中国経済新論:日中関係

中国ビジネスの水先案内人:商社

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

一、中国の改革開放とともに歩む商社

近年、貿易や直接投資を通じて日中間の経済交流が活発化しているが、その中で商社は重要な役割を果たしている。日本の商社は1972年の日中国交正常化以前からダミー商社を通じて、すでに対中ビジネスを展開していた。日中国交正常化当初、中国政府は円借款による経済発展を希望していたが、それを商社が日中企業間の架け橋として機能させた。中国からは原材料を、日本からは大型プラントをそれぞれ導入したのである。1978年5月に日中議定書が調印された上海宝山製鉄所もその一つである。1970年代後半になり、各商社は徐々に中国各地に代表事務所を設立し、連絡、市場調査、コンサルティングなどを行うようになった。

1992年の鄧小平による南巡講話により、商社の中国での事業は投資の時代へと移行した。大手商社のほとんどが中国に進出し,続々と保税区会社を設置し、安価な労働力を利用して原料加工などの生産活動を行った。それに合わせて日中間の貿易も、同様に大幅に伸びていった。当初、商社が取り扱っていた製品は日本や海外向けが中心だったが、中国の大きな市場の先行きを見極めると、保税区に設立された貿易会社は取引市場を通して中国国内向けにも販売するようになった。また、この年を境に大型の投資案件が出てくるようになり、投資件数も大幅に増えた。繊維や食品加工の他にも、機械、鋼板加工、通信、エネルギー、化学、物流、サービス業などにも広がりを見せていった。

1995年、中国政府は関連規定を発布し、各商社は相次いで投資性公司(傘型公司)を設立し、傘下の企業を管理した。また、中国に対する投資も拡大させた。2002年8月、上海に設立された外資系投資性公司は上海市政府から中国地区の本部としての設定を受けることとなった。日本企業の中では三菱商事などがこの設定を受けた。これを機に、日本の商社は中国での発展の新たな局面を迎えることになった。さらに、中国のWTO加盟は、日本の商社にとって、さらなる発展の契機であるとともに発展戦略を調整する一つのきっかけとなっている。

過去30年間、中国における日本の商社の役割は微妙な変化を遂げてきた。当初はまさに対中ビジネスの先導役であった。日本の多くの産業で分業体制が商社を中心に行われていた。中小企業の海外進出には、政府による援助以外に商社による支援も欠かせず、商社に委託し、海外から入手した情報を頼りに貿易全体に関する方案を設定したのである。こうした集団化の優位性と規模の効果は、他のどのような組織も代替することはできない。

しかし、国際分業の活発化、そして情報技術の発展に伴い、多くの製造業企業は海外での実力を身に付け、商社への依存から脱却し、独自に集団化企業の道のりを歩むようになった。経済の中での商社の役割が次第に弱体化してきたが、その物流および金融リスク投資などの面での機能を絶えず強化していた。

同時に、中国における日本の商社は、本来の優位性を完全には発揮していない。まず、中国政府は商社に対して、連絡業務しか行えない駐在事務所しか認めなかったため、そのままでは内販も投資もできなかった。また、中国市場は外資によるアクセスが制限されており、輸出入にも多くの関税や非関税障壁があった。法律面での制限によって、商社が最も優位性を持っている貿易活動が多くの制限を受け、また20数年間の発展の中でも、日本の商社は中国企業、とりわけ中国で著しい発展を遂げてきた民営企業との長期的な協力関係を持つまでには至っていない。したがって、商社の主な得意先は、関係企業、特に日本の企業に制限されており、中国における商社の優位性の発揮と発展は著しく妨げられている。

しかし、中国は2001年12月のWTO加盟により、段階的にに流通や貿易の分野での完全な開放を行うことになった。これに合わせて各商社は、輸出入に関する業務はもちろんのこと、規制緩和が期待される国内市場を狙い、地場取引の拡大を含め、積極的に国内市場に対応する体制に切り替えている。さらに、民営企業の勃興および成長が著しいことから、それらの企業との取引拡大や投資なども交えた取り組みも強化している。その他に、中国国内市場への取り組み以外でも、今後さらに大きくなる中国を視野に入れ、日本だけでなくアジア、米欧の各拠点から中国市場へと総合的に進出する方法を検討している。また、本社サイドは横断的な中国市場関連情報の交換を行う組織を設置し、ノウハウの共有と高度化によってサービスの高度化、効率化、および戦略の高度化を図るといった対策を採っている。

今まで規制によって妨げられていた中国における商社の機能が、WTO加盟による開放を機に活発化の兆しを見せつつある。そして、この中国の開放政策は、商社に新たに大きな期待と機会を与えることになるのである。これまで日本の商社は、日本企業が海外進出を行う際にコーディネーションやマーケティング、リースや融資などを行ってきた歴史的経緯がある。その一方で、現在商社は生き残りをかけて「総花的」ビジネスからの脱却と、より効率的な組織構造への調整を進めている。その際、現在の優位性を発揮できるビジネスモデルを確立できれば、商社が優位性を持つ資源の活用と言う点からも望ましい。商社が現在持っている利点や優位性から判断すると、新たなビジネスパートナーとして中国市場や中国企業を選ぶビジネスモデルは、中国の改革開放路線の進展やWTO加盟を機に現れた一つのチャンスと言える。

二、商社無用論を乗り越えるために

戦後、日本の商社の形態は、貿易立国として日本が基盤を築くための窓口から始まって、規模の拡大と機能の拡充を続けながら現在に至っている。しかしながら、商社は常に順調な発展を遂げてきたわけではない。これまでにも、「商社斜陽論」「商社冬の時代」など、存在価値を問われることもあった。1961年に提唱された「商社斜陽論」では、(1)産業の高度化によってメーカー自身の直接貿易が増大する、(2)情報通信機能の拡充によって商社の情報提供機能の必要性が低下する、(3)技術の高度化によって取扱商品が商社の手に負えなくなる、などといった論点が提示された。また、1980年代前半の「商社冬の時代」においては、重厚長大型産業偏重、ソフト型産業への進出の出遅れ、収益率の低さなどが強調された。1960年代の時点では、日本国内ではメーカーの販売網が発展しつつあり、総合商社はそれに対応する形で海外へと重心を移し、業務の多様化を図った。しかしながら、現時点に至っては、メーカー側が独自に国内、海外ともに自社販売網を整備し始め、商社の取引仲介機能に頼らない形での海外進出を果たし、いわゆる「中抜き」が進行している。さらに、新規分野進出に際しての専門家の不足なども問題視されている。IT技術の普及により、商社の情報提供機能の低下がさらに顕著となることも懸念され始めている。

今まで商社は、自らの危機を契機に、機能の拡充や規模の拡大を達成してきたが、1999年における兼松の事業規模の縮小と人員の削減を柱とした専門商社化、2002年11月のトーメンのトヨタグループへの追加支援の要請、そしてトヨタ傘下での経営再建の発表、さらには2002年12月の日商岩井とニチメンによる経営統合の発表など、今なお商社を取り巻く状況が好転しているとは必ずしも言えない。商社が新たなビジネスチャンスを発掘することが「無用論」を克服するための必要条件となる。

商社が企業活動を活性化させようと考えるとき、活力のある取引先と手を結ぶことは非常に有効な戦略となりうる。そして、活力に富んだ市場を取り込むこともまた有効な戦略である。しかも、それらを自らのコア・コンピタンスを活かして行えるのであれば、それはまさに新たなビジネスチャンスと言えよう。商社が中国企業をパートナーにすること、そして中国市場をターゲットにすることは、まさにそのような機会となりうる。すなわち、活力を持った中国企業とノウハウを持った日本の商社がお互いの長所を発揮し、短所をカバーし合うことができる。

実際に中国企業を新たなビジネスパートナーとして選ぶ場合、商社は中国企業の問題点を克服する形で自らの機能を発揮できると考えられる。例えば、中国の工業化の進展に伴って生じた環境問題の取り組みに当たり、商社が新しい環境技術を導入することはお互いにとってメリットが大きい。また、環境技術ばかりではなく、日本からの技術導入を仲介し、促すことで中国企業側の生産効率を上昇させることができる。さらに、工業技術面だけではなく、物流の効率化を実行する上でも、商社の機能は本領を発揮する。他にも、有用な中国側のパートナーと結びつけ、適切な情報に基づいて日本の中小企業の対中進出を促すことも商社に期待されている役割である。逆に中国企業が海外進出する際に、これまでのノウハウを活かしてパートナーとしての役割を担うことも一つのビジネスチャンスと考えられる。

一方、逆に中国の強みを活用することでビジネスチャンスを手に入れることもできる。現在、中国は高度経済成長を背景に内需が拡大し、住宅や自動車といった産業が一大市場となりつつある。技術提供やコンサルティングなどといった商社の機能を利用することで、活力のある市場を獲得することも考えられる。また、中国は現在もなお労働集約型産業や加工貿易に比較優位をもっている。生産拠点としての魅力を活かし、商社のコーディネーション機能を活用することによって得られる利益はまだまだ小さくない。

このように、生産拠点としての強みと一大消費市場としての強みを的確に活用することで得られる果実は、商社にとっても、中国企業、そして中国市場にとっても大きい。その点で今後、商社が経営戦略を策定する際に、このような日中の補完関係を考慮に入れることは、中国の活力を最大限に活用する上で非常に重要である。そして、この新たな機会に挑戦することは、「商社無用論」を克服するための一つの方向性を示唆しているのではないだろうか。

2003年1月8日掲載

2003年1月8日掲載