RIETI ポリシーディスカッション

第5回:日本の金融市場における課題とは~竹中大臣は国有化についての説明責任を果たすべきである

藤原 美喜子
客員研究員

要旨
  1. 竹中大臣は、就任以来、「メガバンクの不良債権処理を加速させる。国有化も辞さない」と発言し、メガバンクの株価は続落した。大臣の国有化の意味合いは今ひとつはっきりしない。どんな形で銀行を国有化するのか、国有化した後に経営者を入れ替えるのか、減資をするのか等、国民の疑問にきちんと答えるべきである。
  2. 金融庁は金融の専門家でかつ市場に信頼されている人材をスポークスマンに任命し、情報発信を一元化すべきである。スポークスマンには、留学経験のある30代官僚が適任ではないか。今後30年の荊の日本経済を生きぬいていかなければいけない彼らにチャンスを与える時期がいま到来している。
  3. 日本の弱さは、政府、金融機関、企業にコーポレートファイナンスの専門家がいないことである。産業再生機構には企業再生の専門家を民間より積極的に採用し、要所要所に配置すべきである。そして彼らに官庁や銀行から派遣されてくる若手を企業再生のプロに育成してもらってみてはどうか。

竹中金融大臣の評判

9月中旬に銀行の国有化の可能性について言及して以来、竹中経済大臣には大胆な発言が目立つ。9月末の金融大臣就任直後に「不良債権処理を加速させる。競争力の弱い企業には退場してもらい、大銀行といえども潰れないとは限らない」と発言したことにより、不良債権を大きく抱えた銀行の株は売られ続けた。銀行株が続落し市場が神経質になっていても、大臣は銀行国有化などの強硬策をいい続けたため、株式市場はメガバンク株の売りを一層強くした。株をショートする市場参加者は通常反転リスクを恐れる。彼らは市場の怖さを知っている。市場関係者の間で竹中大臣の評判はこのところすこぶるよい。「ショートして負けるチャンスなし。やればやるほど儲かる」と外資系のトレイダーやセミプロの個人ネットトレーダーは高笑いしている。この数年損ばかりしていた日本株市場で思わぬ福の神が舞い下りてきたと喜んでいる。市場関係者にとって一番困るのは情報がないこと。この点金融大臣は協力的である。

市場は買う時だけが儲かるとは限らない。彼らは銀行株を売ることによりここ数週間儲けに儲け続けている。大臣就任以降、たかだか1カ月半の間に、これほど株価下落に貢献した大臣はいただろうか? UFJ銀行株は9月30日の284,000円より7割株価を下げ11月19日は89,000円で取引を終えた。機関投資家の多くは株価が100円を割った場合売却しなければならない。このことがUFJ株の下げを加速化するかもしれない。竹中大臣は公的資金をいまだにいらないと主張し続けているメガバンクの経営陣に公的資金の注入を申請させるためには銀行株が続落してもしかたがないと思っているのかもしれない。不良債権の加速化を強く望む大臣の思惑だったのだろうか。

大手企業経営者の困惑

一方、持合で銀行株を保有している企業経営者は、2001年に会計ルールが簿価から時価に変わったことにより、銀行株下落から来る含み損の大きさに頭を悩ませている。時価会計導入以来、彼らは年に2回爆発するかもしれない爆弾を抱えている状況に陥っている。市場経済が発達している米国で、こういう状況下におかれた経営者は、積極的に銀行株を売るだろう。しかし日本の経営者は、少なくとも2つの理由でそれができない。1.持ち合い株を売るのはいいが底値では売りたくない。銀行の国有化の話が金融大臣から出てくる環境下では一段と売れなくなっている。2.主要銀行が大変な時に、大量に銀行株を売却するのは、主要銀行との密接な関係を将来的に悪化させかねない。今は持ち続けるより仕方がないと企業経営者は思っている。米系のコーポレートガバナンスの哲学を使いこの日本の経営者を非難するのは間違いである。

ピントはずれの銀行経営者

メガバンクの銀行経営者も株価の続落に困惑している。9月30日以来、銀行の経営状態が、株価が半減するほど悪化したとは思えない。しかし彼らの国会答弁等を聞く限り、納税者である国民は銀行経営者が生き残りのために必死に戦っているという印象は受けない。「銀行は健全である。公的資金に頼らず、自力で数千憶円資本調達をして現状を乗り切れる。」と寺西全銀協会長がいった。しかしこの難局を乗り切れるとは国民は思わない。金融の専門家は不良債権処理を加速化させるには数十兆円規模の公的資金が注入されなければならないと思っている。そして市場関係者は銀行経営者の従来と変わらぬ経営方針の話に飽き飽きしている。

一般国民のほとんどが株を保有していないためか、国民には株価下落から来る危機感はない。11月19日、竹中大臣は「銀行の健全性には問題がない」、といい出し、「それならなぜ今まで国有化という話を何度も持ち出したのか」と有識者をいらつかせた。銀行関係者は大臣の「スウェーデンは国有化して1年間は株価が下がったが、その後株価が4倍になった」発言に怒りを感じた。金融大臣が株価の下落を推進するのは間違っている。現在のペースで銀行株が売り続けられると、最悪の場合数週間で銀行株は額面割れをするだろう。1年など悠長なことをいってられない。

金融大臣は、トレーダーや自己ポジの人達にとって株式市場が戦場であり、米系の金融機関が11月末が年度末なため(会計年度末が12月の場合でもボーナスは12月中旬前にほぼ決まる)、彼らが自分の生き残りをかけてポジションを作り、稼いでいるのをご存知なのだろうか。大臣の発言や財界トップの発言が世界中の有力紙に書かれることにより、今では売り一色の一方向の展開になって危険な状態になりつつあることを、どの程度ご理解しているのだろうか。市場は理論的には買いが売りより多い場合値は上がることになっているが、実際この流れを変えるのは簡単なことではない。

国のレベルでグランド・デザインを考えることが求められている。筆者自身金融の専門家として、日本の銀行の財務諸表は決して強いとは思わないが、7週間でUFJ株が70%下落するほどUFJの状況が悪いとも思わない。100円割れの企業も200社以上になったという。この失った信用を回復するには時間がかかる。

メガバンクの国有化とは

竹中大臣は、銀行の国有化という発言を何度も繰り返したが、大臣の国有化の意味合いは今一つはっきりしない。市場関係者、特に海外の投資家は、「メガバンクの国有化とは、長銀の時のように銀行が破綻した後で国有化する。その際、既存株の100%減資という株主責任が追及される」との憶測で銀行株を売却し続けている(ここ数週間はストーリー等は関係なくなり、儲かるから銀行株を売り続けている)。

史上初の国有化は日本長期信用銀行であった。98年10月23日、長銀の経営陣による金融再生法適用申請に基づき、政府は特別公的管理の国有化を実施した。破綻認定を受けて国有化された日本の銀行は、長銀が初めてであった。日本政府は長銀を国有化後、4兆円の公的資金を注入し、10億円で外資系の投資会社、リップルウッドに売却した。渡辺喜美衆議院議員の「日本はまだまだ捨てたものじゃない」(徳間書店)によれば、日本の破綻銀行を買収した経営者の中には160億円ものボーナスをもらった者もいたという。長銀の売却条件には瑕疵担保特約が入っている。安すぎた売却価格と共に、これは国会で何度となく「国民の税金の無駄遣いでないか」と問題になった。

政府は国有化について説明責任がある

竹中大臣は、国有化という言葉をあいまいな形で使い市場を不必要に混乱させている。どういう場合にどういう形で銀行が国有化されるのか、国有化した後に経営者を入れ替えるのか、減資をするのか等という疑問に答えていない。スウェーデンの国有化前と後の話を持ち出す前に竹中大臣は市場の不安を招く発言をした張本人として以下の点について説明を求められている。(1)国有化は銀行破綻後の国有化なのか、それとも破綻前の実質国有化(つまり株の51%以上を国が実質的に保有)なのか? 長銀のように破綻した銀行に公的資金を注入し国有化をするとは、次の3つの理由から考えにくい。i)中央銀行である日本銀行が、ほぼゼロ金利で資金をどんどん金融機関に提供している。長銀の時のように海外の市場から資金が取れなくなるいうことはほぼありえない。ii)ペイオフ延期により、システムリスクを心配しなくてよい。また個人預金者が銀行口座を移すことによる資金のシフトはメガバンクに関しては起こらない。iii)長銀売却の結果、政府は銀行を破綻させてから国有化し、1年もかけて買主を探すやり方がいかに国民負担を高くする選択であるかを学んだ。(2)公的資金を注入した場合、銀行の経営者責任を追及すべきか? 経営者を入れ替えることにより信用を回復する場合もあるが、三井住友銀行の西川頭取のように銀行のアナリストに尊敬されている経営者もいる。(西川効果で株価が極端に売られていないのも事実である)。経営者を入れ替える際、「どういう人達に銀行経営を任せるつもりなのか?」について説明すべきである(私見ではあるが官僚が銀行経営ができるとは思えない)。(3)資本注入を受けた銀行の株主は責任を問われるのか? つまり減資は行われるのか。筆者は減資はすべきではないと思う。

スポークスマンによる情報発信の一元化

通常減資なしでの破綻前の資本注入の場合、民間銀行のクレジットが国のクレジットになることにより、対象銀行の株価は上昇する。すなわち実質国有化を示唆することにより、信用リスクは補強されるのである。でも誰がどのタイミングで発言するかにより株価の上昇率がかわる。残念な事に竹中金融大臣はグリーンスパン議長ではない。金融庁は金融の専門家でかつ市場に信頼されている官僚をスポークスマンに任命すべきである。スポークスマンには、留学経験のある若手官僚が適任ではないか。市場において信用は大事であるが年齢はさほど重要視されない。80歳の先生の経験より35歳のやり直しのきくエネルギーが今の日本再生プログラムには必要不可欠である。今後30年の荊の日本経済を生きぬいていかなければいけない彼らにチャンスを与える時期がいま到来している。現在の不良債権問題に50年の過去の経験は何ら役に立たない。わが国には不良債権問題に関してマスコミ向けに情報提供をする「偉い人達」が多過ぎる。マイクに向かっての一言が世界へ向けての発言であるということに対する認識が偉い人達には欠如している。この際スポークスマンに絞ったほうが賢明である。その際、問題企業再生の決定を迅速にした上で国有化の話をした方がより市場の回復が得られるかもしれない。タイミングと内容が大事である。

金融・産業再生での日本の弱さ

日本には優秀な人材が多い。しかし日本の弱さは、政府、金融機関、企業にコーポレートファイナンスの専門家がいないことである。不良債権処理が遅れた最大の理由は、企業の過剰債務に携わる管轄官庁と企業再生プロの不在である。産業再生機構に政府関係者が移っていっているが、彼らが産業再生の専門家だとは思わない。日本の役所は優秀な官僚を採用しているわりには人を育てるのが上手ではなさそうだ。彼らは一様にしてインベストメントバンキングの仕事の経験がない。産業再生機構は、半官半民と聞いている。この際、企業再生の専門家を積極的に採用し、要所要所に配置し、官庁や銀行から派遣されてくる若手を企業価値を高める再生のプロに育成してもらってみてはどうか。優秀な彼らを1人前にするのに2年という時間はかからない。企業再生のプロを育成することにより、右肩下がりで、倒産急増の下での日本経済先送りコストを下げることが可能になるであろう。これには4、5年かかるかもしれない。しかし、ダムや橋を作る予算の一部を使うことにより、何百人もの産業再生のプロを公的セクターにもたらすだろう。この若手人材が将来、小泉政権が望む特殊法人の民営化や改革の実施部隊になるはずだ。東大法学部が無条件で霞ヶ関のリーダーになる時代は終わった。環境が変わった結果、時代は専門家集団の組織をもとめている。日本の官僚機関ほど高学歴の人間(Ph.D保有者)が少ないのも先進国では珍しい。日本再生のため、いいもの作りも大事であるが、若手官僚や銀行マンをコーポレートファイナンスの専門家に育成することにより、将来的に日本はこの分野で世界のトップに立つことができるかもしれない。先送りという失敗から学ぶことにより、日本の未来が少しは明るくなるかもしれない。

2002年11月21日

2002年11月21日掲載

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