Special Report

霞が関における経験者(中途)採用の意義とは②〜外と内の融合でイノベーションを起こす〜

中舘 尚人
コンサルティングフェロー

(1)「新しい資本主義」はイノベーティブな政府を求める

近年、日本政府は「新しい資本主義」を掲げている。これまでの「新自由主義」は“小さな政府”を標榜し、市場や競争に任せればうまくするというアプローチで経済成長を促したが、経済的格差の拡大、気候変動問題の深刻化、経済安全保障リスクの増大など多くの弊害を生んだ。そのため、「新しい資本主義」では①市場も国家も、官も民もという新たな官民連携によって、②社会的課題解決と経済成長の二兎を追い、③国民の持続的な幸福を実現することを目指している(注1)。

また、経済産業省でも「経済産業政策の新機軸」を2022年に打ち出している。これまでの「構造改革アプローチ」は市場機能の重視や、“政府の失敗”の懸念から市場環境整備や小規模・単発・短期な財政出動にとどまり、格差拡大やグリーン・デジタル化の遅れ、GDP・産業競争力の低下を招いた。そのため、経済成長・国際競争力強化と多様な地域や個人の価値観を最大化する包摂的成長の両者を実現する①経済社会システムの基盤を組み替え、経済社会課題の解決に向けて、②大規模・長期・計画的なミッション志向の産業政策を実施している(注2)。

これらの政策の転換の理論的支柱の1つは、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのマリアナ・マッツカート教授の「企業家としての国家」だと考えられる(第1回 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 資料4 p.3)。iPhone等の民間イノベーションもそれを支える基盤技術は政府の研究開発支援の結果であり、民間企業はそれを実用化して儲けている。そのため、「政府は積極的な介入は避けて、市場の失敗の是正にだけ務めるべき」という従来の認識は誤りで、「政府はアポロ計画のようなミッション型政策を通じて、大胆な投資を行い、新たな市場を創造し、画期的なイノベーションを牽引すべき」と主張している。

マリアナ・マッツカートの主張

つまり、「新しい資本主義」や「経済産業政策の新機軸」を実現する日本政府には「イノベーションの牽引」に力を入れることが求められており、そのために政策や組織も従来のあり方から変化が求められている。

(2)イノベーティブな政府に変わるための要件

イノベーションに関する代表的な研究を振り返り、イノベーティブな政府に変わるために必要な要件について検討する。

オーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーターは、イノベーションとは「経済活動の中で、生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で“新結合”すること(発明ではない)」と定義し、「企業家(アントレプレナー)が“新結合”の担い手となり、均衡を崩して新しい均衡を生み出すことで、経済発展が起こる」と主張している。

また、ハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授は、「イノベーターが成功して大企業になると、持続的イノベーションに注力して、新興企業が生み出した破壊的イノベーションに対応できずに、負けてしまう」と“イノベーターのジレンマ”と主張した。また、その解決策として、スタンフォード・ビジネススクールのチャールズ・オライリーとハーバード・ビジネススクールのマイケル・タッシュマンは『両利きの経営』で、「大企業でも“知の深化”と“知の探索”という2つの異なるモードを両立すれば、“イノベーターのジレンマ”を克服できる」と主張している。

特に科学技術イノベーションについては、京都大学の山口栄一教授が「技術イノベーションは“パラダイム持続型技術”と“パラダイム破壊型技術”があり、前者は“知の具現化(開発)”だけで良いが、後者は“知の創造(発明)”をした上で、“知の具現化(開発)”が必要となる。“知の創造(発明)”は学問分野間を越境する“回遊”によって創発的に引き起こされる。そのため、共鳴の場で、文理の壁や専門ごとの縦割りにとらわれることなく、“知の回遊”を起こせるイノベーション・ソムリエが必要である」と主張している。

また、パラダイム・シフトの研究者のジョエル・パーカーは、「インサイダーは既存のパラダイムにとらわれてしまうので、アウトサイダーこそがパラダイム・シフトの兆しを気付くことができる」と主張している。パラダイム・シフターになれるアウトサイダーは4分類され、①研修を終えたばかりの新人、②違う分野から来た経験豊かな人、③一匹狼、④よろずいじくり回し屋、である。

つまり、イノベーティブな政府とは、既存の活動の延長線上にある“知の深化”に加えて、「既存知識が異なる方法で“新結合”すること」が必要であり、まったく新しい方向性への“知の探索”が必要となる。それを既存組織の仕組みのままで実施するのは難しく、別組織や出島の形にしつつ、組織全体としては既存組織と高次で統合されている必要がある。また、パラダイム・シフトに対応するためには、既存のパラダイムにとらわれていないアウトサイダーが重要で、経験者採用者はアウトサイダーとして組織に新たな気付きをもたらす可能性がある。

(3)経験者採用による「最先端の知の取り込み」「慣習のアップデート」

イノベーティブな政府に必要な“知の深化”と“知の探索”という観点から、経験者採用者の貢献について考察する。“知の深化”として「最先端の知の取り込み」、“知の探索”として「慣習のアップデート」が考えられる。

①最先端の知の取り込み

採用情報等によると、経済産業省の経験者採用者で以下の事例がある。

現場の最先端の知の取り込み
  • 半導体
    大学の博士課程まで半導体を研究し、その後も民間企業2社で半導体の研究開発に10年以上関わる。低迷する日本の半導体産業を立て直したいと考えて、経済産業省に転職し、商務情報政策局情報産業課で半導体政策の研究開発事業を推進する。
  • 海外インフラ
    コンサルティング会社3社で、「海外×インフラ」をテーマに10年以上取り組む。民間だけでなく、政官との連携が重要であり、政府の立場から推進したいと経済産業省に転職し、貿易経済協力局貿易振興課でインフラ輸出の支援事業を推進する。
  • 福島復興
    東日本大震災後、NPOで「福島復興」の立案や実行を担う。その後も自治体のアドバイザー等を務める。「個別の現場で見たものを霞が関に持ち込みたい。」と考えて経済産業省に転職し、公益財団法人福島イノベーション・コースト構想推進機構に出向し、福島復興を推進する。

上記のような経験者採用者は前職の経験に基づき、当事者視点の問題意識や最先端の知を提供できる。一方、それらの専門性を政策に昇華させるためには、予算や法律のプロセス等、行政のジェネラリストとしての要素も兼ね備える必要がある。これは、個人(経験者採用者)が行政スキルを習得することに加え、より高い行政スキルを持つ新卒採用者と協働することで組織として高いレベルで実現することができる。外部の専門家としてとらえ過ぎると融合できなくなり、過度に同化を求め過ぎると専門性を生かせないため、従来の行政を発展させた組織全体として高次なレベルでの統合・両立が求められる。

②慣習のアップデート

ソトナカプロジェクトのアンケートによると、「上司が感じる経験者採用者の良さ」は以下の通りである。

上記のように、経験者採用者と新卒採用者が一緒に仕事をすることで、暗黙知の言語化や多角的な議論ができる、前例にとらわれずニュートラルな立場からの挑戦で周囲を活性化できる、新しいスキルやツールを学ぶことができる、等と経験者採用者は評価されている。重要な点は“経験者採用者と新卒採用者が一緒に仕事をすること”であり、経験者採用者も外部から見た批評家視点ではなく、新卒採用者との議論を通じて、現在の仕組みになっている合理性や経緯を理解できて、過去の経緯やしがらみを踏まえつつも未来を見据えたバランスの良い政策を作ることができる。

(4)経験者採用をきっかけに、新卒採用者の“個人内多様性”も高まる

(3)では経験者採用者をきっかけとした最先端の知の取り込みや慣習のアップデートについて述べたが、経験者採用者だけでなく、さまざまな経験を積んだ新卒採用者も同様に、組織に「認知的多様性」をもたらすことができる。

早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授は、組織におけるダイバーシティの中で「“個人内多様性”(イントラパーソナル・ダイバーシティ)」が重要と言っている。これは、1人の人間の中で多様な幅広い経験があることを意味する。両利きの経営のために、“知の探索”を行う方法は①人が会社組織の外に出ること、②組織にバラバラな人材を入れること、の2つがあり、①は、転職しなくとも、兼業・副業という形で実施可能であり、普段の業務と遠く離れたところで、知を得て人脈を得る経験が会社の本業に生きる、と述べている。

実際に、経済産業省には、人事異動で数年おきにまったく異なる分野の産業に関わる経験ができることに加えて、海外駐在や留学、地方自治体出向、民間企業出向、ベンチャー派遣など、省外へと出る機会がある。パートナーの海外勤務に伴い、配偶者動向休業を使って、海外大学に進学したり、海外企業で働いたりとさまざまな経験を積む事例も増えている。また、仕事に限らず、週末のボランティア活動や育児、介護等の仕事・学業以外の活動を通じても、多様な経験は得られる。

また、「経験者採用の本格化」と「新卒採用者の“個人内多様性”の拡大」は互いに好影響を与え合うという相乗効果も見込める。つまり、経験者採用者が増え、前職の経験に基づいて活躍したり、新たな視点をもたらしたりすることで、新卒採用者も刺激を受けて、経験の多様性を求めて、さまざまな分野・組織で働こうと考える人が増える。また、そのような経験を新卒採用者が増えると、相対的に組織をとらえるようになり、異文化に対する受容度が上がるので、経験者採用者がますます活躍しやすくなる。

経験者採用と個人内多様性の相乗効果

社会や政策の潮流が変化する中で、イノベーティブな政府が求められている。霞が関における“経験者採用の本格化”は、①現場の最先端の取り込み、②古い慣習のアップデート、という変化をもたらす。また、経験者採用をきっかけに、新卒採用者の「個人内多様性」も高まり、経験者採用との好循環を生み出して、イノベーティブな政府へ進化し、新しい資本主義や産業政策の新機軸の実現に貢献できる。

脚注
  1. ^ 「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 ~人・技術・スタートアップへの投資の実現~」令和4年6月7日
    https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/ap2022.pdf
  2. ^ 第1回 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 資料4、資料5
    https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/001.html
    RIETI BBL「経済産業政策の新機軸ー新しい産業政策の考え方についてー」2022年6月16日
    https://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/22061601.html
参考文献
  • マリアナ・マッツカート『企業家としての国家 イノベーション力で官は民に劣るという神話』薬事日報社、2015年
  • マリアナ・マッツカート『ミッション・エコノミー:国×企業で「新しい資本主義」をつくる時代がやってきた』News Picksパブリッシング、2021年
  • J.A.シュンペーター『経済発展の理論』岩波文庫、1977年
  • クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ』翔泳社、2001年
  • チャールズ・A・オライリー, マイケル・L・タッシュマン『両利きの経営』東洋経済新報社、2019年
  • 山口栄一『イノベーション政策の科学 SBIRの評価と未来産業の創造』、東京大学出版、2015年
  • ジョエル・バーカー『パラダイムの魔力』日経BPマーケティング、1995年
  • 入山章栄『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』日経BP、2015年

2024年1月15日掲載