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執筆者 著:池田 信夫 出版社 日本経済新聞社 / 定価1600円+税 ISBN 4-532-14945-2 発行年月 2001年12月 購入 Amazon.co.jp / ビーケーワン
- はじめに/目次
- 参考文献・リンク集
- 池田信夫:その他の著書・論文・書き物
- 用語解説
- 略語対照表
- 正誤訂正
内容紹介
世界的な「IT不況」は予想以上の広がりを見せている。ドットコムの破綻に始まったバブルの崩壊は、ISPやコンピュータ・メーカーを巻き込み、通信会社や半導体メーカーへとサプライ・チェーンをさかのぼり、日本を含むアジアに飛び火している。これを見て、IT(情報技術)そのものの将来を悲観する見方も多いが、歴史を振り返ってみればわかるように、これはインターネットの終わりではなく始まりの兆候である。
産業革命以来、鉄道、石油、自動車、電話などの新しい産業が生まれた時期には、同じような「ゴールド・ラッシュ」が起こり、多くの企業が参入したが、価格競争の消耗戦と買収・合併をへて生き残ったのは、スタンダード石油やGM(ゼネラル・モーターズ)など、ごく一部の巨大企業だった。大部分の投資家は損をしたが、産業は発達し、消費者は大きな利益を得た。 アマゾン・ドットコムの創業者ジェフ・ベゾスは、これを「カンブリアの大爆発」(約5億年前に突然多くの化石に残る生物が出現した現象)になぞらえている。環境の変化にともなって新しいタイプの生物が生まれるときには、まず突然変異によって多様な種が爆発的に生まれ、その中から強い種が選ばれることによって安定した生態系が形成されるのである。
その意味で、DSL、光ファイバー、無線LANなど多くのブロードバンド・サービスが一斉に登場し、激しい値下げ競争が始まった現在の日本は、「大爆発」の時期に入ったように見える。これは日本経済全体にとっても大きなチャンスである。現在のインターネットを支えているのがパソコンやソフトウェアなどの米国主導の産業であるのに対して、ブロードバンドの用途として想定される映像や音楽は、日本の家電産業の得意分野だからである。
ところが日本の企業や官庁が力を入れているのは、次世代携帯電話やデジタル放送である。電話とテレビは20世紀の大衆社会を代表するヒット商品だが、その成功体験の延長上に新しい産業が生まれるかどうかは疑わしい。インターネットは、こうした技術のよって立つ産業構造を根底からくつがえしたからだ。これまで日本がインターネットに立ち後れてきたのは、長期的な戦略なしに電話会社は古いインフラにこだわり、政府は電話時代の規制の延長上で利害調整を続けてきたためだ。そして、いまだに放送局も電機メーカーも旧来の発想を脱却できず、インターネット時代の戦略を描けていない。
インターネットは「eビジネス」や「ドットコム」と同義ではない。バブルが崩壊しても、インターネットの通信量は世界全体で倍増しており、電話網からIPネットワークへの変化は不可逆で全面的である。IPは効率において電話をはるかにしのぐばかりでなく、何よりもすべての情報を同じインフラの上で競争させることによって、自由で多様なサービスを実現するからである。それは電話会社や放送局がインフラから情報まで独占して「配給」する社会主義からユーザーを中心とする市場経済への移行であり、移行期にはさまざまな混乱がともなうが、もとの社会主義に戻ることはありえない。
本書は、こうした観点から、ブロードバンドの経済的・社会的な意味を考え、それに対応するために政府や企業にはどんな戦略が必要かを考えるものである。したがってハウツー的な技術情報は書かれていないので、「DSL業者はどこがよいか」といった知識を求める読者は、他の本を読んだほうがよい。
私は、2001年春まで国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(グローコム)に勤務し、多くの企業のご支援を得て「ワールドワイドビジョン・イニシアティブ」(WWVi)という非営利組織を結成し、ブロードバンド時代を実現するための技術的・経営的・制度的な課題について考えてきた。本書は、その活動の総括ともいえる。
1999年にWWViが"TV over IP"というスローガンを掲げてスタートしたとき、多くの企業や官庁の反応は「何をいっているのか」という調子だった。当時はダイヤルアップ接続のインターネットも普及し始めたばかりで、テレビは「デジタル放送」によって次世代のメディアになると信じられていたからだ。今の状況を見ていると、時代がようやくWWViの発足時の理念に追いついてきたように見えるが、2年間の調査や実験でわれわれが学んだことは、逆にブロードバンドへの道は予想よりも遠いということだった。
本書は「モジュール化」して書かれているので、各章は独立に読める。特に技術的知識のある読者は、第1・2章は飛ばしてよい。逆に第5章は技術的な話題が多いので、一般のユーザーは省いてもかまわない。手っ取り早く結論を知りたい読者は、第7章を読んでから疑問を抱いた点について前にさかのぼって読んでもよい。専門書ではないので、技術的な話は最小限にしたが、やむをえず一般になじみのない通信技術についてやや細かく記述したところがある。これは論旨を明確にするための説明なので、みずみまで理解していただく必要はない。カタカナやアルファベットもなるべく減らすよう努力したが、結果的にはかなり略語が多くなったので、本文には綴りを書かず、巻末の索引にまとめた。
本書は、これまで私がグローコムの研究報告書や雑誌などに書いた原稿をもとにして書き直したものである。原稿の骨格は早くからできていたが、私の職場が変わるなどの事情で執筆が遅れるうちにどんどん状況が変わり、後半を書いているうちに前半の原稿が使えなくなって、結局ほぼ全面的な書き下ろしとなった。特にNTTをめぐる問題については、公文俊平所長を初めとするグローコムのスタッフと議論した結論を林紘一郎氏と共著で書いた論文をもとにしている。3年半にわたって研究を支援してくださったグローコムのみなさんと、WWViをご支援いただいたメンバーの方々にあらためてお礼を申し上げたい。また編集作業を手伝ってくれた小室健君と、遅れる執筆を忍耐強く待ってくださった日本経済新聞社の堀口祐介氏にも感謝したい。
池田信夫
目次
※第一章(全文)をPDFファイルでお読みいただけます。
はじめに
第1章 ブロードバンドとは何か
- マルチメディアからブロードバンドへ
超高速インターネット/ブロードバンドは「マルチメディア」ではない/ニワトリと卵 - すべての道はIPへ
「収穫逓増」の幻想/技術と組織のモジュール化/インターネット革命/Everything over IP/メディアの生態系
コラム:インターネットとパケット交換
- マルチメディアからブロードバンドへ
第2章 最後の1マイル
- DSLとケーブル・インターネット
ISDNの失敗/DSLブームの光と影/ケーブル・インターネット - 光ファイバー時代は来るか
余る光ファイバー/「100メガ6000円」の衝撃/NTTは変われるか
- DSLとケーブル・インターネット
第3章 通信と放送は融合するか
- ニューメディアとマルチメディア
INSとキャプテン/ビデオ・オンデマンド/宙に浮いた放送衛星/失速する通信衛星/マルチメディアからインターネットへ - ハイビジョンの悲劇
長すぎた春/政治に翻弄された革命/「ハイビジョンつぶし」のためのデジタル放送/HDTVのアンバンドリング - デジタル放送の泥沼
つまづくBSデジタル放送/データ放送の大失敗/破綻した地上波デジタル化計画/アナアナ変換のアナクロニズム/挫折した米国のデジタル放送/デジタル放送の「真珠湾」
コラム:IP over DTV
- ニューメディアとマルチメディア
第4章 メディアの変貌
- コンテンツは王様か
マスメディアは「すきま産業」/コンテンツからコミュニケーションへ/視聴率のパラドックス/テレビ業界・搾取の構造/映像産業の可能性 - 情報は自由を求めている
ナップスターの衝撃/著作権の呪縛/オープンソース/コピーライトは「著作権」ではない
コラム:映像のデジタル化
- コンテンツは王様か
第5章 インターネットを超えて
- インターネットかブロードバンドか
「100メガビット」の落とし穴/ボトルネックはインターネット/ベスト・エフォートから帯域保障へ/インターネットの終わり? - IPから光スイッチへ
IPv6は日本を救うか/共有地の悲劇/帯域の過剰/全光ネットワーク/ストレージ・ネットワーク
コラム:ラムダ・ルーティング
- インターネットかブロードバンドか
第6章 電波はだれのものか
- 携帯電話の限界
iモードの奇跡/第3世代携帯電話はブロードバンドになれるか/携帯電話の政治力学/周波数オークションの惨劇 - 無線インターネット革命
無線LANの登場/ユーザーによるユーザーのためのネットワーク/無線インターネットを阻むもの - 電波社会主義の解体
巨大な荒地/周波数と所有権/電波のIP化/帯域の市場
コラム:固定無線
- 携帯電話の限界
第7章 日本の戦略
- IT政策の貧困
郵政省対NTTの16年戦争/「ドミナント規制」の愚/「マイライン」の不毛/天動説行政の病理 - NTT問題との訣別
不良債権となる電話網/「普通の会社」への道/ユニバーサル・サービス/NTTが変われない本当の理由/NTT完全民営化への提言/電話会社からIPカンパニーへ - テレビの終焉
最後の護送船団/NHKとNTTの競争/放送業界の「民営化」への提言/放送の通信への統合 - 大競争時代のIT戦略
垣根行政から階層モデルへ/アンバンドリングの限界/設備ベースの競争/日本の岐路
- IT政策の貧困