Special Report

「エビデンスに基づいた政策形成」に向けた挑戦

近藤 恵介
研究員

近年、「エビデンスに基づいた政策形成」(Evidence-Based Policy-Making、以下EBPM)に対する関心が高まっている。今後EBPMが日本に根付いていくことを期待しつつも、海外の流行りを上部だけ繕って取り入れようとする日本の悪い癖が見えつつあると個人的には感じている。そもそも、なぜ政策形成の過程において「エビデンスに基づいた」という概念が必要になってきたのだろうか。本コラムでは、その思想的背景まで掘り下げながら、EBPM後進国である日本が今後考えなければならない課題について議論する。

政策立案における透明性と国民との対話

政策実施の財源として国民の税金が使われている以上、どのように政策が決まっているのか、その透明性を高めることは常に政府の課題である。しかし、実際は、政策立案プロセスは国民にとって不透明であり、内心では不満を持っている国民も多いのではないだろうか。

政策形成におけるエビデンスの役割とは、まさに政策に関して国民との対話の軸を作ることにある。政策の是非を議論する際、なぜ賛成なのか、なぜ反対なのか、その理由付けがまさにエビデンスであり、政策形成の根拠となるエビデンスを政府が提示することで透明性や説明責任を高める手段となりうる。その提示されたエビデンスが本当に信頼にたるものなのかどうかを国民が判断し、議論を通じて相互に対話を深めていくことが望まれる。

重要なことは、政府にとってエビデンスを提示することが政策形成のゴールではない。国民に必要な政策として納得してもらうことが最終的に目指すべきゴールであり、そのためにエビデンスを提示する必要があるのである。

エビデンスの信頼性

報告書などで「エビデンス」という言葉が使われていると、あたかも「EBPMできています」という印象を一般に与えるが、我々は常に疑いを持ってエビデンスの信頼性を熟慮すべきである。何をもってエビデンスと呼ぶことができるのかという明確な基準がない以上、誰でもエビデンスと呼ぶことのできる「何かあるもの」を作成できてしまうのである。

EBPMにおいて一般的に考えられているエビデンスとは、データを用いて統計的手法によって得られた実証結果ではないだろうか。確かに部分的には正しいと思うが、実証分析によって得られた全てが信頼たるエビデンスになるわけではない。これはまさに伊藤(2017)や中室・津川(2017)でも強調されている相関関係と因果関係の違いを理解することの重要性と関連する。

経済学の実証分野において、1990年代以降、パーソナルコンピュータの環境下で誰もが容易に統計分析が行えるようになった。それに伴い、データを用いた実証研究も莫大な数が生まれてきたが、それと同時に経済学には問題が生じてきていると、Coyle(2009)は以下のように述べている。

There has been a cost to the availability of cheap and powerful computers, which is an explosion of really, really bad econometrics. I'm afraid this is the real scandal about the economics profession---not that we think econometrics is a valid tool for analyzing society, but that there are so many economists spilling such rubbish out of their computers.

つまり、計量経済学の手法自体は非常に優れているのに、その手法を用いて「rubbish(くず、ごみ)」をまき散らす経済学者が多いことを、経済学の専門家として本当に恥ずべきことだとCoyle氏は懸念しているのである。

エビデンスの要件として、査読付き学術雑誌に掲載されていることが基準になりうるかもしれない。しかし、査読審査の厳格さの基準も雑誌によって異なり、単純に「査読有り」というだけでは判断が難しいこともある。また、経済学では査読付き学術雑誌への掲載までは非常に時間がかかることから、時事的に重要な問題に対してはあまり迅速には対応できないことも問題になってくる。

なお特に注意しなければならないことはPolicy-Based Evidence Making(一種の皮肉だが、「政策に基づいたエビデンス形成」)だ。政策ありきで、それを支持するためのこじつけられたエビデンス形成であってはいけない。市村・川口(2017)や米国のCommission on Evidence-based Policymaking(2017)でも一部で議論されているように、エビデンスの信頼性を確保するためにも、第3者機関が存在し、政府からも独立していることが必要であるだろう。

実証研究には因果関係の識別に尽力を払った非常に優れた論文からCoyle氏が呼ぶようなrubbishに該当する論文も存在する。川口(2017)においても、エビデンスを議論する際は、学界におけるコンセンサスの度合いを知ることの重要性が強調されている。政策担当者や国民はエビデンスが信頼にたるかどうか吟味する必要があるが、実際はそんなに容易なことではない。検証する側にも非常に優れた知識と経験が求められる。EBPMが根付くためには、エビデンスの信頼性を議論できるだけの知識や経験を身につける必要がある。

政権交代と政策の持続可能性

政策の根拠としてエビデンスを提示することの重要性は、本当に意味のある政策の持続可能性を担保することにある。政策を支持率確保や票集めのバラマキの道具に使おうという誘因が常に存在している以上、意味のある政策が長期的に実行されない可能性がある。

たとえば、貧困削減は誰にとっても解決すべき重要な課題であると考えられている。しかし、本当に貧困削減を達成することができる政策なのか、票集めのためのバラマキ政策なのか一見すると区別がつかないことが多い。政策的課題として重要なのは明らかなのだが、何をすることが最善なのかがわからないからだ。政権交代が起これば、前政権の政策が突如廃止されることもある。政策が政治の人気取りに悪用されてしまう可能性があることが問題にある。

このような状況を打開しようとメキシコ政府が始めたのがProgresaとよばれる条件付き現金給付という政策である。1997年に政策が開始されるのだが、実はこの政策形成の事前のプロセスにおいてランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial, 以下RCT)が採用されている。

Progresaの政策デザインに携わったのが、1980年にボストン大学でPh.D.を取得したメキシコ人経済学者であるSantiago Levy氏である。従来の貧困政策といえば、現物給付が一般的であったが、現金を給付するという革新的な政策の効果を事前に検証するためRCTを行ったのである。そして第3者機関による政策評価として、米国シンクタンクの国際食糧政策研究所(IFPRI)が担うことになった(より詳細な背景はLevy(2006)やTollefson(2015)を参照のこと)。

そして2000年には、メキシコで70年以上も続いていた最大与党が政権を失うという大政権交代が起こったのだが、前政権のもとで立案された条件付き現金給付政策は廃止されることなく、後にOportunidadesという名の下で拡張されながらメキシコの貧困削減政策の役割を担うこととなった。条件付き現金給付政策は、EBPMによる貧困削減政策として、世界銀行でも注目を浴び、報告書としてまとめられている(Fiszbein and Schady, 2009)。

ここの文脈で重要な点は、米国の一流の経済学者も関与する世界的なシンクタンクの評価を得ていたエビデンスのある政策であったということであり、政権交代が起こった際に、理由もなく政権の都合で突如政策が廃止されることや、現金給付の際のキーとなる条件付けの基本的なデザインが勝手に変更されるという事態が起こらなかったという含意である。特に、貧困削減や教育に関する政策の効果はすぐにわからないため長期的な視点が必要となる。政策にエビデンスが存在するということは、本当に意味のある政策を継続するための材料にもなる。

日本のEBPMから見えてくる経済学界の問題

近年、EBPMの重要性を主張する経済学者が増えていることは非常によい風潮であると思う。一方で、政策実務担当者からすれば、EBPMにおける概念の重要性は前から感じていても、そもそもエビデンスがないというのが日本の現状ではないのだろうか。EBPMをやっていないというよりは、やりたくてもやれる環境にないという側面が正しいのかもしれない。

たとえば、保育・幼児教育の無償化の議論が高まっているが、佐野(2017)がその経済学的な背景を非常にわかりやすく解説している。海外の研究成果を踏まえながら丁寧に紹介しているが、そのような内容を扱った日本の研究は「ほとんどない」としている。

これはEBPM以前の問題で、なぜそもそも日本では経済学で必要とされる実証研究が行われてこなかったのだろうか。理由は複数考えられ、信頼にたるエビデンスを提供できるデータソースが日本に存在しなかった可能性、データはあってもその利用制限が非常に厳しかった可能性、データにアクセスできるにも関わらず経済学者が政策形成に携わろうとしなかった可能性などがあるだろう。

最近、私が感じている政策に直結するエビデンスがない大きな理由は、経済学界の慣習とも関連しているのではないかという点である。経済学という学問は非常に国際化されており、最も高い評価対象となる学術雑誌は欧米の学会に依拠する。そのような雑誌で受けの良いテーマで研究課題選びが行われるのだとすると、日本にとって最も重要な課題に直結する研究が二の次になってしまうだろう。学術雑誌に掲載されやすい研究課題を選べば、日本で今すぐ知りたい時事的問題への対応は後回しになっているのではないだろうか。

日本の経済学界に期待することは、日本における重要な課題に率先して取り組み、それを世界的に通用するような研究水準にまで長期的に上げていくことである。世界で流行っているからやるのではなく、日本の政策的課題から出発した独自の研究が、世界の潮流を生み出すような人材や研究環境でなければならない。また日本人だけが日本の研究をする必要はない。むしろ、世界の研究者を取り込むことでより新鮮な見方で評価してもらい、エビデンス形成に寄与してもらうような仕組み作りが今後必要だろう。

官庁エコノミストへの期待

「官庁エコノミスト」という言葉をときどき耳にすることがある。官庁に所属する経済分析を行う職員やポストを示すのだが、各省庁が保有するデータの専門家でもあり、ある程度のデータ分析も行える素晴らしい人材である。私としては、官庁エコノミストが政策現場と研究者をつなぐような役割を今後担っていくことに期待したい。

大学という狭い世界だけで育った純粋な経済学者だけでは日本にどのようなデータが存在するのかまだまだ知らないことが多いし、研究でどのようなデータの使い方ができそうか具体的な情報を得ることは難しい。官庁エコノミストであれば、自省庁のデータに詳しいはずで、時事的な問題と関連付けながら、いかに学術研究と結び付けられるのかアイデアを出せるのではないだろうか。重要なことは、官庁エコノミストが完璧な研究を行うことではなく、優れた大学の研究者を惹きつけるネタを官庁エコノミストが提供できるかである。

最後に:経済学者としての使命

EBPM推進の動きが全省庁の中で高まっている中、ますます経済学者の社会における役割は増してくるだろう。1885年にアルフレド・マーシャル教授がケンブリッジ大学で行った「経済学の現状(The present position of economics)」という講演内容を読むと、今もなおその重要性は変わっていないことがわかる(Marshal, 1885)。

講演では経済学の現状について幅広く意見を述べているが、実は「scientific method(科学的方法)」についてもアイデアを述べている。その中で因果関係の識別方法に関する3つの方法論が語られている(Marshal, 1885, pp. 44-45)。その3番目は、実証でよく使われている「差の差検定(Difference in Differences)」とアイデアが同じで、その洞察深さに感嘆する。マーシャル教授は、人間を対象とする経済事象は非常に複雑であり、効果が相互に混ざっていることから、因果関係として効果を見つけるには注意深い研究が必要だと述べているのである。

そして、この講演の最後には、「Cool head but warm heart(冷静な頭脳と温かい心)」という名言を残している。130年以上を経た現代社会においても、マーシャル教授から学ぶことはまだまだ多い。EBPMが成功できるかどうかは政府だけの問題だけではなく、我々経済学者にもかかっているということを忘れてはいけない。

参考文献
  • 伊藤公一朗 (2017) 「データ分析の力 因果関係に迫る思考法」、光文社、東京、光文社新書
  • 市村英彦・川口大司 (2017) 「実証に基づく政策立案」、『日本経済新聞』、朝刊、経済教室、2017年10月16日付け
  • 川口大司 (2017)「エビデンスに基づく政策形成の実践に向けて」、RIETIコラム、2017年11月16日
  • 佐野晋平 (2017)「保育・幼児教育の論点(下)効率性・公平性の観点 重要」、『日本経済新聞』、朝刊、経済教室、2017年12月6日付け
  • 中室牧子・津川友介 (2017) 「『原因と結果』の経済学」、ダイヤモンド社、東京
  • Coyle, Diane (2009) The Soulful Science: What Economists Really Do and Why It Matters, Revised Edition, Princeton, NJ: Princeton University Press.
    (邦訳:ダイアン・コイル、『ソウルフルな経済学:格闘する最新経済学が1冊でわかる』、インターシフト、東京、2008年)
  • Marshall, Alfred (1885) The Present Position of Economics, London: Macmillan.
  • Commission on Evidence-Based Policymaking (2017) "CEP Final Report: The Promise of Evidence-Based Policymaking," Commission on Evidence-Based Policymaking.
    https://www.cep.gov/content/dam/cep/report/cep-final-report.pdf
    (2017年12月14日アクセス)
  • Levy, Santiago (2006) Progress Against Poverty: Sustaining Mexico's Progresa-Oportunidades Program, Washington, DC: Brookings Institution Press
  • Fiszbein, Ariel and Norbert Schady (2009) Conditional Cash Transfers: Reducing Present and Future Poverty, Washington, DC: World Bank
  • Tollefson, Jeff (2015) "Can randomized trials eliminate global poverty?" Nature 524, pp. 150-153

2017年12月19日掲載

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