中国経済新論:中国の経済改革

日本型の銀行危機を警戒せよ

巴曙松
国務院発展研究センター金融研究所副所長

国務院発展研究センター金融研究所副所長。1999中央財経大学博士号取得。中国銀行杭州市分行副行長、中国銀行香港有限公司リスク管理部総経理補、中国証券業協会発展戦略委員会主任などを歴任。2003年8月より国務院発展研究中心金融研究所副所長。主に金融市場の監督と金融システムのリスク管理、金融政策と企業融資政策などを研究している。著書に『中国貨幣政策有効性の経済学分析』『金融的江湖』などがある。

ここ20年間、世界で深刻な銀行危機が発生したことのない大きな国は中国とインドだけである。中でも中国の状況が注目される。西側の基準でみれば、中国の銀行システムは競争力に欠け、不良債権に対する有効な処理手段がないため、中国経済の持続的かつ高い成長率を支えることは本来難しい。しかし、世界の金融界が中国の銀行危機の発生を何度も予言したことに反し、中国の銀行システムは安定している。

それでは、中国の銀行システムは本当に危機に見舞われずに済むのであろうか。中国の銀行危機に関する海外の予言は中国経済の高度成長の下で現実になることは果たしてないのか。あるいは、中国の銀行システムは現状で安定を保っているのであれば、現状の安定性の下でどのような銀行危機を警戒すべきなのか。

最近、中国の銀行危機を予言する海外の研究機関あるいはマスメディアは少なくない。中には、銀行危機の発生時期まで予言するところもある。たとえば、2002年末にイギリスの「フィナンシャル・タイムズ」紙は、中国は2006年までに銀行危機が発生すると予言する記事を掲載した。

われわれはこのような予言が外れることを期待している。現状の中国の銀行システムが、その安定性を保っている要因は明らかである。急速に伸びている金融市場と高い貯蓄率は銀行に大きな収益の余地をもたらしている。これは多くの外国銀行が中国に参入しようとしている背景のひとつでもある。また、銀行は中国の大半の金融資源を支配しているため、中国政府は銀行を厳しく管理すると同時に、銀行システム、特に主役である国有銀行に対する暗黙の保証を提供している。このため、中国の国有銀行の不良債権比率は国際的に見て比較的高いにもかかわらず、低い利息で預金を吸収することができる。さらに、中国経済の高度成長は財政収入を増やし、銀行システムの安定性を維持する財政側の能力を強めている。

これらの要因は中国の銀行システムの安定性の維持、銀行危機の発生の予防に大きな役割を果たしている。同じような要因はほかにも数え切れないほどある。

しかし、中国の銀行システムの安定性を維持する要因が多いゆえに、われわれは表面的な安定性に隠されている銀行危機の要因を無視してしまう可能性がある。それが「日本型」の銀行危機である。中国の銀行システムにとって、アジア金融危機のように銀行が相次いで倒産するというリスクよりも、日本の金融システムのように徹底的な金融改革の実施が遅れ、銀行の不振が日本経済の回復や潜在成長力の足を引っ張り、10年もの景気低迷を招いたリスクの方を懸念すべきである。

銀行の大量倒産による銀行危機を「東南アジア型」と称することができる。これに対し、経済成長を阻害する観点から、大量の不良債権を抱え、経済成長の潜在力の発揮の足かせとなる銀行システムの問題は東南アジア型の銀行危機よりも弊害が軽いということはない。後者のような「日本型」銀行危機は、必ずしも銀行の大量倒産を伴わない。しかし、銀行改革が進まず、巨額な銀行不良債権の処理が遅れ、政府が銀行運営に深く介入している銀行システムにとっては、現在のところは表面的に安定を保っていても、「日本型」銀行危機の方を警戒すべきである。

政府が提供する暗黙の保証と財政の支援は、国有銀行主導の中国の銀行システムが、経営効率が悪く不良債権規模が大きいにもかかわらず安定を維持しうる大きな要因である。このため、政府の財政能力と銀行システムの安定性は密接に関連している。政府の財政能力が低下すれば、銀行システムに対する公衆の信認も低下する。逆に、銀行の不良債権が引き続き増えれば、政府の財政能力に対する公衆の信認も低下する。銀行と財政の関係が緊密であるため、中国では単純な銀行危機は発生しないかもしれないが、中国で銀行危機が一旦勃発すれば、必ず銀行危機と財政危機が同時に発生するというより深刻な危機になる。このため、財政で安定を保っている銀行システムに対し改革を行わなければ、将来、支払う代価がもっと高くなる。

ある学者の推計によれば、現在、中国の債務残高の対GDP比は12%であるが、今後、経済成長率が7%、財政赤字の対GDP比が2%で推移していけば、債務残高の対GDP比は28%に近づく。また、経済成長率と財政赤字の対GDP比がこのまま保たれれば、債務残高の対GDP比は28%を超えることはないという。これは無論われわれが望む光景である。財政危機が発生しなければ、銀行に暗黙の保証と支援を提供し、銀行システムの安定性を維持する財政能力を有することができる。しかし、この推計には見落とされている点がある。すなわち、銀行システムが現状のような低効率経営を続け、貴重な金融資源を最も潜在成長性の高い業種に投入せず、新規貸出の質を保つことができず、引き続き金融資源を非効率に使い、新しい不良債権を作り出せば、今後7%の経済成長率を維持することはできなくなり、財政赤字およびその対GDP比は急速に上昇することになる。

「日本型」銀行危機の最大のきっかけは、政府は銀行システムの市場化競争を積極的に推進せず、むしろ銀行経営に介入すると同時に保証など様々な支援を暗黙に提供していたため、銀行は競争のない環境下で巨額の不良債権を累積し、経営効率が悪いままで銀行システムの安定性が保たれたことである。しかし、低効率の銀行システムの安定維持は、必然的に経済成長にとって最も不足している金融資源の無駄遣いをもたらす。競争力のない銀行は経済成長を支える分野への金融資源の配分ができず、その大半が不良債権になってしまう。経済システムのなかで、資源配分の主な役割を担う銀行がこのように金融資源を浪費すれば、経済成長の潜在力は次第に侵食され、経済成長の原動力が弱まり、銀行の不良債権を増やし、銀行の不良債権処理能力を制約する、という悪循環になる。

ゴールドマン・サックス社の2002年12月の研究報告の試算によれば、中国の銀行業の不良債権比率は40%近くに達し、アジアの中で最悪の水準である。中国の銀行システムに累積された多額の不良債権には、経済移行のコストを反映している。中国が日本型の銀行危機を回避するには、巨額な不良債権を処理する適切な方法を見つけ出すと同時に、新規不良債権の発生を防がなければならない。中国の銀行改革の最大の制約は、銀行システムにおける高度な寡占体制が金融資源に対する中国政府の所有と支配権が保証されなければならないのに、いかなる市場化改革も所有と支配権を弱めるという矛盾にある。これが中国の国有銀行改革がほとんど実施されていない根本的な原因である。現在の銀行システムの抱えている不良債権額からみれば、銀行自身の収益力で処理することは難しい。相対的に閉鎖的な金融環境の下では、このような銀行システムも安定を維持することができる。しかし、中国の銀行業の対外開放の加速に伴い、国有銀行に対する政府の暗黙の保証も今後なくなるかもしれない。銀行システムは既存の巨額な不良債権を有効に処理せず新しい不良債権を増やし続ければ、今後、外資系銀行と競争する中国系銀行に悪影響を与えるだけでなく、全体の金融資源の配分効率と経済成長にも悪影響を与え、財政と銀行システムの長期的な安定性を揺るがす。

銀行システムが安定していることは、銀行危機が発生しないことを意味しない。巨額な不良債権を抱えている上、新しい不良債権が増えつづけている銀行システム、市場競争のない銀行システム、金融資源を有効に利用できない銀行システム、政府財政の支援に頼る銀行システムなどは、比較的長い期間にわたって安定を維持することができても、日本型の銀行危機が発生する可能性はある。日本型銀行危機が発生した場合、脅威を受けるのは財政収支や銀行の存亡だけでなく、もっと深刻な結果は国民経済が成長の原動力を失い、低迷しつづけることである。

2003年10月20日掲載

出所

博士珈琲
※和訳の掲載にあたり先方の許可を頂いている。

2003年10月20日掲載

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