中国経済新論:世界の中の中国

再燃する人民元をめぐる米中摩擦

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

一、発端となった米国の新旧財務長官の中国批判

2005年7月に中国が実質上のドルペッグから管理変動制に移行してから、米中間の人民元を巡る摩擦は一旦沈静化したが、オバマ政権の誕生と米国における金融危機の深刻化を受けて、再燃の兆しを見せ始めている。その発端は、米国の高官による相次ぐ対中批判であった。

まず、2009年1月1日付の英紙「フィナンシャル・タイムズ」のインタビューにおいて、まもなく任期を終えるポールソン・米財務長官が、今回の国際金融危機の原因の一つは、中国など新興国の高い貯蓄率が世界経済の不均衡を呼び、米国にあふれた資金が米国の投資者に高いリスクの資産を買わせることにつながったことにあるとの見方を示した。これより1週間ほど前、米紙「ニューヨーク・タイムズ」(2008年12月26日付)には、「米国のバブルをふくらませた中国の貯蓄」と題した記事が発表された。この記事によると、バーナンキ・米連邦準備制度理事会(FRB)議長はプリンストン大学の教授だった頃、「米国の債務問題は米国人の消費過剰のためではなく、外国人の貯蓄過剰のためだ」と主張していた。そして、この「外国人」の代表格は中国人だという。

また、オバマ米大統領が財務長官に指名したガイトナー・ニューヨーク連邦準備銀行総裁は2009年1月22日、人事を承認する上院財政委員会の質問への書簡での回答で、「大統領は中国が自国通貨を操作していると信じている」と述べた上、「オバマ大統領は中国の為替慣行を変えるため、あらゆる外交手段を積極的に活用することを約束した」と表明した。

その後、ポールソン氏は「『フィナンシャル・タイムズ』のインタビュー記事は、私の話が誤解されたものである」という主旨の声明を発表し、ガイトナー氏も、「米政権として中国が為替操作国かどうかの最終判断を下していない」と火消しに躍起になったが、中国側の怒りは収まらない。

二、温家宝総理による反論

米国による中国へのこの一連の批判に対して、中国側は官民を挙げて反論しているが、その主旨は、温家宝総理の「フィナンシャル・タイムズ」の単独インタビュー(2009年2月1日付)における関連発言によって要約される。

まず、温家宝総理は、「中国が人民元レートを操作していると言うのは、全く根拠のないことである」と一蹴した。具体的に、中国は2005年下半期に人民元レート形成メカニズムの改革を開始し、3年余りで人民元レートは対ドルで21%、対ユーロで12%上昇した。中国が実行しているのは、市場の需給を基礎としながら、通貨バスケットを参照し、管理された変動相場制である。このような制度は、中国の現実・国情・ニーズに見合ったものである。また、人民元の合理的な均衡水準での基本的な安定を維持することは、中国にとって有利であるのみならず、世界が金融危機を克服することにとっても有利である。多くの人は意識していないが、もし人民元レートが乱高下すれば、世界経済にとっても災難となるだろうという。

また、温家宝総理は、今回の金融危機の原因の一つが、増え続ける中国の外貨準備に象徴される世界経済の不均衡にあるという観点についても、誤りだと指摘している。具体的に、今回の金融危機の引き金は、ある経済体自身が、主として長期の双子の赤字と借金に頼って高消費を維持するという、深刻な不均衡に陥ったことにある。一部の金融機関に対しては、長期に有効な監督管理を行わなかったため、彼らは高いレバレッジをかけて投資し、巨額な利潤を獲得したが、いったんバブルが崩壊すると、世界はその災難にさらされることになった。借金に頼って過度な消費をしている者が、彼に金を貸している人を逆になじるというのは、是非を顛倒しているのではないか、という。名指しこそ避けたが、「ある経済体」や「借金に頼って過度な消費をしている者」は、明らかに「米国」のことを指している。

さらに、その後、今年の3月に開催された全国人民代表大会終了後の記者会見において、温家宝総理は、「米国債に対する懸念があるのでは」という「ウォールストリート・ジャーナル」の記者の質問に対し、「我々は巨額の資金を米国に貸したのだから、我々の資金が安全かどうか気になるのは当然だ。本音を明かすと、確かに少し懸念がある。だから、あなたを通して、米国に信頼を保持し、約束を守り、中国の資金の安全を確保するよう重ねて言明しておきたい。」と答え、中国こそ被害者であることをアピールした。

三、妥協点となる人民元の対ドル安定維持

温家宝総理が、このように中国の立場を海外向けに丁寧に説明するのは、単に中国にかけられた「冤罪」を晴らしたいだけでなく、米国発の人民元切り上げ圧力を抑え、中国製品をターゲットとする保護主義の動きを牽制するという意図もある。

しかし、このような反論は理屈上正しいものであっても、中国が為替政策を策定する際に、米国の意向を完全に無視するわけにはいかない。なぜなら、米国の財務省は毎年2回ずつ、「為替報告書」を発表し、貿易相手国の為替政策を評価しているが、この報告書において中国が「為替操作国」として指名された場合、米財務省は中国に対して報復を含めた何らかの対応策を講じることになっているからである。

米国は人民元の更なる切り上げを望んでいるが、それが無理であるなら、せめて人民元の切り下げを阻止したいと考えている。一方、中国では、景気が減速し、輸出が伸び悩む中で、当局は人民元を切り下げて輸出を増やそうという誘惑にさらされているが、無理であるなら、せめて切り上げを回避したいと考えている。このように、人民元の対ドル安定(切り上げも切り下げもしないこと)は、双方にとって、受け入れられる妥協点であると見られる。1997-98年のアジア金融危機の時と同じように、今回も、世界的金融危機が落ちつくまで、中国は人民元の安定維持に努めると見られ、人民元は、現在の1ドルに対して6.8から6.9元の間というレートから大きく乖離することはないだろう。このような期待を反映して、昨年の春に10%を超えた人民元の先物レート(NDF、一年物)の現物レートに対するプレミアムは、ほぼ解消されるようになった(図)。

図 人民元の対ドルレート
-現物Vs.先物(NDF)-

図 人民元の対ドルレート
(注)人民元の現物レートは介入など中国当局の政策の影響を直接受けるが、海外で取引されている先物(NDF)レートはより市場の需給関係を反映している。
(出所)Bloomberg、中国国家外匯管理局より作成

周小川・中国人民銀行総裁も、今後の為替政策について、「現在の人民元レートは、合理的で均衡の取れた水準で基本的に安定性を保っており、大きく変動させるべきではない。現在、政策を考える際に重要な要素は国際金融危機である。特殊な時期には政策も一般の状況下と違ったものになる。今後も、人民銀行は市場の需給をベースに、通貨バスケットを参考しながら、管理された変動制を改善すると同時に、主体性、制御可能性、漸進性といった原則に沿って、人民元レートを合理的で均衡の取れた水準で基本的に安定させることに努める。」と述べている(『金融時報』、2009年2月6日付)。

オバマ政権になってからの最初の「為替報告書」が4月に発表される予定である。米国は中国のスタンスを容認する形で、中国を「為替操作国」として指名することを控えるものと予想される。

2009年4月3日掲載

2009年4月3日掲載