前回、“ウィズ不確実性”の時代が到来する中で、日本の現場は競争力と頑健性をバランス良く両立している一方で、日本の行政や企業の本社は依然として官僚制がベースで、次々と発生する「非定型業務」に対応できていないと述べた。但し、官僚制を全面的に否定しているわけではない。市場の変化や災害に強いトヨタ生産システム(注1)がテイラーシステムやフォードシステムから進化しているように、官僚制も今の時代に合わせて進化する必要があり、チーミング(teaming)理論の導入がその鍵になると考えている。
1)官僚制の普及・・・安定した環境下で、効率的に実行する組織
官僚制は巨大な組織を管理する仕組みで、古くは古代の中国の科挙(598〜1905)に遡る。身分や出自に関係なく、試験によって公平に登用する科挙は20世紀まで長期に渡って、安定的に中国社会を支えた。
西欧においても、近世に宗教改革が実施され、主権国家体制が確立される中で、官僚制と常備軍によって国王が国民を一元統治する絶対王政が出てきた。市民革命によって絶対王政が倒されて国民国家となった後も、近代官僚制として続き、現代に至るまで政府統治の基本形となっている。
マックス・ヴェーバーはこの近代官僚制を分析して、「伝統的支配(伝統が定めている個人による支配)」や「カリスマ的支配(超人的な資質を持つ個人による支配)」に代わる「(非人格的、つまり特定の個人に依らない)合法的支配」を可能にしたと述べている。その特徴は「専門知識と合理性による意思決定と文書主義による持続的・統一的な組織の実行」である(注2)。この特徴によって、縁故主義や情実主義、賄賂等による歪んだ意思決定や不公正な実行を防ぎ、官僚制は近代国家の土台となった。また、この特徴は、巨大組織の管理に有効だったため、企業においても導入されて、確実性の時代において、「定型業務」の積み重ねによって豊かな社会を築き上げた(注3)。
2)官僚制の限界①・・・過去に縛られて、臨機応変な対応ができない。
一方で、官僚制が普及する中で問題点も明らかになった。元アメリカ社会学会長のロバート・K・マートンは「官僚制の逆機能」として、①想定外への対応の弱さ、②手段の目的化、③前例主義による保守化、④権威主義的傾向、⑤セクショナリズム、などを指摘している(注4)。日本でも、元通商産業省の官僚の堺屋太一は「巨大な組織が潰れる原因は①機能組織への共同体化、②環境への過剰適応、③成功体験への埋没、である」と述べている(注5)。同様に、東大法学部教授の末広厳太郎は「役人学三則」で、①万事につき浅き理解を得るべし、②法規を盾に形式的理屈を言うべし、③縄張り根性を涵養すべし、と官僚制に基づく役人の仕事に対して皮肉を述べている(注6)。
つまり、官僚制は、静的な環境における合理的かつ統一的・持続的な実行には向いているが、その合理性と統一性・持続性ゆえに形式化・硬直化してしまい、想定外の変化や動的な環境への対応には向いていない。特に、不確実性の時代において、外部環境変化に合わせて素早く変化する「非定型業務」が求められるため、官僚制は実行時のトップの方針・戦略の浸透には有効だが、方針・戦略の変化や臨機応変な対応などの意思決定には足枷となっている。
3)官僚制の限界②・・・対立を恐れて、多様な意見を踏まえた意思決定ができない。
官僚制のもう1つの問題点について、2003年の「コロンビア号空中分解事故」を例に説明したい(注7)。
事故の直接的な原因は発射の際に外部燃料タンクの断熱材が剥がれて、左翼の耐熱システムを損傷させたことだった。発射直後、NASAのエンジニアの何人かは断熱材の剥落に気づき、その影響を心配し、剥片調査チームが編成された。しかし、マネジメント会合でその問題が取り上げられた時、議長は「これは以前の飛行でも何回か起きたことだ」と指摘し、深刻な問題として捉えなかった。また、正確な損害査定をするために国防省のデータが必要だったが、幹部は国防省へのデータ申請を許可しなかった。この点について、エンジニアは厳しい批判のメールを送ったが、部署の同僚だけで上司やマネージャーには送っていなかった。その後も何度か剥片の問題が取り上げられたが、最終的に「飛行の安全性に関わらない」という結論が出された。
このように、事故の兆候に気づく者やアラートを上げる者はいたにも関わらず、組織として対応できなかった背景に、「対立を恐れて、多様な意見を踏まえた意思決定ができない」という官僚制に基づく組織の問題がある。NASAは上下関係に厳しく、エンジニアが数ランク上の部長クラスのマネージャーと直接対話することはほとんどなかった。また、断熱材の衝突は多くの飛行任務で起きており、次第に慣れてしまい、「これはリスクではない」と思い込んでしまった。(集団思考)
これが官僚制に基づく組織の普遍的な問題である証拠に、1986年の「チャレンジャー号爆発事故」でも同様の事象が観察されている。
4)進化する官僚制・・・不確実な環境下で、学習しながら実行する組織
この官僚制の2つの問題点を乗り越えるのがチーミング理論の適用による「進化する官僚制」である。 ハーバード・ビジネススクール教授のエイミー・C・エドモンドソンは、確実性の時代から不確実性の時代への変化に合わせて、組織は“実行する組織”から“学習しながら実行する組織”へと発展すべきで、その手段として、チーミングを提唱している。
チーミングとは単なるチーム作りのことではない。それは「外部変化に対応し、内部プロセスを進化させる方法」であり、「新たなアイデアを生み、答えを探し、問題を解決するために人々を協調・団結させる働き方」のことである。
チーミングでは外部環境の変化に合わせて常に進化することが求められるため、組織は以下の進化サイクルを回す必要がある。
①診断・・・現状の問題点やイノベーションの機会を突き止める。
②デザイン・・・ゴールと状況を踏まえ、行動の選択肢を考えた上で、1つを選ぶ。
③行動・・・話し合いから行動へ、考えることから試すことへと移行する。
④省察・・・成功と失敗を見極め、同じ失敗を繰り返さないように改善する。
また、チーミングの肝は「リーダーシップ」である。なぜなら、組織的学習によって変化する時には「対立」が付き物だが、従来の“実行する組織”の働き方だと 「対立」を上手くマネジメントできずに、感情的衝突に発展したり、逆に意見を言わずに黙ってしまったりしてしまう。そこで、リーダーは「心理的安全性」を担保して、異なる価値観や意見を積極的に知ろうとする場づくりをしなければならない。
このように、チーミングで求められるリーダーは「正しい答えを見つける1人のカリスマ」ではない。様々な不確実性と向き合う中で、常に正しい決断ができるリーダーはいない。“ウィズ不確実性”の時代におけるリーダーとは、特定の個人に依らない「合法的支配」という官僚制の長所を残しつつ、官僚制が抱える問題点の解決するために、「組織の集合知を引き出すプロセスを設計できる人々」だと考える。
今後も、技術革新や産業構造の変化、競争のグローバル化、国際秩序の不安定化、災害などと共に生きていかなければならない“ウィズ不確実性”の時代において、巨大組織も外部環境の変化に素早く変化できるように、日本の行政や企業の本社はマネジメントにチーミング理論を導入して、「進化する官僚制~学習しながら実行する組織~」へ変わる必要があるのではないか。
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