中国経済新論:世界の中の中国

高まる人民元の切り上げ圧力で露呈したドルペッグの限界

何帆
中国社会科学院世界経済・政治研究所

1971年、河南省生まれ。1993年海南大学経済学院を卒業。1996年、2000年に中国社会科学院大学院より国際経済学修士と博士学位を取得。1998年から2000年までの間、ハーバード大学経済学部に客座研究員として留学。現在、中国社会科学院世界経済・政治研究所において、当研究所が発行している専門誌「世界経済」の編集を務める。国際金融、国際政治経済学及び制度変遷理論などの領域において、研究活動を展開している。

張斌
中国社会科学院世界経済・政治研究所

中国社会科学院世界経済・政治研究所国際金融研究センター研究員。2003年に中国社会科学院大学院より経済学博士取得。主な研究分野はマクロ経済、国際金融理論など。

人民元は切り上げ圧力に晒されている。ドルの主要通貨に対する下落は主要な外部圧力であるが、人民元の実質均衡為替レートの中長期的な上昇傾向は人民元の名目為替レートの上昇に対する内部からの圧力である。現に、ドルペッグを維持するためのコストは高まっており、人民元の切り上げは自然の流れであろう。

一、外部圧力の形成原因

1995年から2002年にかけて、アメリカはドル高政策を維持してきた。この間、ドルは貿易量でウェイトをかけた名目実効為替レートが27%上昇したが、価格要素の影響を取り除いた実質実効為替レートの上昇は34%である。ドル高政策は同時期のアメリカ経済を発展させた反面、アメリカ経済に大きなマイナスの影響をもたらした。アメリカ国際経済研究所のBergsten氏によれば、1%のドル高によって100億ドルの経常赤字がもたらされ、持続的なドル高は毎年5,000億ドルを超える経常赤字(アメリカの年間GDPの5%に相当する)をつくりだした(参考文献(1))。過去の5年間において、経常赤字の対GDP比が1%ほど上昇したのは4度におよぶ。経常赤字の累積によって、アメリカの対外純資産は3兆ドルのマイナスに達し、しかもその額は毎年20%という速度で増え続けている。経常赤字と資本輸出のファイナンスのために、アメリカは毎年1兆ドルの資金を海外から調達しなければならない。

巨額の貿易赤字という圧力のもとで、ブッシュ政権はこれまでのドル高政策を事実上放棄した。2002年以降はドル安が進行している。2003年6月まで、貿易量でウェイトをかけたドルの実効レートは10‐20%安くなった。しかし、これではまだ経常赤字が維持可能な水準までに調整するには不十分である。ドルの実効レートがさらに10‐20%安くなる必要があるとアメリカ国際経済研究所では考えている。しかし、どのようにドル安に拍車をかけるのだろうか。

アメリカ連邦準備理事会が使用しているドルの実効レートによれば、ドルの貨幣価値に大きな影響を与えるアメリカの貿易相手国の通貨は、カナダドル、ユーロ、日本円、メキシコペソ、人民元の順となっている。カナダはアメリカと密接な関係にあり、メキシコもアメリカの隣国であり、なおかつラテンアメリカの金融情勢を安定させている重要な国であり、アメリカとの関係は元々深い。そのため、為替レートに関するこれからの動向はドル、ユーロ、日本円と人民元に集中的に現れてくる。2002年から2003年初頭にかけてのドル安の過程においては対ユーロの下落幅が大きかったが、対日本円での下落幅は小さかった。もしかすると、ユーロに対するドルの交換水準はユーロを過大評価していたのかもしれない。さらに、EUにおける貿易保護主義圧力と双方の政治関係から考えると、ドルの対ユーロレートの持続的な下落はほぼ不可能であろう。一方、ドル安になる過程において、日本の通貨当局は一貫して円高を阻止してきた。最近でも日本政府は330億ドルを用いて為替市場に介入し、それによって円高傾向に対する抵抗を行ってきた。日本政府による介入は少なくとも円高を4%程度抑えたと考えられる。アメリカ政府は何度も日本政府に圧力を加え、為替市場への介入に対して反対している。しかし、日本経済がすでに厳しい状況に陥っている中で、輸出部門は唯一の競争力のある部門である。そのため、日本は円高が輸出に不利な影響をもたらすことを心配している。

近年、中国の経済成長はとても順調であり、輸出も急激に増加している。外国資本は続々と流れ込んで、外貨準備高は史上最高水準を更新し続けている。これを背景に、アメリカと日本の両方で、人民元の切り上げに関する議論が現れた。日本は「中国が海外にデフレを輸出している」と公言し、アメリカは中国にもっと柔軟な為替制度を実行するように呼びかけている。それらの狙いは、世界経済の調整における多大なコストを中国に引き受けてもらうことである。アメリカ経済は力強く回復する気配がないため、ドル高政策は再考される必要がある。しかし、アメリカはドル安による代価を単独で引き受けたくないと考えている。それゆえ、主要貿易相手国に通貨の切り上げを求めるしかない。ユーロの切り上げはすでに一段落し、今は円と人民元が次の切り上げの対象とされている。製造業が中国の競争力の向上というプレッシャーにさらされる中で、日本政府は一方的に円を切り上げると、すでに競争が白熱化した輸出産業にさらに大きな打撃を与えると憂慮している。しかし、日本の通貨当局が為替市場に引き続き介入し円高を阻止することは、アメリカからの強い反対を招くだろう。そこで、アメリカと日本は矛先を人民元に向けたのである。

ところが、人民元は現在の世界経済の問題を解決するカギではない。まず、中国の対外貿易は急速に拡大しているにもかかわらず、依然として世界貿易総額の5%しか占めていない。しかもそのうち、外資企業の輸出が中国全体の輸出増のうち75%を占めている。すなわち、国際市場における中国からの輸出増加分は、主に多国籍企業が生産基地を中国に移転し、外資企業による輸出拡大がなされたことの反映である。次に、為替レートの調整は貿易の状況を変える重要な要素ではない。日本の経験から見れば、70、80年代における円のドルに対する持続的な上昇も、アメリカの貿易赤字を改善することができなかった。1970年から1994年にかけてドルは円に対して60%以上安くなった。しかし、同期間におけるアメリカの貿易赤字は、1980年の225億ドルから1994年の1,640億ドルへと拡大した。年平均では約14%のペースで増え続けた。アメリカの経常赤字という問題は構造上の問題であり、アメリカや世界(特にアジア)における貯蓄と投資の間の不均衡という問題を反映している。それゆえ、経常赤字問題を解決するためには、為替レートの調整に頼ることはできず、貯蓄と投資の不均衡を調整せざるを得ない。中国は輸出によって増やしてきた外貨収入の多くを米国債に投資しているため、アメリカの長期金利がかなり低い水準に維持され、不動産の担保ローンの貸付利率も低く抑えられている。もし人民元が切り上げられた場合、中国とアメリカの間における貿易不均衡は改善されるかもしれない。しかし、米国債に対する中国の需要も相対的に下落する可能性がある。そのような事態になった場合、アメリカの長期金利の上昇速度は速くなるかもしれない。それは米国債市場またはアメリカ経済に対しては不利となるだろう。

二、内部圧力の形成原因

外部の世論圧力と政治問題を考慮に入れずに、国内におけるマクロ経済の安定と経済の持続成長などの観点から見れば、為替レートを切り上げるべきかどうかは、名目為替レートが中長期の均衡為替レートからどれだけ乖離しているかによって決まる。もし名目為替レートが均衡為替レートの中長期的な傾向から離れているようであれば、名目為替レートに関する調整が必要である。調整が行われない場合、いわゆる為替レートのミスアラインメント(misalignment)が現れる。為替レートのミスアラインメントは、国内経済の資源配分の効率性が低いことを意味するだけでなく、同時に短期的なマクロ経済コントロールにも問題を招き、長期的な経済成長と短期的なマクロ経済の安定にもマイナスの影響をもたらす。

中長期における人民元の均衡為替レートの傾向を確認するために、我々は中長期における実質均衡為替レートと安定な関係を保つ一連の経済のファンダメンタルズを用いて、均衡為替レートを推計した。相対的購買力平価を用いて均衡為替レートを測定する方法と比べると、この方法は中長期における均衡為替レートの変動を認めており、理論的にも優れている。

我々は均衡為替レートモデルから、為替政策に対して参考になる3つの結論を得た。第一は、1994年から2001年までの期間において、均衡為替レートは全体として20.6%、年平均で2.6%上昇したことである。モデルは中長期において、均衡為替レートが安定的かつ持続的な上昇傾向に直面していることを示している。第二の結論は、2002年以降、ドル安が進むにつれ、人民元の実質実効為替レートも大幅に下落したことである。これは人民元の実質均衡為替レートの傾向と正反対であり、人民元が均衡為替レートから大幅に乖離していることを示している。2003年上半期において、人民元が少なくとも6.5-10%過小評価されたと我々は推測している。第三の結論はモデルの中で、均衡為替レートの上昇する主な原因が、(1)国内の制度改革による広義的、相対的な生産性の向上、(2)対外開放政策、特に外資の導入政策による広義の生産性が相対的に向上したことにあるという点である。

モデルから得られた基本的な結論をみると、人民元の実質均衡為替レートは生産性の向上を反映して、1994年以降持続的な上昇傾向を保っている。しかし、均衡為替レートが上昇しているこの局面において、人民元の名目為替レートは影響を受けずに固定相場を維持できた。その主な原因は、同じ期間ドルが高値で推移していたことにある。ドルにペッグすることで人民元の名目為替レートが変動しなくとも、ドルの名目実効為替レートの上昇に伴い、人民元の名目実効為替レートもそれにあわせて約20%上昇した。したがって、均衡為替レートの上昇が名目為替レートに与える圧力は大きくなかった。しかし、現在はドル安局面であり、人民元の名目実効為替レートも下落している。このような状況の下で、均衡為替レートの上昇が名目為替レートにもたらした上昇圧力が顕著に現れてきたのである。

三、人民元の過小評価がもたらしかねないマイナスの影響

人民元の上昇圧力が、外圧によって生じた一時的現象であり、しかも中長期の均衡為替レートが現在の名目為替レートと乖離していなければ、人民元の名目為替レートは調整される必要はないだろう。この場合、人民元の切り上げ圧力に対する解決方法とは、外部との協議を強化しながら国内における他の政策手段を通じて人民元の上昇圧力を緩和し、現在の名目為替レートの水準はそのまま維持すべきである。もし、人民元の中長期的な均衡為替レートに上昇傾向が存在するならば、現在のドルペッグ制を調整しなければならない。人民元の名目為替レートの水準が中長期の均衡為替レートの変動傾向にしたがって調整する必要がある。さもなければ、人民元の実質均衡為替レートから逸脱する名目為替レートは為替レートのミスアラインメントを意味する。それは、一連のマイナス影響をもたらすかもしれない。

現在の状況を見れば、アメリカは依然として巨額の経常赤字に直面しており、当分の間ドル高になることは望めない。もしアメリカが経常赤字を持続できる水準に調整したいと考えるならば、ドルはいっそう下がるだろう。中国が今実施しているドルペッグ制の下で、ドル高は、人民元の実質均衡為替レートの上昇圧力を緩和することができる。しかし、もしドルが安定している場合、あるいはドル安になる場合は、人民元の上昇圧力はますます高まっていくだろう。人民元の名目為替レートが直ちに調整されないために、いわゆる為替レートのミスアラインメントが発生すれば、経済的資源配分や長期的な経済成長、国内のマクロ経済の安定、所得分配と産業の発展などに対して、多くのマイナスの影響がもたらされる。

まず、資源配分と長期的な経済成長の視点から見てみる。為替レートの過小評価は輸出部門や輸入代替部門にとっては有利であるが、非貿易部門の成長は損なわれる。実際に、このような事態は二つの産業に対して差別的な政策を採ったことを意味している。為替レートの過小評価は外貨建ての自国製品価格を低下させ、それゆえ輸出の競争力を高める。同時に、自国通貨建ての輸入製品価格を上昇させることで自国住民の輸入商品に対する需要を抑える。1990年代に入ってから、国内需要の増加が比較的鈍ってきたため、企業は続々と国際市場に活路を求めるようになり、輸出は中国の経済成長にとって強い推進力となった。しかし、注意すべきはこれが特定の時期における出来事であったことである。長期的に見た場合、経済成長の源は投資と技術の向上であって、決して貿易の黒字と直接に関係しないのである。今、中国の輸出部門にはすでに利潤率の低下傾向が顕著に現れてきた。外貨を獲得するためのコストも絶えず増加している。このような問題は歪んだ政策が誤った資源配分を招いたために生じた。すなわち、輸出部門に対する極端な奨励策となったため、大量の資本や労働力などが輸出部門に流れ込んだ。資源の総量が一定であるため、国内市場向けの財とサービスの生産は実際に抑えられてしまっている。

次に、国内におけるマクロ経済の安定という視点から見れば、人民元の過小評価は(政府の介入によらない)自発的な国際収支の黒字化をもたらしている。その上、市場において、人民元の切り上げ期待が存在するならば、短期的投機資本の流れ込みが誘発される。2003年に入ってから、中国において大量の資本が非正規ルートを通じて流入し、中国は資本の不正流出国から資本の不正流入国に変わった。これは、投機資本が人民元の上昇を予想した影響であろう。通常項目と直接投資がもたらした自発的な国際収支の黒字であれ、投機資本の流入であれ、マクロ経済の短期的安定を脅かしかねない。外貨資金の流入は為替市場における外貨供給の拡大を意味する。固定為替レートを維持するために、通貨当局が人民元を発行して、この需要を上回る外貨の供給を吸収しなければならない。その結果、マネーサプライが拡大し、インフレ圧力をもたらすのである。

第3に、所得分配の視点から見れば、人民元の過小評価は貿易財のメーカー、特に、海外から直接投資を行っている外資系のメーカーに有利である。その反面、非貿易財のメーカーに不利である。為替レートが過小評価されている状況の中、貿易財の非貿易財に対する相対価格は上昇することになる。貿易財メーカーにとって、それは自社製品の販売価格の上昇が使用する非貿易財である中間財の価格(上昇)を上回ることを意味する。しかし、もし為替レートの調整が行われるならば、非貿易財メーカーは自国通貨の上昇から利益を得る。それは自社製品の国内の相対価格が上昇するためである。また、人民元の過小評価は輸入業者のコストを増加させる。さらに自国において対外債務を抱える経済主体は元本と利息を返済するためにより多くの自国通貨を外貨と交換しなければならなくなり、企業の外貨借款を返済する際の負担を重くする。このように、為替レートは対外貿易、その中でも輸出に対して配慮を行う現在の状況では、国内部門は不利を被ることになる。国際貿易にかかわっている業者と国際投資家からなる対外部門は常に為替の変動リスクに直面しなければならない。そのため、彼らは為替レートの安定維持を望み、対内均衡と対外均衡の衝突が現れるとき、彼らは国内経済の安定という目標を犠牲しても良いと考える。それとは対照的に、非貿易財の生産業者と国内のサービス業者は国内の金融政策の自主性に強い関心を持っている。これらの企業は主に国内で業務を展開するため、為替レートの変動による影響は比較的小さい。利益に直接影響するのは国内経済の景気動向である。政府が国内経済の目標をもっと考えてほしいこと、金融政策の自主性を維持することによって国家の国内経済環境に対するコントロール能力を強化すべきということをこれらの利益集団は主張している。国境を越えるような労働力の移動が困難であることを考えれば、多くの労働者が国内部門を支持するという政治的主張が圧倒的だと思われる。実際、非貿易財部門の従業員、例えば農民、第三次産業に就職している都市部の下層労働者は不公平な待遇を受けている。国全体の消費者層は人民元が過小評価されているがゆえに、経済成長がもたらす生活の改善という利益を享受していない。

第4に、産業発展の視点から見れば、持続的に過小評価された為替レートは国内企業の「海外への進出」という戦略を先送りさせることにより、彼らの産業高度化と技術進歩を停滞させてしまう。以前の日本の教訓は今後の戒めとすることができる。1980年代半ばまでの長期にわたる過小評価された為替レートによる産業保護のもとで、日本企業の海外への投資規模は非常に小さかった。1980年代半ば頃から、過小評価された為替レートをもはや維持しがたくなって、円が急激に高くなって、国内企業も一気に海外進出の波に乗った。海外投資には、かなり高度なリスク管理のノウハウが必要である。経営者も複雑な国際資本市場の操作規則に対して深く理解する必要がある。これらは実践から徐々に学ばなければならない。突然現れた自国通貨の切り上げに直面し、日本企業は海外投資に関する経験が乏しい状況の中、盲目的に大量の米国資産を買い付けた。かつて、日本人が米国のロックフェラー・センターとコロンビア映画を買い取ったとき、日本がアメリカをまるごと買い付けてしまうのではないかと心配するアメリカ人もいたほどであった。しかし、その後の事実で証明されたように、1980年代後半における日本による米国資産の大量の買い付けは非常に盲目的で、それによって生じた損失は莫大なものとなった。

四、人民元切り上げのコストと収益

人民元の過小評価は一連のマイナスの影響をもたらすが、為替レートの調整も決してコストがないわけではない。切り上げか切り下げかを選択する際には、我々は人民元切り上げのコストと収益を明確にしなければならない。

現在、人民元相場の上昇に関する議論の中で、民族主義や重商主義の色合を持つ意見を除くと、人民元の切り上げにかかわるコストに関して、学者は以下のような意見を示している。まず第1に、海外からの需要と輸出が減少し、短期的の経済成長目標の実現に影響しかねない。第2に、海外からの直接投資のコストを高め、新規の海外直接投資を取り入れることに不利を与える恐れがある。第3に、構造的調整による短期的な失業問題をもたらす可能性がある。第4に、人民元相場に対する投機を誘発するかもしれない。第5に、為替レートの上昇によって輸入価格を下落させ、投資家の投資意欲にも影響しかねない。それゆえ、国内需要は減少させ、デフレがもたらされる可能性がある。

これらの論点は経済学の原理に沿ったものだが、そのまま中国に当てはめるわけには行かない。中国の実際の状況と結び付けて考えるならば、一部のコストは発生しても、その影響はかなり限られるだろう。

まず第1に、人民元の上昇が輸出に対する影響は顕著ではないかもしれない。ゴールドマン・サックス銀行の胡祖六は人民元の相場が変動することに対する輸出の弾力性はとても小さく、為替レートの調整は輸出にあまり大きな変化をもたらさないと指摘している。これは中国の独特な貿易構造と関係している。現在、原料無償型委託加工貿易、原料輸入型委託加工貿易は中国の輸出の中で55%を占めている。同時に、原料無償型委託加工貿易、原料輸入型委託加工貿易および外資系企業による機械設備の輸入は輸入総額の60%近くを占めている。もしさらに普通の貿易における原材料と資本財の輸入を考慮に入れるならば、この割合は大きな上昇の余地が残っている。原料無償型委託加工貿易は固定的な加工賃金を取るだけで、為替レートの変動とはほとんど関係していない。一方で原料輸入型委託加工貿易の情況は少し複雑である。これらの企業の状態は輸入する中間財と原材料の占める割合に影響されるためである。人民元が上昇すると輸出価格が上昇し、輸出企業に不利を与える。しかし、これらの企業の購買力は高まって、さらに多くの輸入中間財や原材料を買えるようになる。このような双方の効果を測って、為替レートの変動による純効果をさらに考察する必要がある。同時に、中国から輸出する製品の一部は国際市場で高いシェアを占めており、生産コストに関しても競争相手とかなりかけ離れている。それゆえ、中国はこれらの製品の価格決定者(プライスメーカー)であるため、為替レートの上昇は輸出収入を下げていくのではなく、むしろそれを高めていくのである。輸出競争力の長期的な原動力は低価格政策ではなく、構造調整と非価格的競争力の向上である。しかし、中国企業の市場優位性が利潤の優位性に転換していないのは残念なことである。

第2に、1990年代半ば以降、直接投資が流れ込んだ原因も変わってきた。多くの直接投資は欧米先進国の多国籍企業から流れ込み、目的も以前東南アジアの中小企業のように中国を加工基地としてのみ扱っているのではなく、中国の国内市場を狙うようになってきた。為替レートの上昇が直接投資の新規投資コストを高めた、しかし、外資系企業が存在する国の市場でのドル建ての販売収入は増加した。為替レートの切り上げは、中国の労働力、土地などの安いコストを狙う一部の直接の流れ込みを抑えるかもしれないが、同時に、中国市場を狙う直接投資をも促すかもしれない。そのため、為替レートの上昇による直接投資の流入による影響はマイナスとはいえない。

第3に、国連貿易開発会議が2002年に発表した『貿易と発展に関する報告書』の計算によれば、17ヶ国からなる主要国のうち、中国の平均賃金は最も低い。他の16ヶ国の平均賃金は中国のそれの2.5-47.8倍である。たとえ一人当たりの労働生産性を考慮に入れるとしても、17ヶ国の中でも10ヶ国の生産コストは中国のそれよりおしなべて高い。そのため、為替レートが上昇しても、中国の労働力コストは依然として比較優位を持ち、失業への大きな圧力とはなり得ない。たとえ輸出部門の就業に対して一定の影響を与えるとしても、為替レートの過小評価を失業政策とするべきかという疑問がある。為替政策はマクロ経済の安定を維持するための道具であって、就職を促進する政策ツールではない。為替政策を用いて、就職を促進することは、実は全体の価格体系を歪めることによって個別のミクロ的な政策目標を実現することである。これは資源配分に大きな誤りをもたらしてくることに違いはない。

第4に、為替レートが調整される過程の中で、為替レートに対する投機を誘発するかもしれない。しかし、根本的に投機の問題を解決するためには、為替レートの切り上げ期待を徹底的に取り除く必要がある。つまり、名目為替レート水準を実質均衡為替レートと一致するように調整する必要がある。これは市場が名目為替レートに対する信頼を保持していく最も有効な手段である。名目為替レートの調整過程において、投機資本を誘発する主要な原因は、調整そのものの問題ではなく、調整が適切でないことにある。もし、名目為替レートの調整が目標に到達しないならば、つまり市場に為替レートをさらに上昇するという期待が存在する場合に投機資本が発生してくるのだろう。そのため、重要なのは、為替レートの調整時期と方策を選ぶことである。投機を恐れて、為替レートの調整を拒絶することがあってはならない。南米諸国における通貨危機と金融危機の経験から、現実からかけ離れた名目為替レートの下では投機が引き起こされやすいということが明確に示されている。

第5に、為替レートの上昇による輸入価格への影響は、国内の物価水準に対する著しい影響を起こさない。結局、中国の輸入品目の半分近くを占めているのは加工貿易のための原料である。したがって、輸入価格の下落は国内製品の価格の下落につながらない。同時に、中国の輸入品目の中で、エネルギーと原材料などの一次産品が占める割合は増加している。または、技術を投入する割合の高い化学製品、機械と輸送設備などの割合も次第に増加している。ここ数年、大部分の一次産品と資本、技術集約型の製品のドル建て単価は上昇している。1993年から2000年にかけて、中国の輸入価格(総)指数は19%上昇した。内訳を見ると、通常の製品は20%の上昇であり、一次産品は16%の上昇であった。マッキノン・大野(1998)(参考文献(2))は、為替レートの切り上げ期待がデフレ圧力をもたらしてくると指摘している。彼らは、為替レートの予想上昇によって企業側の競争力がさらに低下すると考え、投資意欲がそがれる一方で、消費者側は輸入価格がさらに下落し、消費を先延ばしてしまうと主張している。両者の行動によって、内需は不振になり、物価も下落する。しかし、中国の状況から考えると、為替レートは安定を保っても切り上げ期待は取り除かれていない。むしろ、為替レートが直ちに適正水準に調整されたあとではじめて、投資の予想における不確実性が減らされ、市場から信頼を獲得しやすくなるのである。そのため、為替レートの切り上げ期待と国内物価との関係は為替レートが上昇するコストにはならないと考えられる。

一方、人民元の切り上げによる収益は多く挙げることができる。第1に、為替レートを実質均衡為替レートと同様な水準に調整しておくことは国内経済の資源配分における最も効率的な為替レート価格に到達したことを意味する。貿易財と非貿易財との間に存在する価格の歪みが取り除かれ、それぞれの産業の発展や長期的な資源配分と経済成長に有利である。第2に、為替レートに対する積極的な調整は調整の主導権を通貨当局に渡し、通貨当局に一定の政策の自由度をも与えている。これはマクロ経済の安定化に対して有利に働く。第3に、為替レートの切り上げは人民元の購買力を高め、国民の福利厚生の水準を上げるために有効である。同時に、為替レートの切り上げによる所得分配は農民や都市部の第三次産業に属している下層労働者に利益をもたらす。第4に、為替レートの切り上げは市場に中国の通貨当局が貿易黒字を狙っているのではなく、国際収支の均衡という政策目標を考えていると宣言することになる。このように、国際収支均衡の政策の上に立った為替レートの調整は市場からの支持を獲得するはずである。そして、築き上げた為替レートの水準も堅実なファンダメンタルズによって支えられるはずである。これも通貨危機あるいは金融危機を回避するために最も根本的な対策である。第5に、為替レートに対する積極的な切り上げは貿易黒字を減らし、中国に対する貿易摩擦問題の改善にも役に立つ。第6に、為替レートに対する積極的な切り上げは財政から輸出に対する補助金支出の圧力を減少し、公共部門におけるインフラの整備に多くの資金を回すことができる。

我々の分析では、現在の中国の現実的な情況を考えれば、人民元の切り上げによる収益は明確であるが、切り上げのコストについてもさらに分析しなければならない。しかし、総じて考えれば、切り上げによる利益の方が弊害より大きい。

2004年1月26日掲載

文献
  • Bergsten, C. F., 2003, "The Correction of the Dollar and Foreign Intervention in the Currency Markets" Testimony before the Committee on Small Business United States House of Representatives Washington, DC.
  • ロナルド・マッキノン、大野健一(1998),"ドルと円-日米通商摩擦と為替レートの政治経済学"、日本経済新聞社
出所

『人民幣懸念――人民幣匯率的当前処境和未来変革』(中国青年出版社、2004年)より一部抜粋。
※和訳の掲載にあたり許可を頂いている。

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2004年1月26日掲載