期にわたって中国市場でトップシェアを維持していた。その後、米国のゼネラルモーターズ(GM)や、日本の日産、ホンダ、トヨタなど、世界の主要メーカーが相次いで国内メーカーとの合弁という形で、中国に進出してきた。特に、2001年の中国のWTO加盟を契機に、国内自動車市場の開放がさらに進み、海外メーカーの参入と投資がいっそう拡大した。

現在、中国の自動車産業は、国内メーカーと海外メーカーが互いに複数の相手と組むことを含む「合従連衡」という展開になっている。内外のメーカーの主な提携は次の通りである。

  • 米国のゼネラルモーターズ(GM):上海GM、金杯GM、上海GM五菱
  • 米国のフォードグループ:長安フォードマツダ、江鈴汽車、海南マツダ
  • ドイツのフォルクスワーゲン(VW):一汽VW、上海VW
  • 日本のトヨタ:天津一汽トヨタ、広州トヨタ

その他、日本の日産(東風日産)、スズキ(重慶長安鈴木、昌河鈴木)、いすゞ(慶鈴)、ドイツのBMW(華晨BMW)、韓国の現代(北京現代)などの中国メーカーとの合弁会社が、多く設立されている。

近年、一部の国内メーカーが成長してきているが、2008年の中国の乗用車(SUV、MPV、クロスオーバー型を除く、以下同)市場において、独自ブランドのシェア(台数ベース)は25.9%しかなく、外資系ブランドが全体の約4分の3を占めている。そのうち、日系は30.8%、ドイツ系は20.3%、米国は12.2%という順になっている。また、外資は高級車をほぼ独占し、国内メーカーのシェアは小型車に限られていることを合わせて考えれば、金額ベースでは、外資系のシェアはさらに高いことになる。

一方、国内メーカーの中で健闘しているのは、従来の大型国有企業ではなく、歴史の浅い新興企業である。その中の代表格は奇瑞(チェリー)、吉利(ジリー)、そしてBYDである。この3社は、低価格を武器に小型乗用車を中心に市場シェアを伸ばしており、小型車を対象とする税金の優遇策が追い風となり、乗用車販売台数ではトップテン入りを果たしている(表2)。

表2 乗用車(注)販売上位10社の販売台数とシェア(2009年1-4月)
表2 乗用車販売上位10社の販売台数とシェア(2009年1-4月)
(注)SUV、MPV、クロスオーバー型を除く。*は独自ブランドで販売している国内メーカー。
(出所)中国汽車工業協会より作成

内外のメーカーが競い合うようになった結果、自動車価格が低下してきただけでなく、モデルも多様化し、消費者にとっての選択肢が大幅に増えた。また、中国の自動車産業の地理的勢力図も急速に変わってきた。特に、ホンダ、日産、トヨタの相次ぐ進出により、広州市を中心に広東省は急速に自動車産業の集積地へと発展してきた。広東省の自動車生産台数は、2001年の全国第14位に当たる5.7万台(うち乗用車が5.2万台)から、2008年には88.2万台(うち乗用車が88.0万台)に達し、国内で最大の規模となってきた(表3)。2004年に策定された「広東省自動車工業2005~2010年発展計画」では、2010年の同省の生産能力の目標が160万台、そのうち、乗用車が140万台(全国のマーケットシェアの15%以上)、輸出が生産の10%以上としている。さらに、2020年には生産規模が300万台(うち乗用車が250万台)とし、これが実現されれば、広州はデトロイトと豊田市に並ぶ世界有数の自動車の生産基地になる。

表3 中国における自動車の主要生産地の生産台数(2008年)
表3 中国における自動車の主要生産地の生産台数(2008年)
(注)SUV、MPV、クロスオーバー型を除く。
(出所)各省・市の2008年国民経済および社会発展統計公報より作成

更なる発展に向けての課題

このように中国の自動車産業は一見順調に発展しているようだが、課題も多い。

まず、中国の自動車メーカーは依然として独自の研究開発能力を持っていない。自動車、とりわけ乗用車の新製品の開発と販売などの重要な工程は殆ど海外メーカーに支配され、中国の自動車メーカーは外資系企業に従属する状態にある。中国の自動車産業が発展するためには、韓国モデルとも言うべき自主開発型を採用するか、それともブラジルモデルとも言うべき外資主導型を採用するかという議論が中国国内で大いに展開されている。しかし、実際には、外資に市場だけを取られ、技術の移転が進んでおらず、中国の自動車産業はすでにブラジルモデルへと収斂されているように思われる。

また、個々のメーカーの規模がまだ小さすぎる。自動車産業の発展の歴史を見ると、メーカー数は減少し、最終的には少数の企業に集約するという傾向がある。しかし、現在、中国の自動車メーカーは100以上もあり、ほとんどの省で自動車が生産されている。それ故、規模の経済性が十分発揮できていない。

その結果、中国の自動車産業の国際競争力は依然として弱い。これを反映して、近年、輸出が伸びはじめているとはいえ、生産全体に占める割合はまだ低く、輸出先もロシアをはじめとする発展途上国や新興国に限られている。先進国市場への参入には、品質が厳しく問われる上、排ガス規制や安全基準をクリアしなければならず、販売網とアフターサービス体制の整備も欠かせない。

自動車強国への戦略

このような課題を乗り越えるために、中国政府は2009~11年を対象とする「自動車産業調整振興計画」を策定し、2009年1月14日に国務院常務会議で原則的に採択し、その「細則」を3月に発表した。同計画では、研究開発能力の向上、独自ブランドの確立、業界再編をはじめとする目標が掲げられている。

  1. 自動車の生産と販売の安定的な成長を保ち、2009年の自動車生産・販売能力を1000万台超、3年間の平均伸び率を10%とする。
  2. 自動車市場の発展を促進するために、自動車消費に関連する政策、法律、税制、サービス体制、先進的交通管理システム、電気自動車を普及させるためのインフラなどを整備し、自動車を巡る市場環境をさらに改善する。
  3. 排気量1500cc以下の乗用車が乗用車市場全体に占める割合を40%以上に引き上げ(内、排気量1000cc以下の乗用車の市場シェアは15%以上)、大型トラックがトラック市場全体の25%以上に達するように、市場需要構造を最適化する。
  4. 合併・再編を推進し、年産200万台超の規模の自動車メーカーを2~3社育成する。現在は14社で市場の9割以上のシェアを持つが、これを10社以内とする。
  5. 独自ブランド製品のシェアを拡大。独自ブランド乗用車の国内シェアを3割超とする。また、独自ブランド自動車の輸出比率を10%前後に引き上げる。
  6. 電気自動車産業の成熟化。新エネルギー自動車の生産能力を50万台まで、新エネルギー自動車の販売量を乗用車市場全体の5%まで引き上げる。
  7. 完成車の研究開発水準を向上させる。安全性と環境保全のレベルを国際的水準に引き上げる。
  8. コアとなる自動車部品を独自に開発する。

その実現に向けて、次の政策が実施されることになる。

まず、自動車市場を育てるための措置として、2009年1月20日から12月31日まで、排気量1600cc以下の乗用車に対する車両取得税は従来の10%から5%に引き下げられる。また、2009年3月1日から12月31日まで、オート三輪や低速トラックを廃車し軽トラックに買い替えるか、排気量1300cc以下の乗用車を購入する農民に対して、補助金を出す。

第二に、自動車業界の再編を推進する措置として、大企業やグループの合併や再編を支援し、自動車部品を生産する主要企業が合併や再編を通じて規模を拡大することを支援する。具体的に、全国的再編の中心的企業集団として第一汽車、東風汽車、上海汽車、長安汽車が、地域的再編の核として北京汽車、広州汽車、奇瑞汽車、重慶汽車が選ばれた。

第三に、企業の自主革新と技術改造を支援する措置として、中央財政は今後3年で100億元の特別資金を準備し、企業による技術革新・技術改造や、新エネルギー車とその部品の開発を支援する。

第四に新エネルギー自動車戦略を実施するための措置として、電気自動車とその関連部品の産業化を推進する。中央財政は補助金を計上し、省エネ車や新エネルギー車の大中型都市での普及を進める。

その他、自動車メーカーの独自ブランドの確立を支援し、自動車と自動車部品の輸出拠点の建設を進め、流通、アフターサービス、自動車ローン、レンタカー、中古車市場、自動車保険など、近代的な自動車サービス業を発展させる。

このような政策が着実に実行されれば、中国は単なる世界一の自動車生産・販売大国ではなく、本当の意味での自動車強国になる日がやがて来るであろう。

2009年6月1日掲載

2009年6月1日掲載