中国経済新論:世界の中の中国

現行の人民元レート制度の再検討

張斌
中国社会科学院世界経済・政治研究所

中国社会科学院世界経済・政治研究所国際金融研究センター研究員。2003年に中国社会科学院大学院より経済学博士取得。主な研究分野はマクロ経済、国際金融理論など。

中国の対外不均衡が拡大している中で、内外から人民元の切り上げや変動為替制への移行を求める声が高まっている。ここでは、中国がこれまで採ってきたドルペッグの欠点と利点を踏まえて、見直しの可能性を検討する。

一、人民元の米ドルペッグ制の欠点

1994年の人民元レートの一本化以降、中国は管理フロート制の為替制度を採用してきた。その後、人民元の対ドルレートは1994~96年の間に8.45元から8.3元に上昇したが、1997年以降、8.28元で推移しており、学界では一般的に人民元は事実上の対ドルペッグ制になっていると考える。現在、この制度は主に次のような欠点がある。

(1)国内経済情勢によって生ずる為替レートの調整の必要性が反映されず、マクロ経済の内部均衡と外部均衡の維持や、国内経済の中長期的な持続可能な健全的な発展にとって不利である。

均衡為替理論によれば、一国の均衡為替レートは潜在的な経済構造と国際経済環境の変化によって決まる。為替レートは、このような要因の変化に伴い調整しなければならない。そうでなければ、為替レートは、効率的な資源配分の価格になることができないだけでなく、長期間にわたる為替レートの歪みはマクロ経済の内部均衡と外部均衡を破り、経済にマイナス影響を与える。1994年に為替レートの一本化を実施して以来、中国の経済構造は大きく変貌し、特に労働生産性は急速に上昇した。Szirmai他(2002)による中国製造業の労働生産性に対する研究によれば、1993~99年の間、中国の製造業の労働生産性上昇率は1980~92年の2倍で、主要先進国に比べて極めて高く、同期間の米国製造業の労働生産性上昇率より1.5ポイント高い。(中国の)労働生産性がこのように急速に上昇しているため、均衡為替レートは、必然的に上昇の圧力がかかる。しかし、現在のような事実上のドルペッグ制の下では、人民元はドルと連動し、ドルが上昇すれば、人民元も上昇し、ドルが下落すれば人民元も下落する(注1)。現在の為替制度では国内の経済構造変化に応じて為替を調整できず、人民元は受身的にドルに追随している。

(2)人民元の名目実効為替レートの安定と対外貿易・投資の安定的な発展に不利である。

ドルペッグは、ドルの名目為替レートにペッグしているだけである。このため、ドルがほかの主要通貨に対し変動した場合、人民元の対ドル名目レートは安定するが、ほかの主要通貨に対しては変動する。これは、ドルの対円・ユーロなど主要通貨の変動を人民元の名目実効為替レートの変動の中に織り込んでいるということである。2002年第4四半期と1994年第1四半期を比較すると、人民元の対ドルレートは非常に安定していたが、ドルは対円・ユーロで上昇していたことを受け、人民元も対円・ユーロで上昇し、人民元の名目実効為替レートが16.6%上昇し、一時的に22.5%まで上昇したこともある。このような人民元の名目実効為替レートにかかる外部からの圧力は、中国にとって日本や欧州など非ドル圏との貿易・投資に不利である。

二、人民元のドルペッグ制の利点

人民元のドルペッグ制は前述のような欠点があるものの、中国がこの制度を選んだのは中国独自の事情がある。ドルペッグ制は次のような利点がある。

(1)中国の貿易企業が海外との貿易・投資の決済に有利で、対外貿易・投資の為替リスクを回避することができる。

国際貿易と投資は主にドル建てで行われている。中国の対外貿易はこの点で特に突出している。人民元の対ドルレートが固定されていることは、貿易と投資にとって最大限の利便性が得られ、取引時の為替リスクを軽減することができる。より柔軟な為替制度、たとえば通貨バスケット制を採用した場合、ドルが円やユーロに対し変動する時、人民元の対ドル名目レートも変動するため、契約の大半がドル建てである輸出入業者にとって、人民元の対ドル名目レートの変動リスクを負わざるを得ない。ドルペッグ制の場合、為替リスクを心配する必要がなく、為替リスクをヘッジするコストも負担しなくて済む。

(2)国内民間部門(金融部門と個人)の保有外貨資産の価値の安定を維持し、資産の為替リスクを最大限に軽減することができる。

現在、国内民間部門(金融部門と個人)が保有している海外資産の多くはドル建てである。より柔軟な為替制度を採用した場合、国内民間部門のドル建て資産は為替リスクにさらされる。たとえば、通貨バスケット制を導入した場合、ドルが対ユーロあるいは対円で変動する時、人民元の対ドル名目レートも変動するため、民間部門の保有するドル資産はドル建ての価値が変わらなくても、人民元建ての価値が変わるため、ドル資産を保有する国内民間部門にとって為替リスクである。

(3)ドルの影響力を借りて、人民元の国際化を推進することができる。

ドルは国際決済通貨の代名詞で、全世界のどこでもほとんど認知されている。ドルペッグ制を通じて、人民元も国際社会から認知されやすくなる。すでに香港、シンガポール、東南アジア、あるいは一部の欧州国家では、人民元は「ハード・カレンシー」になっている。これは人民元がドルとの間で非常に安定したレートを保っていることと関連する。

(4)人民元と東アジア地域(日本を除く)の通貨との相対価値の安定に寄与し、これにより域内の貿易・投資を安定化することができる。

中国と同様に、東アジア地域(日本を除く)の多くの国はドルペッグ制を採用している。アジア金融危機以降、一部の国がペッグ制を放棄した時期もあったが、景気が回復した後、ペッグ制を再導入した。中国と東アジア諸国が同時にペッグ制を採用することは、ドルが一本の鎖のように人民元とこれらの地域の通貨の相対価値を安定化させる。これは域内の貿易と投資に良い影響を与えるだけでなく、隣国同士の通貨切下げ競争を予防する効果がある。

(5)国内の物価を安定化させることができる。

一般的に、途上国がドルペッグ制あるいは、もっと極端なカレンシー・ボード制やドル化政策を採用する主な理由は、ドルをアンカーとして国内物価を安定化させることがある。ドルにペッグすることにより、国内の貿易財の物価水準は次第に国際価格水準に収斂し、国内インフレが抑制され経済が安定化する。現在の中国はこのような問題に直面していないが、国内の物価と経済の安定維持ができる点はドルペッグ制の大きな利点である。

三、ドルペッグ制の持続可能性

実際の人民元レートが長期にわたって均衡レートから乖離した場合、ドルペッグ制も最終的に維持できなくなる。1994~2002年の間、国有企業改革、直接投資の流入、民営企業の台頭など多くの要因が働き、中国の労働生産性は、ほかの国よりも比較的速く上昇していた。この結果、均衡レートの上昇は必然的である。偶然にも、この間、ドルは持続的に上昇していた。1995~2002年の間、ドルの名目実効レートは27.7%上昇した。これに伴い、ドルにペッグしている人民元の名目実効レートも21.8%上昇した。1994~2002年の間に、人民元のドルペッグ制が維持され、人民元が大きな上昇圧力に見舞われなかった背景には、ドル上昇を通じて人民元が上昇したことがある。ドルペッグ制自身には均衡レートに収斂するメカニズムはないものの、ドル上昇という幸運で、人民元の名目実効レートと実質実効レートが上昇し、為替制度も維持することができた。

しかし、幸運はあくまで幸運である。2002年以降、ドルは下落し始め、ドルの上昇に頼った人民元の上昇メカニズムも消えただけでなく、人民元がドルと共に下落している。これは、人民元の均衡レートの動きと逆方向である。ドルが上昇しなければ、現在のドルペッグ制により人民元は均衡レートから乖離し続け、通貨当局が内外からの圧力に直面する。まず、貿易黒字にしても、あるいは為替レートの上昇に対する期待からの投機資金の流入にしても、共に通貨当局の保有する外貨を急速に増加させる。外貨の増加率が通貨当局のマネーサプライの増加率を上回れば、不胎化政策も最終的に対応しきれなくなる。そして、通貨供給を安定化させ、インフレを防止するために、通貨当局は現行の為替レートを放棄せざるを得ない。さらに、貿易赤字国からは中国の人民元政策を猛烈に反対されることになる。中国の労働生産性上昇率が相対的に高い状況下で、為替レートが直ちに調整されなければ、貿易赤字国の赤字が増大するため、赤字国の反発を招く。つまり、今後、米ドルが比較的長い間上昇し続けなければ、現状の水準での人民元のドルペッグは長続きできない。

2004年1月19日掲載

脚注
  • ^ 正確には、ドルと人民元の名目(貿易額による加重をかけた)実効為替レートが連動している。
文献
  • Szirmai Adam, 柏満迎、任若恩「中国製造業労働生産率:1980-1999」、『経済学季刊』2002年第1巻第4期
出所

『人民幣懸念――人民幣匯率的当前処境和未来変革』(中国青年出版社、2004年)より一部抜粋。
※和訳の掲載にあたり許可を頂いている。

2004年1月19日掲載

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