中国経済新論:世界の中の中国

今後の為替政策の選択肢

何帆
中国社会科学院世界経済・政治研究所

1971年、河南省生まれ。1993年海南大学経済学院を卒業。1996年、2000年に中国社会科学院大学院より国際経済学修士と博士学位を取得。1998年から2000年までの間、ハーバード大学経済学部に客座研究員として留学。現在、中国社会科学院世界経済・政治研究所において、当研究所が発行している専門誌「世界経済」の編集を務める。国際金融、国際政治経済学及び制度変遷理論などの領域において、研究活動を展開している。

張斌
中国社会科学院世界経済・政治研究所

中国社会科学院世界経済・政治研究所国際金融研究センター研究員。2003年に中国社会科学院大学院より経済学博士取得。主な研究分野はマクロ経済、国際金融理論など。

中国経済のファンダメンタルズの改善とドル安の進行を反映して、ドルペッグの維持はますます難しくなる。中長期にわたって、人民元の上昇圧力が続くと予想される中で、中国は為替レートの調整だけでなく、為替制度の見直しをも迫られている。当局が直面している選択肢は主に次の四つであるが、いずれも一長一短がある。

一、切り上げ圧力を抑えながら、現在の人民元相場を引き続き維持する

この選択肢の利点は貿易と投資の決済におけるリスクが抑えられることである。その上、ドルペッグ制を採用することによって、国内の物価水準を安定させることもできる。これは多くの発展途上国が固定相場制を選んだ理由であるが、物価が安定している今の中国にとってこの利点は大きくない。一方、この選択肢には以下のような欠点がある。まず、ドルが他の主要通貨に対して変動するとき、人民元の実質実効為替レートの変動をもたらし、貿易と投資にも不利を与える。しかも、ドルペッグ制は常に投機の対象となるリスクにさらされている。さらに、固定為替レートを維持するために、当局が常に為替市場へ介入せざるを得ず、マネーサプライのコントロールが難しくなっている。このことは、国内におけるマクロ経済の安定と長期の経済成長の妨げとなる。

固定レートを維持しながら、人民元切り上げの圧力に対応するために、中国の経済学者の間では、多くの緩和措置が提言された。例えば、居住者に対する外貨の保有量に関する制限緩和、輸出企業の増値税(付加価値税)還付率の切り下げ、などである。これらの措置は為替市場における超過供給を緩和するかもしれないが、効果には限度がある。一方で、副作用もないわけではない。市場において、人民元の切り上げ期待が強まる中で、居住者により多くの外貨を持たせるようにしても、功を奏さないだろう。マクロ的経済政策の政策手段ではない輸出企業の増値税還付率の切り下げや対外投資制限の緩和策の是非に関しても、まだ議論する余地がある。

二、一回限りで大幅の切り上げを実施した後、再びドルペッグ制を維持する

この選択肢の利点は、人民元上昇の外圧を緩和することにあるが、その欠点も明らかである。まず、一時的には人民元の上昇圧力を緩和できるが、根本から固定レートと人民元の実質均衡為替レートの持続的な上昇圧力の間の矛盾を緩和できないことである。また、ドルが他の主要通貨に対して大きく変動するとき、人民元の実質実効為替レートも一緒に変動する。例えば、ドルの対日本円およびユーロの変動が直ちに人民元の実質実効為替レートの変動をもたらす。さらに、人民元の名目為替レートを固定しようとすることは潜在的な投機圧力から抜け出せないことを意味する。短期的資本流動に対する制限が有効でなければ、人民元相場は絶えず世界の主要通貨の為替変動によってもたらされる投機圧力に直面するだろう。

三、通貨バスケット制

この選択肢の利点は、ドルと他の主要通貨の変動による人民元の名目為替レートへの圧力を免れられることである。もし貿易額によるウェイト付けが採用されれば、通貨バスケット制は実際には名目実効為替レートを安定させることになる。しかし、それも多くの問題を抱える。まず、通貨当局にとってみれば具体的操作が難しいことである。もし完全にすべての主要通貨と連動するならば、為替市場における人民元相場はいつも主要通貨の為替レートの変動によって調整しなければならない。また、あまりにも頻繁に変動する名目為替レートは、国際貿易や投資の正常な取引にとって不利な要因となる。結局、国内の経済部門が頻繁に変動する名目為替レートに適応する期間やリスクに対応する手段も必要となる。さらに、(貿易額によるウェイト付けが採用される)単純な通貨バスケット制は名目実効為替レートを安定させるだけである。もし、国内において、主要な貿易相手国と比べて深刻なインフレやデフレが生じるならば、バスケット制は実質実効為替レートを安定させることを達成できないだけでなく、人民元に対する投機を招きかねない。

世界には通貨バスケット制を導入した国が多く存在する。しかし、その大半は最終的にそれを放棄した。通貨バスケット制を導入した国は最終的にカレンシー・ボード制やもっと柔軟性のある管理変動相場制に転換した。エストニア、アルゼンチン、ブルガリアなどの国は最終的に通貨バスケット制からカレンシー・ボード制に変更した。これは主にカレンシー・ボード制が通貨バスケット制より信頼度が高く、また、国内の財政政策や金融政策に対する制約がもっと強いからである。その結果、カレンシーボード制の下では、国内のインフレをより容易にコントロールできる。ポーランドとシンガポールは通貨バスケット制から柔軟性のある管理変動相場制に転換した。ポーランドは通貨バスケット制の実施に成功した国である。1991年に、ポーランド政府は安定していた為替レートを生かして国内のインフレを克服した。その通貨はまずドルと、その後通貨バスケットと連動し、最終的に、次第に為替レートの変動幅を拡大し、徐々に変動相場制に近づいた。

四、バスケットに基づくクローリングという管理変動制を採用する

この選択肢の利点は、通貨バスケット制を通じて世界の主要通貨の変動による人民元の実質実効為替レートへの影響を相殺しながら、為替レートの緩やかな調整(クローリング)を実施することによって、人民元の実質為替レートにおける潜在的上昇圧力を反映できることである。しかし、具体的な実施においては、先述したバスケット制の問題点に加え、投機の対象になりやすい。人民元の実質均衡為替レートの上昇傾向に鑑みて、クローリングは切り下げではなく、切り上げの方向になるだろう。投資者の間にこうした予想が生じれば、投機が発生しやすい。その対策として、資本移動に対する規制を強めなければならない。

資本規制が困難である場合、大幅な切り上げを実施してから、バスケットに基づくクローリングを導入することも考えられる。各種の推計を総合して判断すると、15~20%程度の上げ幅は妥当であろう。均衡為替レートを正確に計算することは難しいが、中国の生産性の持続的上昇を考慮すると、目標水準は実際の均衡レートより低いよりも高い方が望ましい。

通貨バスケットによるクローリングは、変動制への移行措置であり、一回限りの切り上げはそれまでの猶予の時間を与えてくれると期待される。最終的に、管理変動制が上手く機能するためには、為替ヘッジの手段の整備はもちろんのこと、為替市場で形成されるレートは投機によるバブルではなく、経済のファンダメンタルズに即したものでなければならない。

出所

『人民幣懸念――人民幣匯率的当前処境和未来変革』(中国青年出版社、2004年)より一部抜粋。
※和訳の掲載にあたり許可を頂いている。

2004年2月6日掲載

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