災害対応と不確実性のマネジメント:第1回 “ウィズ不確実性”の時代

中舘 尚人
コンサルティングフェロー

1)チリ落盤事故の奇跡

2010年8月5日、チリのサン・ホセ鉱山で落盤事故が起こり、33名の作業員が地下600mに生きたまま閉じ込められた。避難所の場所を突き止められる確率は1%以下だとする掘削作業者がいるほど絶望的な状況だったが、その70日後、チリ政府は生きたまま33名全員を救出することに成功した。この奇跡の救出劇は世界中を驚かせた。

ハーバード・ビジネススクール教授のエイミー・C・エドモンドソンはこの救出劇の成功要因を以下の3つと分析している(注1)。1つ目は、リーダーが希望を語りながらも、現実と向き合ったことである。鉱山大臣は「必ず作業員を連れて帰る。ただし、生死は問わない。」と公約した。何もできずに費用が無駄になるという意見もある中で、チリ政府が政治リスクを犯して、結果を約束したのは大きい。一方で、冷静に現実を評価した上で、どうすれば成功確率が上がるか、を考え抜いた。2つ目は、多様な専門家の意見を取り入れながらも、雑音を排除してチームが集中できる環境を作ったことである。経験のない難局を乗り切るために、NASAなど他分野の専門家の意見も積極的に取り入れた。一方で、世界中から玉石混交のアイデアが集まる中、現場の混乱を避けるために、実現性などの観点から仕分けた上でアイデアを採用した。3つ目は、実験と学習によるイノベーションを求めながらも、規律的な実行をしたことである。曖昧かつ変化する環境で成功確率を上げるため、複数のやり方を試してすぐに評価し、何度も軌道修正を図った。「失敗は避けられないので、早く失敗して学ぶべき」と失敗を認めた。一方で、素早く実行するために、指示系統や現場規律は厳格に管理した。

このような未曾有の大事故や大災害に直面した時、事前に準備していたマニュアルやシミュレーションは役に立たない。代わりに求められるのは、希望を語りながらも現実を直視するリーダーシップ、多様な意見を取り入れつつも取捨選別をする専門家活用、試行錯誤によるイノベーションと規律的な実行の両立である。

図1:Freed Miners in Chile Tell of Ordeals and Plot New Lives (The New York Times Oct.13, 2010)(注2
図1:Freed Miners in Chile Tell of Ordeals and Plot New Lives (The New York Times Oct.13, 2010)
図2:チリ落盤事故、作業員69日ぶり地上に カプセルで救出(日経 2010/10/13)(注3
図1:Freed Miners in Chile Tell of Ordeals and Plot New Lives (The New York Times Oct.13, 2010)

2)“ウィズ不確実性”の時代の到来

平成28年4月の熊本地震、平成28年8月の台風第10号、平成29年7月九州北部豪雨、平成30年7月豪雨、平成30年9月台風第21号、平成30年9月北海道胆振東部地震、令和元年8月前線に伴う大雨、令和元年9月台風第15号、令和元年10月台風第19号など、近年は10年に1度と言われる自然災害が毎年のように、年によっては2、3回も全国規模で発生している。

また、上記の自然災害に加えて、令和2年に本格化した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により、感染症も災害であることが広く認識されるようになった(注4)。特に、感染症は自然災害と違って、1日〜数日で終わらず、ワクチンができるまで数年にわたって続くため、災害対応もより長期化・常態化が求められる。

ハーバード大学名誉教授のジョン・K・ガルブレイスは「不確実性の時代(The Age of Uncertainty)」(1978年出版)で、「20世紀の最後の四半世紀は確信の持てるような哲学がなくなり、先行きが見通せない時代になる」と予見したが、21世紀は技術革新と産業構造変化、競争のグローバル化、国際秩序の不安定化、災害など、さらに不確実性が増しており、ますます混沌とした世界となっている。長期化するコロナへの対応を指して、よく“ウィズコロナ”(注5)と言われるが、昨今は“ウィズ災害”とも言うことができ、さらに言うと“ウィズ不確実性”の時代である。この“ウィズ不確実性”の時代を生き抜くために、どのように業務や組織をマネジメントすれば良いのだろうか。

3)“ウィズ不確実性”の時代におけるマネジメント

業務には、大きく分けると、組立工場やレストランなどで行われるような「定型業務」と、宇宙ミッションや緊急救命室で行われるような「非定型業務」がある。

20世紀初頭にマックス・ヴェーバーが提唱した官僚制は、規模の大きな組織の管理システムで、合理性と安定性を重視し、「定型業務」の推進に向いていた。また、20世紀初頭にフレデリック・W・テイラーが提唱したテイラーシステムやヘンリー・フォードが提唱したフォードシステムも、科学的管理法に基づいて標準化と分業を行うことで、「定型業務」の効率性を著しく高め、大量生産を可能にした。

20世紀後半、米国の工場管理を取り入れて独自に発展させた形で、トヨタは「トヨタ生産方式」を、他の日本企業もそれに倣った生産管理方式を確立した。「必要なものを必要な時に必要な量だけ作る」という「ジャスト・イン・タイム」は生産量の調整がしやすく、“市場の不確実性”に対応可能になった。一見すると、在庫を持たないことは災害に脆弱に見えるが、東日本大震災やコロナなどの災害時に日本の工場がいち早く復旧したように、日本の現場は競争力と頑健性をバランスの良く両立している(注6)。このように、「定型業務」ばかりに見える組立工場だが、「多能工化」「カイゼン」などの「非定型業務」を続けてきた日本の現場は“さまざまな不確実性”に対して強い。一方で、日本の行政や企業の本社は依然として官僚制がベースになっており、“ウィズ不確実性”の時代に次々と発生する「非定型業務」に十分対応できていない。

この「非定型業務」に対応するための組織論として、エイミー・C・エドモンドソンはチーミング理論を提唱している。筆者は2020年3~6月にコロナ対策本部でアルコール消毒液の優先供給スキームの構築・運用の業務に携わったことから、その経験とチーミング理論をベースに「 “ウィズ不確実性”の時代におけるマネジメント」について考察したい。

脚注
  1. ^ Faaiza Rashid, Amy C. Edmondson, and Herman B. Leonard, [2013] "Leadership Lessons from the Chilean Mine Rescue", Harvard Business Review
    https://hbr.org/2013/07/leadership-lessons-from-the-chilean-mine-rescue
  2. ^ Alexei Barrionuevo and Simon Romero, "Freed Miners in Chile Tell of Ordeals and Plot New Lives", The New York Times, Oct.13, 2010
    https://www.nytimes.com/2010/10/14/world/americas/14chile.html
  3. ^ 「チリ落盤事故、作業員69日ぶり地上に カプセルで救出」『日本経済新聞』 2010年10月13日、電子版
    https://www.nikkei.com/article/DGXNAS3MM1M01_T11C10A0MM0000
  4. ^ 河田惠昭「パンデミックは都市災害だ 世界一危険な東京を救え!~欧米の事例から日本の危機管理を考える~」『中央公論.jp』 2020年7月8日
    https://chuokoron.jp/international/114395.html
  5. ^ 安宅和人「そろそろ全体を見た話が聞きたい2」2020年4月4日
    https://kaz-ataka.hatenablog.com/entry/2020/04/04/190643
  6. ^ 藤本隆宏『サプライチェーンの競争力と頑健性 ―東日本大震災の教訓と供給の「バーチャル・デュアル化」―』MMRC DISCUSSION PAPER SERIES No.354, 2011年5月
    http://merc.e.u-tokyo.ac.jp/mmrc/dp/pdf/MMRC354_2011.pdf
    藤本隆宏『アフターコロナ時代における 日本企業のサプライチェーンについての一考察』MMRC DISCUSSION PAPER SERIES No.530, 2020年5月
    http://merc.e.u-tokyo.ac.jp/mmrc/dp/pdf/MMRC530_2020.pdf
参考文献
  • エイミー・C・エドモンドソン『チームが機能するとはどういうことか 「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ』英治出版、2014年
  • ジョン・K・ガルブレイス『不確実性の時代』講談社、2009年
  • 藤本隆宏『現場から見上げる企業戦略論 デジタル時代にも日本に勝機はある』角川出版、2017年

2020年12月3日掲載