Special Report

政策実務と学術研究をブリッジし、現実の政策からヒントを得てユニークな研究成果を出していく

森川 正之
所長・CRO

RIETI編集部:第5期になってRIETIが目指す研究や取り組み方などをお聞かせください。

森川 正之(RIETI所長(以下、森川)):RIETIはこの4月で20年目を迎えました。かなりの年月をかけて、政策への貢献とか、質の高い論文をたくさん出すとか、社会的なインパクトとか、さまざまな面で国際的にも高く評価される政策シンクタンクになってきたと思います。では、どうしてそうなったかというと、それは優れた先人たちのアイデアや努力の積み重ねの上にあるというのが私の基本的な認識です。

私はRIETIの副所長を11年近く務めましたが、青木先生、吉富先生、藤田先生という歴代の所長、理事長でいえば岡松さん、及川さんといった、私が来る前におられた方々の積み上げてこられたものの上に今のRIETIがある、ということを常に感じてきました。ですから、第5期もこれまでの路線を継承していくことを大前提として、その上で政策ニーズとか、新型コロナウイルスも含む社会経済環境の変化とか、もちろん学術的な技術進歩もあるので、そういったものを踏まえて少しずつ改善していくのが望ましいというのが私の基本的な考え方です。

20年近くかけて培ってきたRIETIの基本的なミッションは、政策実務と学術研究をブリッジすることだと思っています。政策実務と学術研究をつなぐことによってEBPMが進み政策の質が良くなることが目指すものの1つであり、もう1つが日本の学者・研究者が現実の政策からいろいろなヒントを得てユニークな研究成果を出していく。 その2つが大事だと考えています。

RIETI編集部:お互いにいい化学反応を起こし合うということですか。

森川:そうですね。そういう意味では、例えば経済産業省に限らないのですが、20年、30年先の行政官の在り方を考えると、学術研究をきちんと理解できる人が少しでも増えていくことが行政の機能を高めるためには必要だと思っています。 私自身の行政官としての経験の中でも、直面していた経済成長や国際貿易に関する政策課題について、RIETIの研究者の方に意見を聞いてクリアになったことが多々ありました。一方、自分自身も研究者としてそれなりの数の論文を書いてきましたが、経済産業省や他の省庁の人と接する中からたくさん研究のヒントをもらっていて、そういう意味で政策現場にはオリジナルな研究の素材がたくさんあると思っています。研究者と政策担当者がつながることで双方にとって良いことが起きるわけで、どうやってその接点を増やしていくかがRIETIの大事なミッションだと思います。

政策への貢献というと、フォーマルな政策分析とか、あるいは会議体を設けて意見交換するといったことになりがちですが、私はむしろインフォーマルな交流がとても大事 で、ちょっとした時にすぐに話を聞く相手がいるという関係を増やしていくことが、RIETIの役割として一番大事ではないかと考えています。 例えば、EBPMでも、具体的な政策を対象にDID(差の差分析)やRDD(回帰不連続デザイン)とかで分析する。それはそれで大事な仕事なのだけれども、EBPMの本質は、むしろそれぞれの行政官が学術研究をしている人たちと頻繁に接することによって、断片的にでも学術的な常識を持つようになっていくことではないか、というのが私の考えです。

RIETI編集部: RIETIの活動に理解があり、学術的な知識に明るい方が行政官をやっていると、因果関係に基づく政策を行うようになる、政策現場の底上げになるということでしょうか。

森川: 例えばRIETIの研究員に「こういう問題に対処するためにこういう政策を打ちたいのだがどう思うか」と尋ねても、研究者の人たちは根拠なく適当なことは言わないものです。だけど、例えば「米国で似た政策に効果があったという研究結果がある」というアドバイスはできます。そういう意味では、EBPMチームもそういう観点からアドバイスをするとか、アドバイスを求める方は 誰に聞いたらいいのか顔が分かっているとか、そういう接点が大事です。

RIETI編集部: どうやって接点を増やしていけばいいのでしょうか。

森川:一番大事なのは、課長補佐とか企画官とか若手課長とか、新しい政策を考える人たちにRIETIに関わっていただくことです。そういう意味では、コンサルティングフェロー(以下CF)制度—行政機関等に属しながら研究に参加する研究員—は良い仕組みだと思います。研究に関心がある行政官には、なるべくコンサルティングフェローになってもらっています。 中堅・若手の人が話しやすいコンタクト・ポイントがあって、そこから研究員にもつながっていくことが有効だと思います。

それ以外では、DP検討会(論文の審査会)に来てもらうよう小まめに案内するのも重要です。研究プロジェクトを立ち上げる際には、事前に経済産業省の関係課室とファカルティフェローなど研究リーダーとの意見交換の場を設けるようになっています。ただ、難しいのは、研究テーマに応じて担当課を1つ決めているのですが、本来研究への関心は属人的なものなんです。例えば、今は通商政策局にいないけれども通商問題に深い関心を持っている人が、資源エネルギー庁にいたり、経済産業政策局にいたりします。むしろそういう人に参加していただくことの方が意味があります。ライフワークとして関心を持っているテーマの研究プロジェクトに関わっていただくことはお互いにとって有益だと思います。そういう意味でも、RIETIの発足当初からあるCFはいい仕組みだと思います。

RIETI編集部:新型コロナウイルスに関してはどんなお考えですか。

森川:当面は業務の運営自体が難しくなっていますが、研究という面ではいろいろな新しい研究が進むきっかけになると思っています。NBER(全米経済研究所)やCEPR(英国経済政策研究センター)から、ディスカッションペーパーや ワーキングペーパーで新型コロナウイルスを扱ったものが急速に出始めています。ファイナンス関係は株価などの高頻度データを使った分析ができるので成果が出るのが早いです。また不確実性指数は、米国は日次で作られていますから、これを使った分析も間もなく出てくるでしょう。マクロモデルを使ったシミュレーションもいくつか出ています。研究者の関心も高いのでそういう論文は引用数も多くなるでしょうし、世界の研究者が必死になって取り組んでいるはずです。現実の政策との関係も深いですしね。

私自身、数年前から不確実性の論文をいくつか書いていますが、新型コロナウイルスの先行き不確実性は極めて大きいので、この問題には一人の研究者としても強い関心があります。日本経済の不確実性に関する本を書く予定になっていて、データのアップデートなどの作業を始めていたところでしたが、今回の問題を含める形で再構成する必要があると思っています。これまで進めてきた不確実性の研究が、今回の新型コロナウイルスの実証分析に役に立つかもしれません。

RIETI編集部:RIETIとしてこの未曽有の危機にどう貢献できますでしょうか。

森川: 第5期中期目標には新型コロナウイルス問題について何も書かれていないのですが、こういった新しい課題に柔軟に対応していくことが大事です。RIETIの第3期中期計画(2011年4月〜2016年3月)の際には、計画開始直前の3月に東日本大震災が発生して、同じような状況だったわけです。そのあとはしばらく所内・所外の研究者の方々にコラムやレポートを多数書いていただき、当時の藤田所長が熱心だったこともあって、震災の経済的影響やサプライチェーン関係の論文がたくさん出ています。今回も同じようなことが起こると思いますし、所長としては、そういう研究に相応の資源配分をしていくことが重要だと思っています。

最初に申し上げたとおり、これまでの枠組みを基本にしながら、状況の変化に応じて柔軟にやっていくということだと思います。私の役割は、世界的な経済学者だったこれまでの所長とは少し違って、研究員と行政官はもちろん、内部の研究員と大学の先生とか、研究者とスタッフとか、そういったいろいろなところが協力しやすいように、コーディネーションに努めることだと思っています。

RIETI編集部:森川所長は行政官からアカデミックの世界に行かれたのでどちらの世界もご存知なんですね。

森川:私がこれまでの歴代の所長と比べて何か優位性があるとすれば、行政の人の考えていることと、研究者の考えていることが、両方ともある程度は分かるということだろうと思います。RIETIで副所長を11年間やり、マネジメントが半分、自分自身の研究が半分でした。自分も研究していたから、苦労して研究している人の気持ちが分かりますし、マネジメントもしていたらから、こういうやり方だとスタッフが困るな、というのも想像できるというか(笑)。個人差が大きいですが、 研究者をずっとやってきた人は、何が行政官の琴線に触れるか、といったところが感覚的に分からないことが多いと思います。行政官は行政官で、審議会とか研究会で学者・研究者とずいぶん付き合ってはいますが、実際に論文を書くことの苦労はおそらく分からないだろうと思います。それぞれの立場を理解した上で、丁寧にコーディネーションをしていきたいと考えています。

2020年4月6日掲載

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