ASEANの危機リーダーシップの静かなマスタークラス

ARMSTRONG, Shiro
ノンレジデントフェロー

東南アジアが戦略的なステイトクラフトで評価されることはめったにない。多くの人にとって、ASEANは、合意主導型で、動きが遅く、宣言に重点を置いているという、おなじみの不満のように聞こえる。しかし、過去75年で最も深刻な貿易体制への衝撃(第2次トランプ政権の発足後に起きた保護主義の急拡大)に対して、ASEANはその多様性を踏まえれば、他の多くの国・地域グループでは到底まねできないような迅速さ、規律、戦略的明確性をもって対応してきた。今日の世界経済の混乱において「見過ごされがちな成功例」を探しているのであれば、ASEANの最近の業績は上位に位置付けられる。

世界経済が分断に向かって漂流する中、マレーシアがASEAN議長国に就任した。しかし、この地域が試される象徴的な瞬間は、米国のトランプ政権がいわゆる相互関税を発表した4月2日の「解放の日」であった。こうした措置は、2国間の貿易赤字に基づくとされ、アジア経済に特に深刻な打撃を与えた。貿易による大きな影響を受け、グローバル・バリュー・チェーンに深く組み込まれており、貿易ルールの予測可能性に依存するASEAN諸国にとって、その衝撃は商業面だけにとどまらなかった。それは、アジアにおける発展モデルと政治的安定を支えるルールに基づく秩序に対する直接的な挑戦だった。

ASEANが下した賢明な選択:報復ではなく、協調

このような局面では、多くの国での政治的な本能的反応は、報復がデフォルトである。関税には関税で反撃し、国内世論に強硬姿勢を示す。こうした反応は、交渉上の影響力を構築しているように見えるかもしれない。これは感情的には満足を与えるかもしれないが、経済的には危険なアプローチである。特に開かれた、安定的な市場で繁栄する中小国の経済にとってはなおさらである。

ASEANが下した最も重大な決断は、その逆のことを行うことであった。インドネシアの大統領、またマレーシア、フィリピン、シンガポールの首相等、主要な指導者は、迅速に非報復的かつ協調的な姿勢へと動き、共通のメッセージを打ち出した。すなわち、一国主義を非難し、多国間ルールへのコミットメントを再確認し、保護主義の連鎖に加わるのではなく、地域統合を深化させるという立場である。

これは必然の結果ではなかった。東南アジアはここ数年、貿易の迂回や製造業の着実な移転など、米中間の緊張による副作用とともに生きてきた。「解放の日」以前より、米国市場から締め出された中国製品は東南アジアに「氾濫」し、各国政府は地元の生産者を「保護」するよう圧力を受けていた。新たな関税制度は、その「洪水」を「津波」へと変えてしまうリスクがあり、ASEAN諸国がそれぞれ個別に新たな障壁やセーフガード、場当たり的な取り決めに踏み切る誘惑が高まっていた。

ASEANの成果は、個々に二国間の取引をまとめようとするという当初の本能を抑え、最大の脅威は特定の関税品目や特定の産業ではなく、この地域を開かれた投資可能な状態に維持してきたルールや慣行が侵食されつつあると認識した点にあった。言い換えれば、危機はシステム全体に及ぶものであり、その対応は集団的であるべきだった。

重要な制度改革:地経学タスクフォース

ASEANの対応において最も重要かつ過小評価されがちな点は、修辞ではなく、制度面的にあった。2025年2月下旬、ASEAN経済閣僚非公式会議において、各国大臣は、外部ショックを監視し、集団的な対応を調整するための「トラック1.5地経学タスクフォース」を立ち上げることで合意した。これは、従来のやり方から意図的に踏み出した大きな転換であった。インドネシアが提出した「ノンペーパー」は、実務的な議題の整理に寄与した。つまり、世界貿易機関(WTO)を中心とする貿易体制の再確認、関税報復や追随の回避、そして何より重要な点として、ASEAN域内のパートナーへ負担を押し付ける「近隣窮乏化政策(beggar-thy-neighbour)」を回避するというものだった。

この種の協調は一見すると技術的に聞こえるが、まさにそうした取り組みこそが、危機が地域全体の「自傷行為」へと発展するのを防ぐものである。貿易が迂回され、国内政治がなんらかの対応を要する状況では、最も容易な道は、各国が自国の短期的な問題を解決するために一方的な措置をとることだが、結果的には隣国や地域の信頼を損なうこととなる。ASEANのタスクフォースは、リアルタイムで情報を共有し、政策を調整し、地域経済全体への悪影響の波及を管理するための「内部的な規律の仕組み」を生み出したのである。

マレーシアとインドネシアはこのタスクフォースの共同議長を務め、特筆すべき事例として、ASEANの「各柱(pillars)」を全体にタスクフォースを横断して連携させるという初の試みを行った。つまり経済官庁だけでなく外交当局のルートにも報告を行う仕組みである。こうした「柱を越えた調整」は、現在広く認識されている現実を反映している。すなわち、経済と安全保障は切り離されたものでは決してなかったが、現在では不安定な形で絡み合っている、ということである。

アンワル・イブラヒム首相は7月9日のASEAN外相会議で、このことを明確に述べた。つまり、「われわれが直面している課題は官僚主義的なデマケなど関係なく」、外交政策と経済政策の経路をより緊密に連携するよう促した。これは、地域が地経学を国家の安全保障として扱いながらも、開放性を放棄しないという姿勢を示す言葉である。

ASEANはまた、しばしば欠けていると批判される「迅速さ」を示した。4月10日(解放の日)からわずか1週間後、ASEAN経済担当大臣会合を開き、関税を非難し、多国間貿易体制への支持を再確認、さらなる統合を進めることを約束した。市場の信頼が数日のうちに揺らぎかねない世界では、タイミングが重要である。この迅速な対応は、投資家や企業、パートナー国に対し、ASEANが二国間の威圧によって混沌とした競争的保護主義へ転落するつもりはない、という明確なメッセージとなった。

ASEANの中心性は「バラスト」:プラットフォームとしてのRCEP

ASEANの反応が規律あるものだったのは、リスクが極めて大きかったからである。東南アジアがグローバル・バリュー・チェーンに統合されたことで、各国は米国向けの輸出を大きく増加させ、その中には、米国が現在「不公平」と位置づける巨額の貿易黒字を抱える国もある。その評価が妥当かどうはともかく、その結果として生じた現実は明確である。つまり、ASEAN諸国は不釣り合いなほどに標的とされたのである。また、ASEAN諸国の経済は貿易への依存度が非常に高く、貿易額のGDP比平均は100%を超えるほどで、システム全体の混乱は、雇用、成長、政治的安定に対し大きな脅威となる。

東アジア経済研究所(EABER)とインドネシア戦略国際問題研究所(CSIS)によるモデル化において、この脆弱(ぜいじゃく)性を強調している。「解放記念日の関税」の下では、東南アジアのGDPは2.3%、雇用は5.9%減少する見込みだ。貿易戦争が激化すれば、その損害は壊滅的なものになるだろう。この教訓は、単に「関税は悪い」ということではない。それは、貿易依存度の高い地域にとって、ルールの崩壊は生存を脅かすリスクであり、したがって、開放的な貿易からの後退を集団的に抑制しようとする強力な動機となるのである。

ASEANの戦略的創造性が、より広範な地域と多角的貿易体制にとって重要となる点はここである。ASEANは米国に「取って代わる」ことも、大国のどちらか一方を選択しようとしていない。むしろ、選択肢の幅を確保する仕組み、つまりルールと制度に支えられたASEAN中心の地域主義への関与を強化しているのである。

ASEANにとって最も重要なのは、地域的な包括的経済連携(RCEP)である。EABER-CSISのモデルによると、RCEP加盟国がその約束を完全に履行し、世界的な関税の波及が拡大しても関税引き上げを控えるならば、ASEANは貿易と所得の崩壊ではなく、成長を実現できる。保護主義の連鎖に加わるか、RCEPを実施しつつ踏みとどまるかの違いは、地域経済の将来に実質的な影響を及ぼす。

ASEANおよび東アジア地域にとって、RCEPは単なる貿易協定ではない。それは政治的安定をもたらす枠組みであり、経済的威圧に対する重要な緩衝材である。「解放の日」の数日前、中国、日本、韓国の貿易担当大臣は、RCEPを協力の基礎として言及した。これは、ASEANの「中心性」が北東アジアに対しても、地域の開放性を維持するための実効的な手段を提供していることを示す一例である。

RCEPの規模(世界のGDP、人口、貿易の約30%)を考えると、同協定には規範を外部へと発信しうる世界的な重みがある。ASEANとそのパートナーがRCEPを単なる法的文書としてだけでなく、保護主義に対抗するための政治的手段として活用すれば、協定の統合という非現実的な目標を掲げることなく、CPTPP加盟国や欧州連合など、開放的な貿易国の他の連合ともつながることができる。重要なのは、ルール、透明性、そして「力こそ正義」の経済を拒絶するといったハイレベルの整合性という、実務的な収斂である。

ゼロサム型の圧力から抜け出す「出口」としての多国間主義

ASEANのより深い貢献は、制度的であると同時に哲学的なものでもある。その中核的原則である戦略的中立性、平等な扱い、包摂性、多国間主義は、大国間競争が他国に押しつける偽りの二分法から抜け出す道を提示している。「経済安全保障」という言葉が、圧力、排除、威圧を正当化するためにますます用いられる世界において、ASEANのアプローチは政策の余地を確保する。すなわち、戦略的競争の最中であっても、各国が幅広く協力し、リスクを分散し、開かれた貿易経路を維持することを可能にしている。

ASEANの信頼性は、加盟国が実効性のあるルールへのコミットメントを示すことにかかっている。2025年5月にマレーシアがWTOの多数国間暫定上訴仲裁アレンジメント(MPIA)への参加を決定したことは、その重要な例である。MPIAは、2019年以降、米国が上級委員会(Appellate Body)の委員任命を拒否し続けてきたためにWTOの上級委員会が機能しなくなっている状況を受けて設けられた制度である。MPIAへの参加は、紛争解決ルールへの説明責任を維持する選択であると同時に、他国が約束に違反する措置をとった場合にその説明責任を問う姿勢でもある。MPIAはカナダと欧州連合によって開始された。日本とフィリピンは2024年にMPIAに参加しており、東アジアでは当初の署名国であるオーストラリア、中国、シンガポール、ニュージーランドに加わった。

多くのASEAN加盟国がまだ参加していない現状において、ASEAN内でMPIAへの参加を拡大することは、深刻な緊張期に貿易システムの法の支配機能を強化するための実務的な一歩となるであろう。

今後の難題:取引をまとめつつ規律を保つこと

こうした状況を前に、今後の課題を理想化して語るつもりはない。懲罰的な関税がインセンティブを変えていく中で、多くの国が米国との二国間取引へと引き寄せられることになるだろう。最大のリスクは、圧力下で交渉された「解決策」が、署名国自身の多国間利益を損なうことになり、ASEANの近隣諸国やその他の主要パートナーとの関係を損なうことである。ASEAN内部で合意された近隣窮乏化政策を回避するという取り決めは、こうした誤りに対する重要な安全弁であるが、試される局面が訪れるだろう。

マレーシアが米国と相互貿易協定(ART)を締結したことは、貿易の迂回を招き、解釈によっては、マレーシアが経済パートナーを選択する自由が制約されてしまう可能性がある。まさにこれこそがASEANの集団的枠組みが重要となる理由である。つまり、各加盟国が地域全体の利益を犠牲にしてまで、狭義の救済策を単独で追求する誘惑を抑える役割を果たすのである。

二つ目の試金石は、制度的な継続性である。地経学タスクフォースは、2025年末にASEANの調整に関する提言をまとめた報告書を作成した。現在問われているのは、このタスクフォースが経済と安全保障をつなぐ制度的な橋渡しとなるのか、それとも関心が移るにつれて消えていくのかという点である。次の危機は、ASEANが調整手段をゼロから作り直すのを待ってはくれない。

本コラムの原文(英語:2026年2月18日掲載)を読む

2026年2月25日掲載

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