中国経済新論:中国の経済改革

体制変化から見る中国富豪の罪と罰

巴曙松
国務院発展研究センター金融研究所副所長

国務院発展研究センター金融研究所副所長。1999中央財経大学博士号取得。中国銀行杭州市分行副行長、中国銀行香港有限公司リスク管理部総経理補、中国証券業協会発展戦略委員会主任などを歴任。2003年8月より国務院発展研究中心金融研究所副所長。主に金融市場の監督と金融システムのリスク管理、金融政策と企業融資政策などを研究している。著書に『中国貨幣政策有効性の経済学分析』『金融的江湖』などがある。

近年、中国の富豪が人々の目を引く時代に入ったようである。劉曉慶(女優、脱税容疑で逮捕)から楊斌(朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の新義州行政特区初代長官に任命された人物として有名。契約詐欺罪、贈賄罪、有価証券偽造罪など)、牟其中(南徳経済集団」の元総裁、詐欺罪)から仰融(華晨中国汽車前会長。国有資産横領容疑。アメリカに逃亡)、周正毅(上海農凱集団董事長、株価操作と資本金虚偽報告の容疑で逮捕)など、彼らの影響力の大きさは内外を震撼させた。米フォーブス誌の中国富豪ランキングは一部の富豪の「追魂榜」(死者の魂を偲ぶリスト)のようにも見えた。

対照的に、フォーブス誌の2003年度の世界富豪リストに選ばれたことは富豪として名誉なことで、これらの富豪は米国ないし世界の経済発展を左右していると見られている。世界一の富豪に選ばれたのは米マイクロソフトのビル・ゲイツ会長で、6年連続の1位であり、総資産は407億ドルに達している。2位は著名な投資家であるウォーレン・バフェットで、総資産305億ドルである。

もし一人あるいは二人の富豪に問題があれば、それは個人の問題で偶然の問題かもしれない。しかし、もし多くの富豪に問題があれば、それは体制上の問題、環境変化の問題に帰結せざるを得ない。

1.経済移行と富豪の原罪

中国の経済移行は先例がなく石を探りながら河を渡る過程であり、この過程は今でも進行中である。開催されたばかりの3中全会(訳注:中国共産党第16期中央委員会第3回全体会議, 2003年10月11~14日に開催)で定められた経済目標は依然として市場経済体制を完全なるものにすることで、これは現在の市場経済体制にまだ様々な欠陥があることを意味する。

経済学的に言えば、移行は経済的レントが存在することを意味する。ある専門家の推計によれば、80年代後半から90年代初頭にかけて、中国のレントの総額は国民総生産の20~40%に相当する。これは、全国民が一年間に産出した物的な富のうち3分の1がレントシーキングや汚職官吏の収入になったことを意味する。このような富は伝統的計画経済にとって破壊的な富である。

急速に築き上げられた富は一体どのように分布しているのだろうか。ある調査報告によると、2001年に、徴収された個人所得税のうち賃金が60%を占め、預金の80%を20%の高所得者層が占めているが、高所得者の納付した所得税は全体の10%に満たない。現在、中国では毎年漏れている税金は1000億元前後である。この調査報告は、社会移行期に現われた高所得者層が蓄積した富のかなりの部分は社会の監督・管理システムの外のグレー・ゾーンにあるもので、成金の色合いが強いと結論した。

伝統的な社会監督システムの中であれば、あるいは伝統的な計画経済体制の中であれば、富豪たちは急速に富を蓄積することができない。しかし、伝統的な計画経済体制の外であれば、富の蓄積は伝統的経済体制に対し破壊的で異色的かつ不透明な性質をもつ。もし原罪があるというならば、それは特定の富豪の原罪ではなく、全体の体制移行の原罪であるかもしれない。実際、伝統的な計画経済体制の立場で見れば、伝統的計画経済体制における国有企業の経営者に原罪がないことはなかろう。もし彼らの置かれている制度の変化・移行の環境を考慮しなければ、彼らは計画経済時代に盛んであった国有企業の経営を穴だらけ傷だらけにしてしまったはずだ。これは原罪と言えないだろうか。このため、市場ルールが整備されていない経済移行期には、一部の企業は反則というやり方で生き残りと発展を図るしかない。これは、中国の「漸進的」改革が払わなければならないコストである。特に計画経済から市場経済への移行過程の中、富と資源の再配分は必然的に行われるため、異なる形態や異なる程度の問題が発生する。ただ、これは体制全体の移行と密接に関連するものである。

浙江省の民営経済は非常に発達している。しかし、初期の金華周辺の民営経済は、反則の色彩をもつ経営からスタートしたものである。当時の環境下では、土地だけに頼っては生活できない農民にとって、少しの富を蓄積すれば問題のある富豪になってしまうかもしれなかった。しかし、このような早期に問題のある富豪となっていなければ、経済体制の移行は今日のように発展できたのだろうか。

確かに一部の富豪の財源は違法で汚れている。しかし、すべての富豪の富の蓄積の過程を経済移行という背景の下で考察すれば、その中にある経済的論理を発見することができる。

2.行政権力のレントシーキングと富豪の落馬

中国富豪を生み出す業種を見ると、政府規制が強く行政権力のレントシーキングの余地が大きければ大きいほど、富豪たちの蓄財のスピードも速いが、問題が発生する確率も高いという特徴がある。富豪の落馬を分析する時、政府規制と市場への行政権力の介入を考慮しなければならない。

最も典型的な業種は不動産業である。フォーブス誌の統計によれば、世界富豪ランクの上位500人のうち不動産業を営む人は30人に過ぎないが、2002年度の中国富豪100人のうち40%以上が不動産業に関わっている。多くの落馬した富豪の危機も不動産業に起因する。周正毅の場合、報道によれば、彼は、総面積17.64万平メートル、計画開発面積63万平メートルにおよぶ上海市静安区石門二路より東の黄金地域の開発プロジェクトで、多額の土地譲渡費が免除されただけでなく、多くの優遇を受けたため、数億元以上のコストを節約することができた。もしすべての不動産開発が透明な行政の下で透明な取引がされていれば、周正毅はこれほど速いスピードで蓄財することができなかったし、今日のように落馬することもなかろう。

富豪が落馬した後、とばっちりを受けるのは金融業特に銀行業である。金融業は中国で最も厳しくコントロールされている業種である。多くの富豪の蓄財過程において、金融機関、特に銀行と非常に密接な関係を築き上げた。金融機関の外部性、特に銀行を始めとする金融機関が支配する大量な金融資源は往々にこれらの富豪たちにとって蓄財の過程において頼らなければならないものである。この過程において、厳しくコントロールされながら厳格な内部制約のない銀行業は腐敗の温床となり、金融リスクの累積の温床となる。現在の銀行システムが抱えている巨額な不良債権や、落馬した富豪や逃げた富豪が銀行にもたらした不良債権の規模をみれば、金融規制と金融への政府権力の介入がもたらした悪い結果が分かる。

国有資産の流失も富豪を生み出す重要な分野である。これは、事実上、伝統的な国有資産管理体制に重大な欠陥があることを反映している。

これに対し、製造業の富豪が問題になる確率は比較的少ない。その一つの理由は、多くの製造業の独自性が強く、かつ政府への依存度が低く、さらに政府の介入と管理・規制の度合いが小さいため、私営企業は合法的な経営の余地が大きいことにある。

このため、たとえすべての富豪を何度徹底的に調査しても、政府の管理・規制が幅広く存在し、行政権力が不透明に市場の運営に介入し監督されないままでレントシーキングすることができれば、民営企業は生き残りのために受身的にレントを支払わざるを得ず、問題のある富豪が出てくることも避けられない。問題のある富豪の発生を防ぐ鍵は、ランクされた富豪に対する取締りではなく政府機能を転換し、開放的で活力のある公平的な市場経済を作り出すことである。

3.個別の特殊ルールと一般的な公平ルール

全体の制度進化の角度から見れば、富豪自身も現状の経済制度に存在する欠陥について責任を持っていることは明らかである。移行期において、多くの私営企業家はゲームのルールの開示・公平さ・公正さ、普遍的な公平ルールづくりに積極的でなく、むしろ特別なルールや特別な関係づくり、いわゆる「潜在的ルール」を信じる。このように個別の富豪は個別の案件において自分が特権の享受者すなわち潜在的ルールの受益者と感じるかもしれないが、全体的に見れば、明確な普遍的なルールがなく、ゲームのルールが全般的に比較的あいまいではっきりしない時、誰しも被害者になる可能性がある。

歴史の角度から見れば、問題となった富豪は、通常経済が激変した時期に富を蓄積した。特に改革が始まってから90年代にかけての間である。このため、彼らの富の蓄積は程度の差こそあれ移行期の色合いを持ち、その中の一部がいわゆる問題の富豪となった。これが中国の富豪に対する疑惑を生み、社会信用の危機をもたらした。しかし一方、多くの新富豪の目覚しい台頭は、中国の富豪発展史を輝かした。たとえば「捜狐(Sohu)」、「網易(Net Ease)」である。彼らは、完全に近代的な市場ルールないしグローバル的なゲームルールに沿って、近代的な資本市場の制度環境を十分に活用している。彼らの富は非常に透明性が高く、多くの投資家、マスコミ、監督・管理者の質問に耐えられる。このことは、今後、市場ルールが整備されることにつれ、中国の企業家や富豪たちはゲームのルールを活用して堂々と富を蓄積することができるようになることを示唆している。

富豪の落馬が比較的集中した時期に、一部の金融・経済誌の責任者は中国で表紙を飾る金持ちを探すのが難しいと愚痴をこぼした。なぜならば、表紙になった金持ちが次号に問題になるかもしれないからである。富豪と公衆のコミュニケーションの促進、富豪の落馬の体制的原因の究明、中国の企業家を取り巻く環境の改善、特に適切な蓄財と企業家育成の良い市場環境とゲームのルール作りの促進などの面において、金融・経済関連のマスコミはより大きな責任をもつべきである。

2003年12月15日掲載

出所

博士珈琲
※和訳の掲載にあたり先方の許可を頂いている。

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