Special Report

ピア・ラーニングの効果を高めるには能力差のあるペアを作るのが有効だ

亀井 憲樹
リサーチアソシエイト

人々のパフォーマンスは、職場や学校教育の別を問わず、自身が属する集団(以下「ピア・グループ」と呼ぶ)内の他のメンバーによって影響を受ける。これはピア・プレッシャーの存在やメンバー同士による学習の効果による。企業等組織の現場では、このような『ピア効果』(peer effects)を考慮し、生産性向上への寄与を期待したチーム生産の導入など環境整備が工夫されていることが多い(例: Ichniowski et al., 1997; Hamilton et al., 2003)。一方で、ピア・グループの構築方法については議論が分かれている。過去の研究をみると、正のピア効果は、ピア・グループ内でメンバー間に能力差が大きければ大きいほど高いと提唱されている。これは、異質な集団では、能力が高いメンバーが、同様の能力を有する有能なメンバーと小集団を作り互いに高め合うという選択効果を期待できるためである。一方で、能力の低いメンバーは、ピア・ラーニング活動の効果を享受できず、生産性が低いままにとどまるという欠点も指摘されている。従って、メンバー間で能力が均質なピア・グループに比べて、異質なピア・グループでの正の効果がどの程度高いかは議論が分かれる。

本コラムでは、「強制的に」、能力の高いメンバーと低いメンバーでペアを作り、ペア内でピア・ラーニングの機会を与えることがチームの生産性向上に有益である、と示した筆者とダラム大学アシュワース教授の論文(Kamei and Ashworth, forthcoming)を紹介する。この論文はフィールド実験を用いて考察した研究である。実験結果によると、有能なメンバーとペアになった能力の低いメンバーが生産性を強く向上するのみならず、能力の高いメンバーも低いメンバーに足をひっぱられることがない点が明らかにされている。以前筆者は、別の経済実験データを基に、「やらされ仕事」を強制されると労働者は心理的に反発し生産性を低下させると示したが(Kamei and Markussen, forthcoming)、割り振られる対象が人であるピア・ラーニングの設定ではそのような負の効果が観測されないのは興味深い。

実験環境とデザイン

本実験は、筆者が2019/20年度に所属していた英ダラム大学で、自身が担当していた授業科目「経済学入門」で実施したフィールド実験である。「経済学入門」はダラム大学ビジネス専攻(ファイナンス、会計)の一年生の必須科目である。本科目の範囲はミクロ経済学基礎(第一学期)とマクロ経済学基礎(第二学期)から構成され、第二学期の終わりに実施される年度末試験(100点満点)の成績をもって1つの評点が付けられる。

「経済学入門」では、年度末試験の他に、formative assessmentと呼ばれる中間試験に相当するレポート課題(以下『中間レポート課題』と呼ぶ)が各学期中に1回ずつ実施される。これは全ての学生に提出が義務付けられているレポート課題であり、内容は年度末試験と類似の形態の問題を解き、所定字数で考えをまとめるというものである。中間レポート課題は教員により採点され学生にフィードバックが与えられるが、年度末試験の練習との位置付けから、同点数が学生の最終評点に反映されることはない。

介入実験のための、第二の課題として『ピアレポート課題』(peer review assessmentと学生には説明)が本科目に導入された。ピアレポート課題は、前述の中間レポート課題と同じく年度末試験と同じ形態の問題を解き考えをまとめるものであるが、中間レポート課題とは異なり、教員ではなく他の学生によって点数が付けられる。各学生は二人一組のペアに割り振られ、ペア内で互いのレポートが交換され、相手のレポートに対するフィードバックと点数を所定の様式に記入する。評価終了後、ペア内でミーティングがもたれ、課題内容の議論、答案に対するフィードバックの説明や出来について互いに説明し合うともに、それぞれの学生の評価が妥当かペア内で合意が取れるまで議論がなされる(必要に応じて点数は修正できる)。ピアレポート課題の正式な解答はピア・ラーニング中に担当教員から公表されることはなく、ペア内で正解を探し互いの答案を評価し合うというルールが設定された。従ってペアごとに正解を見つける共同作業も求められる。

ペアの構成方法として2種類が設定された。1つ目は第一学期の中間レポート課題の点数で降べきの順で学生を並べ、中間成績が類似の学生同士がペアレポート課題ワークのペアとなるようにする場合(以下「ソーティング」と呼ぶ)、2つ目は純粋にランダムに(コンピュータの乱数によって)ペアが作られる場合(以下「ランダムマッチング」と呼ぶ)である。学生がペア・パートナーを自身で選択したり、学生間でパートナーを交換することは認められない。介入の成功を示す指標として、中間レポート課題の点数で計測するペア内の学生間での中間成績の差を計算すると、「ソーティング」下で平均3.26点と極めて小さいのに比べ、「ランダムマッチング」下では平均25.16点と極めて大きくなった。換言すると、「ソーティング」下ではより均質なペアが、「ランダムマッチング」下ではより異質なペアが生成されたことを意味する。このペアの構成方法の違いが年度末試験の成績にどう影響するのかを分析した。

介入実験の存在、またマッチング方法に2種類が存在することは学生には知らされず、ピアレポート課題は授業の一部との位置付けで、ピア・ラーニングの有効性と教育目的のみが説明された。従って、研究の外部妥当性に加えて内部妥当性も高い。なお、本プロトコルはダラム大学における倫理審査員会の了承を得た上で、同ガイドラインに基づき適切な手続きにのっとり実験がなされている。

ピア・ラーニング活動が与える学習効果は能力差の大きいペアで強い

すでに説明の通り、「経済学入門」における学生の評点は年度末試験を基に決定される。図1のパネルAは「ランダムマッチング」「ソーティング」それぞれの条件に割り振られた学生の年度末試験平均点を示す。それによると、ランダムマッチング下での平均点がソーティング下でのそれを統計的有意なレベルで上回った。本授業では少数の学生がピアレポート課題を提出しなかった。未提出の場合でもピア内で課題の議論をする場を持ったが、ピア・ラーニング活動は学生がピアレポート課題を事前に作成することが前提となっている。レポートなしではピア内議論が効率的には進まないと推測されるため、パネルBではペア内で2人ともがピアレポート課題を提出したペア(全体の約91.2%のペア)に絞って平均点を計算したが、パネルA同様に、「ランダムマッチング」下で高いパフォーマンスを実現していると分かる。まとめると、能力・パフォーマンスでソートせずに、能力差の大きいペアでピア・ラーニング活動をさせることが学生の成績向上にとって有効であると言える。

図1:マッチングの方法別での年度末試験平均点
図1:マッチングの方法別での年度末試験平均点
注釈: 図中のp値(両側検定)は選択バイアスを修正するヘックマン2段階推定法による結果。パネルAのp値はKamei and Ashworth (forthcoming)に含まれるTable 2のモデルI.iiによる推定結果、パネルBのp値はTable 2のモデルII.iiの推定結果である。Somers’ D検定でも同様な結果が得られたことを付記する。

能力の低いメンバーが生産性を強く向上する

なぜ、能力差の大きいペアで高い学習効果が達成できたのだろうか? 「ランダムマッチング」条件に属するペア内の2人のうちで、中間レポート課題の点数が高いもの(成績上位層)と低いもの(成績下位層)に分け、それぞれがピア・ラーニング活動でどう成績を向上させたか分析を行った。それによると、「ランダムマッチング」条件に属する成績下位層は、「ソーティング」条件に属する学生に比べ、ピア・ラーニング活動が成績上昇に与える効果が平均5点以上も大きかった(Kamei and Ashworth (forthcoming)のTable 3.AのI.ii列)。一方で、成績上位層は成績下位層と強制的にペアとなり討議を行ったわけであるが、成績上位層の成績がそれにより足をひっぱられることはなかった。

この能力差の大きいペア内でのピア・ラーニング活動の強い正の効果は2つの効果で説明できる。1点目はいわゆる恥(shame)やプライド(pride)などの社会的効果(social effects)である。自身のペアレポート課題はパートナーに開示され採点・評価されるが、同時に自身にはパートナーのレポート課題が与えられ評価する。学生が自らの低いパフォーマンスを認識する場合には負の社会的効果を受け、逆に高いと認識する場合には正の効果を享受する(例: Bowles and Gintis, 2015)。このようなパフォーマンス情報がもたらす心理的効果は、学生にとって自主的学習を強化する動機となり得る。2点目はいわゆる相互学習効果(mutual learning effects)である。これは、能力が高いメンバーが強い社会的選好など非利己的選好を有する際に生まれる効果である。その場合に能力の高いメンバーは、能力の低いメンバーの理解を助けるようにコストをかけてでも教育する動機を持つが、ペア内での能力差が大きいペアほど高い効果が期待できる。

近年の労働経済学・教育経済学文献では能力別にピア・グループを分けることのメリットも示されている。これは、ピア・グループにおける教育担当がグループの能力・スキルに応じて柔軟に指導活動を展開できるためである(Duflo et al., 2011)。一方で、本実験結果は、企業組織や教育の場でピア・ラーニング活動が重要な場合には、能力などが異質なメンバーで構成されるピア・グループを持つ方が有益である可能性を示唆する。このことは、企業組織でピア・グループを設計する際に、同グループ全体への指導や教育の効果と、メンバー同士でのピア・ラーニングの有益性のどちらが重要かを比較衡量する必要性や、両方の効果が期待できるべく必要に応じてピア・グループを重層的に設けるメリットを示している。

わが国の生産性維持には労働生産性の向上が不可欠である。企業や役所を問わず、経験者採用の普及など人材の流動化が一般的となり、OJTでない教育研修・能力開発も活発化し始めた昨今では、職場における労働者間の能力・スキル・個人特性の異質性が以前に比べてずっと高くなった。しかしながら、このような『労働移動』『リスキリング』がもたらす労働者間での波及効果も期待し、組織内でのピア・ラーニング方法や人材管理に関する詳細な設計が今後ますます重要になっていくと推測される。

参考文献
  • Kenju Kamei, John Ashworth, forthcoming, “Peer Learning in Teams and Work Performance: Evidence from a Randomized Field Experiment.” Journal of Economic Behavior & Organization.
  • Barton Hamilton, Jack Nickerson, Hideo Owan, 2003. “Team Incentives and Worker Heterogeneity: An Empirical Analysis of the Impact of Teams on Productivity and Participation.” Journal of Political Economy, 111(3), 465-497.
  • Casey Ichniowski, Kathryn Shaw, Giovanna Prennushi, 1997. “The Effects of Human Resource Management Practices on Productivity: A Study of Steel Finishing Lines.” American Economic Review, 87(3), 291-313.
  • Samuel Bowles, Herbert Gintis, 2005. “Prosocial emotions,” in L. Blume, S. Durlauf (Eds.), The Economy as a Complex Evolving System III: Essays in Honor of Kenneth Arrow, Oxford University Press, Oxford: 337-367.
  • Duflo, Esther, Pascaline Dupas, Michael Kremer. 2011. “Peer Effects, Teacher Incentives, and the Impact of Tracking: Evidence from a Randomized Evaluation in Kenya.” American Economic Review, 101(5), 1739-1774.
  • Kenju Kamei, Thomas Markussen, forthcoming. “Free Riding and Workplace Democracy – Heterogeneous Task Preferences and Sorting.” Management Science.

2023年1月31日掲載