中国経済新論:中国の経済改革

バランスの取れた経済発展を目指す第11次五ヵ年規画
― 一部の目標は達成困難か ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

三月に北京で開催された第10期全国人民代表大会第4回会議において、「国民の経済・社会の発展に関する第11次五ヵ年規画要綱」が審議され、可決された。その内容は、中国が直面しているすべての経済問題を網羅しているが、これまでの改革開放とそれに伴う高成長によってもたらされた歪みを如何に是正し、よりバランスの取れた発展、ひいては「調和の取れた社会」を実現するかが焦点となっている。第11次五ヵ年規画に含まれている「マクロ経済の安定した運営」、「成長モデル転換の推進」、「都市と農村および地域間の調和の取れた発展」、「改革開放の深化」、「法治と精神文明の構築」といった方針は、すでに2005年10月に行われた中国共産党第16期中央委員会第5回全体会議(五中全会)で明らかにされたが、今回はより具体的内容とともに、22項目に上る主要な数値目標が提示されている。

そのうち、経済成長関連は2つにとどまり、経済構造関連が4つ、人口・資源・環境関連が8つ、公共サービスと国民生活関連が8つに上っている。こうしたことからも、経済の量的拡大よりもその質の向上を目指すという政府の意志が見て取れる。しかし、これまでの実績から判断して、一部に実現困難と見られる目標も含まれている。また、従来の「計画」から「規画」に改めたことに合わせて、数値目標のうち、必ず実現しなければならない「拘束性の目標」は8つにとどまり、その他は市場を通じて達成が図られる「所期性の目標」となっている(表)。

表 第11次五ヵ年規画の主要目標
表 第11次五ヵ年規画の主要目標
(注)GDP、都市部と農村部の1人当たり所得は2005年価格。主要汚染物質は二酸化硫黄(SO2)及び化学的酸素要求量(COD)。
(出所)「国民の経済・社会の発展に関する第11次五ヵ年規画要綱」、2006年3月。

マクロ経済の安定した運営

「要綱」に示されるように、第11次五ヵ年規画では、年平均7.5%の実質経済成長を目指す一方、物価の安定を維持し、対外収支を均衡させることを、マクロ経済運営の目標としている。今回の成長率の目標は前回の第10次五ヵ年計画(2001-2005年)の7.0%を上回っているが、その実績(9.5%)と比べて控えめな数字となっている。一方、生産能力の過剰が恒常化している中で低インフレが引き続き維持されると見込まれるが、巨額に上る対外収支黒字をなくすまでには至らないであろう。昨年、中国の貿易収支黒字(通関ベース)は1019億ドル(GDP比4.6%)、国際収支を示す外貨準備の増分は2089億ドル(GDP比9.5%)に達している。対外収支を均衡させるためには、内需の拡大と人民元の一段の上昇を通じて輸入を増やし、輸出を抑えなければならない。しかし、今回発表された「要綱」を見る限り、このような思い切った政策は用意されていない。

成長モデル転換の推進

高成長を持続させるためには、中国はこれまでの投入量の拡大による「粗放型」成長から、生産性の上昇による「集約型」成長に転換しなければならない。そのために、「要綱」では、産業構造の高度化、自主開発能力の向上、資源の利用効率の向上と持続可能な発展の強化を組み合わせた戦略が提示されている。

1)産業構造の高度化

第11次五ヵ年規画では、ハイテク産業、プラント製造業、エネルギー資源や素材産業といった工業の発展に加え、情報、金融、保険、物流、観光及びコミュニティー・サービスをはじめ、サービス産業の発展が強調されている。具体的には、サービス産業のGDPに占める割合を3ポイント、全就業者数に占める割合を4ポイント引き上げることが目標として挙げられている。

2)自主開発能力の向上

自主開発能力を向上させるために、科学技術・教育の発展と人材開発を速めなければならない。その一環として、「要綱」では、研究開発費のGDP比率を2005年の1.3%から2%に引き上げることが目標とされている。これによって自前の知的所有権と著名ブランドを擁し、強い国際競争力を持つ中国企業の輩出が期待される。

3)資源の利用効率の向上と持続可能な発展の強化

政府の「人間と自然との調和」を重んじる姿勢を反映して、「要綱」で挙げられている8つの拘束性の指標のうち、人口・資源・環境が6つを占めている。まず、総人口を13億6千万人に抑える。また、資源の利用効率の大幅な改善を目指すべく、(1)単位GDP当たりのエネルギー投入量を約20%、(2)単位工業生産当たりの水使用量を30%引き下げ、(3)農業灌漑用水の利用効率係数を0.5に引き上げ、(4)工業固形廃棄物の総合利用率を60%に引き上げる。一方、環境保全のために、(1)耕地保有面積1億2千万ヘクタールを維持し、(2)主要汚染物質の総排出量を10%削減し、(3)森林被覆率を20%に増やすことが拘束性の目標になっている。しかし、第10次五ヵ年計画期において、資源節約と環境関連の目標はほとんど達成できなかったことから、今回の見通しも必ずしも楽観視できない。

都市と農村および地域間の調和の取れた発展

1)三農問題の解決

都市部に多くの雇用機会を創出し、農村部の余剰労働力を吸収していくことは、三農(農業、農村、農民)問題の解決、ひいては社会の安定を維持するためのカギとなる。そのために、第11次五ヵ年規画では、農民と都市住民を厳格に区別する現在の戸籍制度を改め、農民への差別をなくすという方針が明記されている。また、「生産の発展、生活のゆとり、文化的な気風、農村の環境整備、民主的な管理」を主な内容とする「社会主義新農村」を建設するために、(1)財政の建設資金の農村への傾斜、(2)郷鎮機構、農村における義務教育、県郷財政体制の改革など、農村総合改革の全面的推進、(3)農地の転用の抑制など土地管理の強化、(4)出稼ぎ農民の権利保護などの環境改善という方針が盛り込まれている。

このような政策の実施により、(1)都市化率を2005年の43%から47%に上昇し、(2)都市部の新規雇用と農村から都市部への労働力の移転がそれぞれ4500万人に達し、(3)都市部の登録失業率が5%に抑えられ、(4)都市住民の1人当たり可処分所得と農村住民の1人当たり純収入は、それぞれ年率5%増えると予測されている。その中で、(4)に関しては、前回の五ヵ年計画の目標と同じだが、前回の実績では都市住民の1人当たり可処分所得は年率9.6%増えたのに対して、農村住民の1人当たり純所得は同5.3%しか伸びなかった。これを反映して、両者の間の格差は一段と拡大し、2005年には3.2倍に達している(図)。第11次五ヵ年規画では、格差がそれ以上拡大しないと予測しているが、そうした可能性は小さいと言わざるを得ない。そもそも、消費を中心とする内需拡大によって7.5%というGDP成長率を遂げるためには、5%以上の所得上昇率が必要であろう。

2)地域間のバランスの取れた発展

第11次五ヵ年規画は、「西部開発」、「東北振興」、「中部勃興」といった重点地域の発展とともに、協調・連動した市場メカニズム、協力メカニズム、相互扶助メカニズム及び相互支援メカニズムを健全化することを目指している。またそれぞれの地域の資源、環境受容能力、成長潜在力に基づき、最適化開発区、重点開発区、開発規制区及び開発禁止区という四種類の主体的機能区に分け、これらの区域に対し異なった政策をそれぞれ実行することになっている。これと同時に、積極的かつ着実に都市化を推し進め、都市圏が牽引・波及の役割を果たすことを強調している。

図 拡大する都市部と農村部の所得格差
図 拡大する都市部と農村部の所得格差
(注)都市は1人当たり可処分所得、農村は1人当たり純所得
(出所)『中国統計年鑑』、「国民の経済・社会の発展に関する第11次五ヵ年規画要綱」

改革開放の深化

経済体制の改革に関して、「要綱」では、「行政管理、国有企業、財政・税収、金融、科学技術、教育、文化、医療・衛生などの分野の改革と制度整備において大きく前進すること」が目標として掲げられている。中でも、基本的公共サービスを強化すべく、「国民の平均就学年数を9年に引き上げ」、「都市部の基本養老保険(年金に相当)の加入者数を2億2300万人に増やし、「新型農村合作医療制度」(農村向けの健康保険に相当)の加入率を80%以上に高める」といった数値目標が盛り込まれている。

その上、利益共有型の開放戦略を実施し、対外開放の基本国策を堅持する。より大きな範囲、より広い分野、より高いレベルで国際的な経済・技術協力と競争に参加し、より良い形で国内の発展と改革を促進し、国家経済の安全を適切に保護する。また、貿易成長のパターンを転換し、量の増加から質(付加価値)の向上へ転換を促し、2010年までに財貿易の輸出入総額を2.3兆ドルにする(2005年実績は1.42兆ドル)。外資利用の質を高め、外資利用を通じて重点的に海外の先進技術、管理ノウハウ、プロフェッショナルの人材の導入を図る。その一方で、条件の整っている企業の海外投資を奨励する。

法治と精神文明の構築

市場経済が健全に運営されるためには、立法機関や行政機関によって制定される適切な法律、法規、規則などが確実に執行されていることが前提となる。違法行為に対して重い懲罰を課するという法治による「他律」に加え、自分の利益を求めるときに他人に損害を与えないという道徳による「自律」も求められている。残念ながら、信用の欠如や官僚の腐敗に象徴されるように、現在の中国では、いずれのメカニズムも十分に働いていないようである。「市場秩序」の乱れは、中国の投資環境を悪化させるだけでなく、国内市場の拡大、ひいては経済成長を制約する原因になりかねない。

これに対して、第11次五ヵ年規画では、「法制の整備を全面的に推進し、中国の特色のある社会主義法律システムを形成させ、思想モラル面の建設をさらに強化する」ことを目標として掲げている。「権力の資本化」は貧富格差の拡大と国民の間の不公平感の高まりに拍車をかけているだけに、法治と精神文明の構築は、市場秩序を確立するためだけではなく、中国が目指す「調和の取れた社会」を実現するための前提条件でもある。

2006年3月27日掲載

2006年3月27日掲載