中国経済新論:世界の中の中国

WTO加盟で金融開国を迫られる中国
― 危機は回避できるか ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

1997~98年に通貨・金融危機に見舞われたタイをはじめとするアジア諸国の経験が示しているように、脆弱な金融セクターを持つ途上国は資本取引の自由化を慎重に進めていかなければならない。なぜなら、銀行のリスク管理能力が弱く、マクロ・コントロールも不十分な国では、資本取引の自由化はバブルの生成と崩壊を引き起こし、金融システムとマクロ経済の不安定化をもたらしやすいからである。当局による監督などを通じた金融セクターの強化や有効な金融政策の手段の確保は、資本取引自由化のメリットを享受するための前提条件だと言えよう。

中国はアジア通貨・金融危機を免れることはできたが、それは国内経済・金融市場が健全であったからではなく、むしろ依然として資本取引規制が厳しかったことや政府保証によって銀行は守られていると預金者が信じていたことによる部分が大きい。実際、非常に高い不良債権比率に象徴されるように、中国の銀行セクターが危機に見舞われたアジア諸国と同様に脆弱であることは、もはや周知の事実である。

中国は、これまで経済改革と対外開放を同時に進めてきた。今後は、アジア諸国の経験を踏まえ、金融分野における改革を精力的に推し進めなければならないが、対外開放に関してはより慎重にならざるを得ない。もしこの順序を間違えば、金融危機が起こる確率は高まってしまうであろう。

1.脆弱な銀行部門

中国では、四大国有商業銀行は、総資産、預金残高、貸出残高において銀行部門全体の7 割近くのシェアを占めている(表1)。しかし、多額の不良債権を抱え、自己資本も不十分で、経営体質やリスク管理能力も脆弱である。これに対し、不良債権の株転換を始めとする、多くの対策が講じられてきたが、目立った改善を見せていない。WTO加盟に伴う外資系銀行の本格参入を受けて、銀行部門における競争は激しくなり、国内銀行の経営は一段と厳しくなるであろう。

表1 中国の金融機関の預金残高のシェア(2001年末)
表1 中国の金融機関の預金残高のシェア(2001年末)
(出所)『中国人民銀行統計季報』より作成。
1)深刻な不良債権問題

中国の銀行部門が抱える不良債権は、80年代後半以降急速に増え、金融システムの安定性を脅かす要因として内外でクローズアップされている。不良債権の規模について公式の統計は発表されていないが、中国人民銀行戴相竜総裁の年初の発言から、2001年末における四大国有銀行の貸出残高に占める不良債権の比率は25.4%で、そのうち要償却のものは8.3%に達していると推測される。

不良債権の比率が高くなってしまった本質的な原因は、計画経済から市場経済への移行過程で生じたコーポレート・ガバナンス(企業統治)の欠如に求めることができる。企業は、赤字を計上しても、国の財政あるいは銀行融資などによる事後的な補填によって破産のコストを免れることができるというソフトな予算制約に直面していた。政府の救済が期待できるため、経営効率向上に対する企業のインセンティブは弱まり、モラル・ハザードが生じたのである。企業としては、できるだけ融資を受ける権利を主張し、返済義務からは可能な限り逃れたいというわけである。また、政府(特に地方政府)は雇用確保と地域振興という観点から、国有企業をできるだけ倒産させず、不採算の国有企業を存続させるために、銀行に融資を続けるよう圧力をかけてきた。これを背景に、国有銀行も返済能力のない国有企業に対して厳格な審査もせずに融資をし続けたのである。その上、1994年の中央銀行法が成立するまで、政府からの独立性の低い中央銀行(またはその地方支店)から容易に資金を調達できたので、銀行自身も一種のソフトな予算制約に甘えていた。その結果、多くの国有企業が経営赤字の拡大と累積債務の増大という悪循環に陥り、銀行の不良債権比率も上昇の一途を辿ったのである。

さらには、国有銀行が抱えている構造上の問題点も指摘することができる。まず、中国の銀行の多くは、主に預金の受入れと貸出という伝統的な業務を営んでおり、その他の銀行業務を開拓していない。このため、銀行の収入源が過度に偏ってしまっているのである。また、このような業務体質のため、銀行は政策金利の変更の影響を大きく受けてしまうのである。次に、中国の銀行は、政府によって管理されてきたため、民間企業に対して大きな差別を行ってきた。国内銀行の貸出の大部分が国有企業向けであり、非国有企業にはほとんど貸出が行われなかった。そして、その貸出先の国有企業の業績が悪く、結果として非効率的な貸出を行ったために不良債権が増加してしまったのである。

以上のような問題点の結果、もともと低かった中国の銀行の収益率はさらに悪化してしまったのである。社会全体で見ても、貯蓄の投資への転化の効率が悪く、潜在力のある企業が必要な資金を得られず、今後高い経済成長率を持続できなくなる可能性がある。また、中国人民銀行による経済成長促進のための金融政策の伝達メカニズムが不良債権のために働かず、中央政府はマクロ経済をコントロールする際に金融政策を運用できないため、ひたすら財政政策に頼るしかなくなるのである。

2)不十分だったこれまでの金融改革の取り組み

97 年のアジア通貨・金融危機を教訓に、政府は銀行システムの健全性と安全性を高めるために多くの対策を行った。自己資本を充実させるための資本注入(98 年)、資産負債総合管理(ALM)の強化、指令的な貸出計画の廃止(98 年)に続き、99 年には資産管理会社(AMC)による大規模な不良債権処理が実施された。

AMCは中央財政の全額出資によって設立され、銀行から不良債権の一部を簿価で買い取った後、「債転株」(債権の株式化)、および担保資産の売却等の方法で債権を回収する(図1)。AMC が買い取った不良債権額は累計1.4 兆元で、これは四大銀行における当時の貸出の20%に相当する巨大な金額である。2002年末までの回収状況を見ると、処理済債権の額面金額は3014億元、回収金額は1013億元であり、回収率は33.6%である(表2)。しかし、AMCによる不良債権の処理は容易なものから行われているため、今後の回収率は急速に低下すると見られる。

図1 AMCによる債権回収の仕組み
図1 AMCによる債権回収の仕組み
表2 資産管理会社の不良債権の買い取りと回収状況(2002年末まで)
表2 資産管理会社の不良債権の買い取りと回収状況(2002年末まで)
(出所)(出所)中国人民銀行サイト(http://www.pbc.gov.cn/xinwen/)内の新聞欄(http://www.pbc.gov.cn/xinwen/detail.asp?id=571)より作成。

AMCによる不良債権の処理方法に関しては、特に「債転株」が注目されている。この手法は、AMCが銀行から買い取った不良債権の一部を債務企業の株式に転換し、将来的に企業の業績が改善した段階でAMCがその持ち分を処分し、資金を回収する仕組みである。これにより、国有銀行と国有企業の財務状況が一時的には改善する。また、この措置がすべての企業に適用されたわけではなく、将来的に黒字転換が見込めることを基準に対象企業が選ばれたため、産業構造の再編が促進され、業績の悪い国有企業の淘汰も進むものと考えられていた。しかし、次のような理由から、当初期待された効果は実現されていない。

(1)助長されたモラル・ハザード
債権の株式化は、本質的には、不良債権を抱えている国有銀行と重い債務を負っている国有企業の公的資金による救済にほかならない。これにより、経営が失敗しても政府が救済してくれるだろうという甘い考え方が助長されることになれば、経営の規律が一段と緩くなる。このようなモラル・ハザードを防ぐため、銀行と企業の経営責任を追及する一方、経営に対する監督体制を強化しなければならないが、実際、いずれも不十分なままである。結局、これほど大規模な処理策が実施されたにもかかわらず、銀行の不良債権比率は一向に下がっていない。

(2)低い回収率
諸外国の経験からも分かるように、資産管理会社に移管された不良債権の回収は至難の業である。特に、中国の場合、融資の大半に担保がついていない上に、法律(破産法など)の不備と資本市場(発行市場と流通市場)の未発達も回収率を低く抑える要因として働く。そもそも、回収の責任を任せられている資産管理会社は、人材などの経営資源が乏しく、株主として企業に対してコーポレート・ガバナンスを遂行させる能力があるかどうか疑問である。その上、資産管理会社自身の業績を客観的に評価することが難しく、回収率を最大化するインセンティブが働きにくい。

(3)重い財政負担
資産管理会社は、企業から受け取る配当が銀行に支払う利子を下回ると予想されるため、人件費などの他の経常支出を合わせて考えると、赤字経営を強いられよう。また、資産管理会社の清算・解散に当たっては、債務が資産を上回る確率が非常に高く、その差額は最終的には財政資金の投入によって埋め合わせるしかないであろう。税収が不足している中、返済資金を賄うためには国債の増発が避けられず、財政の悪化に拍車をかけることになろう。このように、進行中の不良債権の処理策による金融リスクの解消は、将来の財政危機の原因になりかねない。

(4)欠かせないコーポレート・ガバナンスの確立
中国が抱えている不良債権問題を根本的に解決するには、これまで累積してきたストックを解消させるだけではなく、新たなフローの発生を抑えるメカニズムを確立しなければならない。このためには、ソフトな予算制約をハード化し、国有企業と国有銀行を自己責任に基づいて利潤を追求する主体へと転換させなければならない。具体的には、民営化を通じて銀行と企業の監督をその業績にもっとも関心の高い投資家に委ねる一方、企業のパフォーマンスを客観的に評価できるように、公平かつ競争的な市場環境の整備を急がなければならない。

3)WTO加盟の銀行部門への影響

中国にとってWTO加盟は、外国の金融機関に対して国内金融市場を開放するということをも意味している。加盟にあたり、中国は以下のことに合意した(表3)。まず、外資系銀行に対し、5年以内に完全な市場参入を認めることを約束した。これにより、外資系銀行は合意から2年後には中国企業に対する業務と外為業務を行うことができるようになる。また、一部の地域では、中国の銀行と同じ待遇と権利を受けることができるようになる。そして、地理的及び顧客面における制限も5年以内に撤廃されることになっている。具体的に、WTO加盟は銀行部門に次のような影響をもたらすであろう。

表3 中国のWTO加盟に関わる銀行の市場開放の概要
表3 中国のWTO加盟に関わる銀行の市場開放の概要
(出所)経済産業省対外経済政策総合サイト
http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/wto/accession/data/pro_tariff.pdf

第一に、中国の国内銀行・証券会社は、外資系銀行の対中進出の本格化に伴い、顧客グループを巡って、特に大都市や沿岸部などの地域で外国との競争に徐々にさらされるようになる。十分な資金力、先進的なリスク管理技術・経験、先進的なサービスなどで高い信頼を有している外資系銀行の参入は、短期的には外資の先進的な融資管理手法を中国にもたらし、かつ海外投資家の中国市場への投資を促進するなど、中国の新しい経済成長分野に対する資金サポートを行うことで経済成長を促進するだろう。また、中長期的には、国内銀行業の競争を促進し、四大商業銀行による非効率的な独占局面を打破することでその改革を加速させ、中国の銀行業の健全な発展のチャンスをもたらし、サービスの改善を促進するというプラスの面が期待できる。さらに、中国の銀行業が国際金融市場へと取り込まれることで中国の銀行も海外での業務を展開できるようになり、競争力を高めていくことになる。一方、外資系銀行の参入によって劣勢に立たされる四大銀行は、短期的には資金、サービス、人材などの経営にかかわるすべての面においてシェアと利益の低下が避けられず、経営環境が一層厳しくなるであろう。

第二に、銀行・証券業に対する政府の規制管理は今後弱まる可能性が高い。例えば、今まで金利は政府が管理していたが、対外開放によって利子率の市場化と銀行の金利スプレットの縮小がもたらされる。外資系銀行は利子率の変動に対するリスクテイク能力が高いが、中国の国内銀行、特に国有商業銀行においては大部分が預金貸出業務であるため、利子率の市場化の衝撃を受けやすい。また、国内銀行は依然として金利差によって利益を稼がなければならない状況にあるため、金利スプレッドの縮小は国有銀行の経営能力や不良債権処理に直接的な影響を与え、その結果、国有銀行の改革がさらに遅れてしまうだけではなく、銀行の存続そのものにも脅威をもたらしてしまう可能性がある。

第三に、中国人民元が将来的に完全に兌換可能になる動きが促進されるだろう。WTOは金融サービスの自由化を求めているが、資本取引に関しては何ら規定していない。しかし、外国の金融機関や企業が中国に進出する一方、中国企業も対外直接投資を始めとする新たな業務展開を行うようになると、双方から資金調達や運用においてリスクの分散ができるように資本取引の自由化を求める声が高まってくるであろう。

第四に、中国は資本流出に直面する可能性がある。中国の金融監督体制は十分に整備されているとは言えない。その上、外資系銀行の国際業務は多岐にわたり、金融技術も複雑なので、現在の体制では外資系銀行を全面的に監督するのは難しい。このため、外資系銀行において不祥事が発生すれば、中国国内の金融市場の正常な発展が妨げられるばかりでなく、信用危機が誘発される可能性がある。そして、外資系銀行は海外資金の国内からの重要な逃避ルートとなりかねないため、もし国内金融情勢が安定性を失ったら海外資金は外資系銀行を通じて逃避し、1997年のアジア通貨・金融危機のような状況が誘発・助長される可能性があるのである。つまり、WTO加盟とともに経済・金融セクターがさらに開放され、資本流出に伴って中国が金融ショックに対してより脆弱になる可能性も持ち合わせているのである。これは、中国が対内・対外自由化を進める過程で、いかにマクロ経済や金融セクターの健全性を維持できるかという長期的な問題とも関わっている。

2.資本勘定の開放に備えて

政府による制度・政策の変更の結果にせよ、市場の力による結果にせよ、資本が自由に移動できるようになれば、金融システムの脆弱性が顕在化する可能性は高まってくる。避けられない資本取引の自由化に備えて、中国は不良債権の処理をはじめとする金融改革を加速させながら、マクロ・コントロール能力の向上と、近隣諸国との金融面における協調の強化を図らなければならない。

1)求められる一層の銀行改革

中国の銀行業における危機の潜在的な要因は、四大国有商業銀行の巨額の不良債権である。国有商業銀行の経営が短期借入と長期貸出によって成り立っていることを合わせて考慮すると、もし国有商業銀行の改革が遅れると金融不安が起こりかねない。ましてや四つの商業銀行は構造が似通っているため、一度流動性不足の弱点が露呈してしまえば、取り付け騒ぎが連鎖的に起こってしまう。そして、そのような危機を財政も助けられない可能性がある。それに対処するには、大量の貨幣を増発して悪性のインフレーションを引き起こすか、厳しい条件を受入れ、国際機関や先進国に支援を求めるしかない。つまり、いずれにせよ、計り知れない対価を払うことになるのである。

銀行業を開放する前であれば、四大国有銀行の支店数などの優位性により、取り付け騒ぎが起きる可能性は低いが、一旦開放してしまえば、外資系銀行の参入などでその優位性が徐々に消えるため、その可能性は高くなってくる。もし国有商業銀行の改革が銀行業の開放よりも遅れた場合、銀行システムは危機的な状況に陥ってしまうかもしれないのである。

つまり、中国の国内金融システムの脆弱性に注意を払わず、資本取引を完全にオープンにしてしまうことは非常に危険である。これらの解決には調和の取れたアプローチが必要である。まず、企業の銀行への過度の依存体質を是正するために資本市場のさらなる発展が必要である。これを実際に成功させるためには、銀行の民営化を進め、銀行内部におけるインセンティブの問題の解決に集中しなければならない。また、国有企業の改革もスピードアップさせなければならないが、これは国内資本市場の発展に大きく依存している。そして、政府は保証を取り除く方法を慎重に見つけなければならないが、政府保証をある程度維持し、モラル・ハザードの問題の解決をとりあえず後回しにしてでも、金融システムをマーケットに根ざしたものにスムーズに移行させることが先決である。そのためには、銀行監督の強化や金融システム規制が重要である。

中国政府は金融システムの安定化を目指すべく、今後の四大銀行の改革について以下の三段階の戦略を打ち出している。まず、(1)内部管理やリスク管理を強化し、比較的強い国際競争力をもつ近代的な金融機関へと脱皮させ、そして、(2)100 %国有から国が過半数の株式を保有する株式制銀行へと転換し、さらに、(3)この株式制銀行を上場させることである。しかし、その経営状況から判断して、この四大銀行の三段階改革は第一段階だけでもかなりの時間がかかってしまい、株式化と上場は当分先のことになろう。

四大国有銀行の上場を実現させるためには、その不良債権問題の解決が前提であることはいうまでもない。中国人民銀行は、第十次五ヶ年計画の期間中に不良債権比率(2001 年末で25.4 %)を年2 ~3 %ずつ引き下げ、2005 年に15 %にするという目標を設定しているが、その経営状況から判断して、四大銀行が自力で不良債権を償却することは難しく、最終的には財政資金の投入がなければ達成できないだろう。その上、仮にこれまで累積した不良債権を償却しても、不良債権の新規発生を抑えるメカニズムが依然として確立されていないため、問題の根本的解決は到底見込めないのである。

2)マクロ・コントロール能力の強化

資本取引の自由化に備えて、国内の金融システムにおける脆弱性の克服は重要であるが、これに加えて、金利の自由化と変動相場制への移行を通じてマクロ・コントロール能力を強化しなければならない。

まず、金利の自由化について見てみよう。一般的に、もし国内の金利が固定的で、国際的な競争にさらされていなければ、資本取引の自由化が実施されたときに国際収支や為替レートに過度の負担がかかってしまう。しかし、中国では、金融システムの改革に取り組み始めてから20年以上経っても国内の金利はまだ政府のコントロール下にあり、中央銀行がマクロ経済指標を総合して金利を調整している。1995年以降、金利の変化が頻繁に起こるようになったが、金利決定のメカニズムは依然として硬直的で、マーケットにおける需給の変化に遅れて調整されているのである。そのため、次のような問題が発生しているのである。まず、預金金利と貸出金利の差が小さいため、銀行の収益を上げる力が制限されている。また、多くの優遇金利があるため、経営コストを増大させている。さらに、金利が低く抑えられているため、商業銀行は中央銀行から膨大に借り入れる強いインセンティブを持っている。このように、中央銀行は商業銀行に多くの貸出を行わなければならないというプレッシャーに直面しており、中央銀行の金融政策とその効果は制限されているのである。

このような問題の解決のためには金利の自由化が欠かせない。しかし、ここで注意しなければならないのは、金利の自由化のためには、他の構造改革、特に国有企業の改革や銀行の民営化と調和を保っていなければならないということである。多くの国有企業は収益率が低く、多くの赤字と債務を抱えている。金利が自由化されると、金利の上昇によって債務不履行に陥ってしまい、ひいては倒産してしまうのである。こうした状況を考慮すると、国有企業の改革は、金利の自由化の前提条件になっていると言えよう。

次に、変動相場制への移行について考えてみよう。現在、中国は公式上、管理変動制を採用していることになっているが、中央銀行が公表する対ドルレートは日々の動きがほとんどなく、人民元は事実上ドルにペッグされている。資本取引が厳しく制限されているため、資本が即座に中国に流入したり流出したりできず、多くのアジア通貨が通貨危機の際に急激な切り下げを経験した時でさえ、対ドルで安定を維持していた。しかし、中国が資本取引の自由化を進めるにしたがって資本移動が活発になり、現在の実質上のドルペッグ制を維持することが難しくなり、無理に維持しようとしても、内外の金利裁定取引により金融政策が大幅に制約されることになる。

このように、為替制度を選択する際、中国も他の国々と同様、為替の安定と独立した金融政策、更には自由な資本移動、この三つを同時に達成することはあり得ないという国際金融のトリレンマに制約されているのである(図2)。つまり、その3つの選択肢からどの2つを選ぶのか、言い換えればどれを放棄するのかという選択に直面している。中国は自由な資本移動を放棄する形で独立した金融政策と為替の安定(固定レート)を選んでいるが、今後政策的に資本移動が自由化されてくると、独立した金融政策を維持するためには為替レートの安定をある程度犠牲にしなければならなくなる。日本のように完全なフロート制になることはないだろうが、少しずつ変動の幅を広げていくということは十分あり得るのである。

図2 国際金融のトリレンマ
図2 国際金融のトリレンマ
(注)太字はマクロ経済目標で、三角形の3極はそれぞれ隣接する両辺の目標を実現する時に採る制度である。例えば、自由な資本移動と為替の安定を同時に実現するには通貨同盟またはカレンシー・ボード制をとり、金融政策の独立性を放棄しなければならない(例香港)。
自由な資本移動独立した金融政策固定相場制
(為替の安定)
中国×
香港×
日本×

また、ドルペッグからの離脱のタイミングを考えた時、対外収支を含め経済のファンダメンタルズが良好で、為替レートに若干の上昇圧力がかかっていることが望まれるが、こうした前提条件が整いつつある。中国の景気は世界経済の回復とともに上昇基調に転じている。輸出に支えられ、2002年の経済成長率が8.0%に達している。また、外需主導型成長を反映して、中国の対外収支も大幅に改善している。経常収支と資本収支の双方の黒字拡大を反映して、外貨準備は2002年に742億ドル上昇し、年末には2864億ドルに達している。これは、日本に次いで世界第2位、中国の輸入のほぼ一年分に相当する高水準である。外貨準備が急増していること自体は、人民元が上昇圧力にさらされていることを意味する。仮に中国が変動相場制を採用し、市場への介入が一切行われていなければ、外貨準備が増えない代わりに為替レートが上昇したはずである。切り下げ圧力にさらされている局面とは違い、現在ドルペッグから離脱しても、人民元が投機の対象となり暴落することは考えにくい。

3)地域金融協力の強化

アジア通貨・金融危機を経て、中国は高成長を持続させるためには安定した国際環境が必要不可欠であると認識するようになった。これを反映して、通貨協力をはじめとする域内経済協力に関する当局の姿勢も積極的になっている。

アジア通貨危機が勃発した当初、日本は域内金融協調の枠組みとして1000億ドルという膨大な資金を動員できる「アジア通貨基金」(AMF)の創設を提唱した。通貨への投機攻撃の規模が各国の外貨準備の水準を上回り、IMFの支援も限界に達しているといった環境変化に対応するために各国の当局が外貨準備の一部をプールして緊急時に備えることが同構想の狙いである。その上、協調介入をはじめとする通貨当局間の政策協調が実現できれば、アジア通貨危機の際に見られた切り下げの伝染効果も最小限にとどめることができると考えられていた。中長期的にも、AMFはアジア各国間の金融仲介の効率向上に寄与することが期待されている。

さらに、日本を除いたとしても、東アジア地域全体では国内貯蓄が国内投資を上回っている。現にNIEsと中国を中心とする同地域の経常収支は黒字になっており、国際金融市場においてネットで資金供給地域になっている。アジア各国の外貨準備が米国債をはじめとするドル資産を中心に運用されていることから、アジア市場を投機対象とするヘッジ・ファンドなどに間接的に安い資金を提供していると言っても過言ではない。資金を米国経由ではなく、直接的に域内の資本市場で効率よく循環させるためには、決済システムや格付け機関といった市場インフラの整備が不可欠である。

アジア通貨基金構想は米国の反対で実現しなかったが、98年夏にアジア危機の悪影響がロシアや中南米を経てウォール街に及ぼうとしたことを契機に、米国は同構想に対するスタンスを賛成に改めた。これを受けて、98年10月に日本はアジアの再建を目指した300億ドルに上る新宮沢構想を発表した。また、2000年5月には、ASEAN+3(日本、中国、韓国)の間で、二国間スワップネットワークを軸とする緊急融資の枠組み(いわゆる「チェンマイ・イニシアティブ」)について合意に達した。融資に当たり、米国債の代わりに(随時増刷できる)自国通貨を担保として認めるという点において、危機前に結ばれたレポ協定と比べて借り手にとっての条件が緩やかになっている。

その後、チェンマイ・イニシアティブの枠組みに沿って、すでに多くの二国間スワップ協定が締結されている。中でも、2002年3月28日に日本銀行と中国の中央銀行に当たる中国人民銀行との間で、緊急時に30億ドル相当の円または人民元を互いに融通し合うことを認めた円と人民元のスワップ協定を締結したことの意味は大きい。これまで日中両国が他のアジア諸国との間で締結したスワップ協定は、要請があればドルを相手国の現地通貨と交換するという一方的な協定であった。これに対して今回の日中間の協定は、ドルを使わず、しかも相互支援の協定となっているという点において、よりアジア通貨基金の精神に沿ったものとなっている。このように、復活に向けてアジア通貨基金は大きな一歩を踏み出したと言えよう。

3.金融開国で高まる危機のリスク

銀行の不良債権問題の解決をはじめとして、中国は資本取引の自由化の前提条件が整っておらず、無理に実施すると金融危機を招きかねない。金融部門に限って言えば、対外開放よりも改革を急ぐべきである。実際、大規模な資本逃避が起こっているように、資本取引の「実質上」の自由化が進む中で、危機回避のために当局に残された時間はもはや限られているのである。

1)資本移動の自由化を巡る動向

WTO加盟を果した中国にとって、資本移動の自由化が対外開放の次の目標となる。その狙いは経済効率の向上と成長の促進にあるが、これらは具体的には、内外金利差を利用した裁定行動による金利の低下と、競争の激化による金融部門の生産性の上昇によってもたらされる。また、金融・資本市場の自由化と国際化が世界経済の潮流になっている中で、資本移動規制の有効性が低下し、当局としてもこの現状を認めざるを得ない。さらに、米国を始めとする諸外国から金融・資本市場の対外開放や為替管理の撤廃に対する要求が高まっている。しかし、中国当局は為替管理の緩和を進めるに当たって、それに伴うリスクを最小限に抑えるように慎重に進めてきた。

まず、中国は96年12月に、国際収支の赤字対策などを理由に為替取引を制限しないことを約束するIMF(国際通貨基金)協定第八条を受け入れることになった。これを契機に、輸出入を始めとする経常取引に関して大幅な自由化が行われたが、資本取引に関してはいまだに厳しく制限されている。現行の外貨管理制度では、一部を外貨預金という形で保有することを除けば、すべての外貨収入は原則として政府指定の外為銀行で決済(人民元と交換)しなければならない。その代わり、輸入などの経常取引に関しては、証明書類さえ提出すれば、必要に応じて外貨を自由に銀行から購入できる。

これに対して、資本勘定における取引に関しては、人民元は交換性を持った通貨にはまだなっていない。現在、中国が資本勘定を管理する特徴として次のような点が挙げられる。(1)リスクの大きい項目に対する管理が厳しい(例えば、証券投資)のに対して、リスクの小さい項目への管理はそれほど厳しくない(例えば、直接投資)、(2)資本流出に対する管理が厳しい反面、資本流入に対する管理は比較的緩い、(3)短期投資(短期信託、証券投資)に対する管理が厳しい反面、長期投資(借款、直接投資)に対する管理は比較的緩い。具体的には、証券に関し、非居住者は中国企業が発行するB株やH株、海外で発行する外貨建債券を購入することができるが、A株や国内で発行される債券や短期金融商品を購入することは認められていない。居住者の海外での証券の売買や発行も厳しく制限されている。また、海外からの借り入れに関し、外資系企業は自由だが、中国企業は厳しい審査を受け認可を得ることが必要である。最後に、直接投資に対する制限も、外資系企業による国内への流入に関しては緩いが、中国企業による国外への流出には厳しい。

今後、資本勘定の自由化を進めるに際しても、慎重かつ漸進的なアプローチが求められる。すなわち、短期資本よりも長期資本、直接金融(資本市場取引)よりも間接金融(銀行取引)、資本流出より資本流入を先行させるべきである。特に資本流出に関しては、第2節で述べた前提条件が整うまで急ぐべきではない。

しかし一方で、政府の政策にもかかわらず、実際、大規模な資本逃避がすでに行われている。一部の推計では、その規模は年間数百億ドルに上り、直接投資の流入額を上回るほどである。資本逃避のチャンネルとして、地下銀行などの明らかな違法手段に加え、輸出価格の過小申告や輸入価格の過大申告も利用されている。中国企業に限らず多国籍企業も、移転価格の操作によって資金移動に対する規制を回避している。このように、政府が資本の流出を規制することは益々難しくなってきている。

逃避する資本としては、汚職や横領などの違法な手段で得られた収入も多いが、企業家がビジネスなどの合法な手段で築いた財産も含まれている。所有権の保護が不十分であるため、企業家は再投資による企業規模の拡大には慎重にならざるを得ず、資産を海外に分散させたりすることがよく見られる。資本流出をその根本から断ち切るためには、為替の厳格な管理はもとより、官僚の不正蓄財に対する取締りや私的財産の保護を強化しなければならない。

2)漸進的改革かビッグバンか

銀行部門の改革が資本移動の自由化の前提条件であるという点に関しては、もはや専門家の間でもコンセンサスになっているが、その進め方に関しては意見が分かれている。

徐滇慶(2002)は中国における銀行改革の今後の行方について、漸進的方式とビッグバン方式という二つのシナリオを提示している。前者は、いくつかの民営銀行を設立し、民営銀行が国有銀行に対して挑戦することで徐々に国有銀行の独占状態を打破し、競争により国有銀行の機能を上昇させる。そして、国内での競争環境が整った状況の下で対外開放を考え、外資系銀行の中国市場への参入を徐々に許可していくものである。これに対して後者は、国内金融市場における国有銀行の独占状態を維持しつつ、国有銀行が抱えている問題を徐々に解決していく。そして、WTO加盟の際に約束したスケジュールに沿って外資系銀行に中国の国内金融市場への参入を許可するのである。しかし、最終的には国有銀行による独占状態が維持できなくなることが決定的になる。結局は、民営銀行を作り、自らの手で金融独占状態を打破するか、それとも外資系銀行の参入、つまり受動的に独占が破られるのを待つか、そのどちらかである。

まず、漸進的改革のメリットを考える。現在の中国では本当の意味での民営銀行がいまだに存在せず、今すぐ取り組んだとしても、民営銀行は生まれたばかりの赤ん坊のように規模はとても小さく、成長するには時間がかかってしまう。しかし、長期的に見れば、規模の小さな民営銀行が制度改革に与える意義は、実際の業務における国有銀行に対する挑戦という意味を超えるだろう。民営銀行が成長するにつれて国有銀行は競争にさらされ、自らの運営能力と管理能力を改善していくだろう。

一方、ビッグバン方式の最大のメリットは、一定期間の猶予ができることである。この期間においては、外資系銀行の参入による競争を心配する必要もなければ、民営銀行による競争を恐れる必要もない。その二、三年間、国内の金融市場では従来のような国有銀行による独占状態が続き、既得権益を有する各利益集団にも殆ど影響がなく、現行の利益配分の構造がそのまま維持されることになる。金融改革が日々の話題として取り上げられていたとしても、比較の対象もなければ選別もないため、重大な金融不祥事がない限り、いい加減な改革が可能となってしまう。

実際、問題を先送りするこうした方法は、結局のところ急進的な改革をもたらすことになる。その結果、中国の金融システムは非常に危険な状況を強いられる可能性が高い。数年後、国有銀行は力の強い競争相手からの挑戦を突然受けることになるだろう。こうした強大な競争相手に対して国有銀行が対抗できる力はないであろう。

以上から二つのことが言える。まず、十分な準備が出来ていない状況でいきなり対外開放を行うと、短期的には見かけ上の繁栄を実現することは出来るが、国有銀行の崩壊と金融危機が近い将来に発生してしまう可能性がある。そして、外資系銀行との格差があまりにも大きいため、対外開放後、当局はやむを得ず約束を破り、逆戻りの道を選択せざるをえない。その結果、信用が大きく傷つけられ、多大な商業的利益を失うことになる。こうした結果は、いずれも中国経済にとって非常に大きな代価を払うこと意味する。つまり、資本取引自由化は、その前提条件を整備しつつ徐々に進めていくことが求められているのである。

3)金融改革と対外開放の最適な順序

中国における金融危機を回避する処方箋として、漸進的改革を中心に、多くの提案がなされている。その中でも、政策の順序を明示したアジア開発銀行研究所による次の7項目からなるパッケージが妥当だと思われる(ADBI, 2002)。

  1. 何よりもまず、銀行部門の健全性を回復することが重要である。そのためには、国有商業銀行の不良債権問題を解決し、さらに国有企業の抜本的改革を行わなければならない。
  2. 不良債権のこれ以上の発生を防ぐため、国有商業銀行・国有企業の市場を重視したリスク・マネジメントを促進し、所有権の存在を明確にして効率的なインセンティブ構造を導入しなければならない。
  3. 以上の2点を実行する上では、失業保険や保障に関し、最小限のセーフティー・ネットを設けることが必要である。そのためには非常に大きな財政負担がかかってしまい、結果として国債が発行されることになるが、財政政策の維持可能性を保証するために中央銀行の独立性を認め、悪性のインフレを引き起こさないようにしなければならない。また、金融機関に対する効率的な監督ができるよう、独立した監督機関を設けることも重要である。
  4. 国内金融市場の開放により、国有銀行は拠点数の優位性を失ってしまう可能性がある。結果、リスクテイク能力がないにもかかわらず、短期的に過度のリスクを取ろうとしてしまう。新たな環境の下で銀行が利益を稼ぐ能力をつけるため、対外開放には十分な時間をかけなければならない。そのため、金利の自由化に関し、預金金利よりも貸出金利を、短期金利よりも長期金利を、それぞれ優先して自由化させるべきである。
  5. 国内金融市場への参入規制を緩和することで、多くの金融機関が参入し、競争が激しくなる。そのため、過度にリスクを取ろうとする行動が発生してしまい、金融システム自体のリスクが高まってしまう。このため、国内金融市場に優れたリスク管理能力を導入できるよう、評判の高い外資系金融機関の参入を奨励しなければならない。
  6. 資本勘定の自由化に当たり、上手く計画しなければ、資本の期間構造や通貨構成のミスマッチが発生してしまい、通貨・金融危機の可能性が高くなってしまう。しかし、外資系銀行の参入を促進することで、銀行セクターや金融サービスの自由化がますます促進され、資本勘定の効率的な自由化の速度が速くなるのである。
  7. 自由な資本移動、独立した金融政策、為替レートの安定、この三つを同時に達成できないというトリレンマ問題を考えると、資本移動が自由化された時、インフレ抑制的な金融政策を維持するためには為替レートの変動を許容しなければならない。しかし、中国の金融市場は小さく、そこで大きな資本移動が行われると、為替レートや資産価格の大きな変動が起こってしまう。その結果、貿易や直接投資に悪影響が及んでしまうのである。つまり、ある程度の為替レートの変動を認めることが最適であると考えられる。また、短期的な通貨の切り下げやバランスシートの崩壊による通貨・金融危機を防ぐために、中国が積極的に参加する形でアジア地域における最後の貸し手となる機関を設立すべきである。

しかし、経済の理論では評価できるこのパッケージも、既得権益集団の反対やイデオロギーの壁にぶつかる可能性が高く、実行可能性には疑問が残るであろう。上述したビッグバン・シナリオが現実になる可能性も否定できない。結局、途上国のこれまでの資本勘定の自由化の経験から判断して、中国においても、今後、金融危機が起こる確率は非常に高いと言わざるを得ない。そのため、銭穎一・黄海洲(2001)が主張しているように、当局は危機回避のための方策のみならず、一旦危機が発生してしまったときの対応策も前もって用意しておく必要がある。

2002年11月11日掲載
2003年3月18日改訂

文献
  • 銭穎一、黄海洲(2001)「加入世界貿易組織後中国金融的安定と発展」、『経済社会体制改革比較』、第5期
  • 徐滇慶(2002)「金融改革的当務之急」
  • ADBI(2002)"Policy Proposals for Sequencing the PRC's Domestic and External Financial Liberalization," Asian Policy Forum (APF) Secretariat, The Asian Development Bank Institute. http://www.adbi.org/apf-report/2002/10/01/387.prc.financial.liberalization.sequencing/

2003年3月18日掲載