文理融合イノベーションインタビュー

第1回「イノベーションが開花するのは社会に“マスト”であることが不可欠」

下山 二郎
株式会社IP DREAM 代表取締役社長

インタビュイー

池内 健太
上席研究員(政策エコノミスト)

インタビュアー

矢野 誠
RIETI理事長

コメンテータ

安藤 晴彦
RIETIコンサルティングフェロー / 内閣官房内閣審議官

コメンテータ

株式会社IP DREAMは、ハードウェアとクラウドサービスの両輪のアプローチで企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進をサポートする会社であり、これまでも大学や企業の技術を社会課題解決につなげるようなイノベーションを実践してきた。同社の創業者である代表取締役社長の下山二郎氏は、NTT(当時は日本電信電話公社)に入社以来今日まで、わが国の情報通信技術(ICT)の成長を支えてきた1人であり、コンビニエンスストアに設置されている決済システム「Loppi」の開発などにも携わった。今回のインタビューでは下山氏から、これまでイノベーションを推進してきた経緯やその秘訣などについてお話しいただき、社会科学的な要素と産業技術の融合に向けたヒントを探った。

イノベーションのデスバレーを越えて

池内:
日本からのイノベーション創出に向けて、下山さまのこれまでの取り組みから何かヒントが得られるのではないかということでインタビューを企画しました。まず下山さまから御社の取り組みについて教えてください。

下山:
私は2004年、インターネットの処理速度もまだまだ遅かった時代に、各家庭にテレビ電話が入るのを夢見てサービスを作り、NTTなどの力も借りながら20万台以上販売しました。ちょうど日本全体が光ケーブルに替わるタイミングにぴたりと合ったわけですが、当時はイノベーションによって得られるメリットを他のサービスにも展開できることに気付いていませんでした。結果として、テレビ電話よりももっと情報をやりとりできるインフラの活用が進んだので、テレビ電話で成功した企業は当時なかったと思います。

そこで2010年ごろから、センサーとネットワークを活用したイノベーションを始めました。それが今でもかなり成功しているわけですが、さらには電動化、コネクテッド化が進み、われわれは電動モビリティーやコネクテッドカーのイノベーションに取り組むようになりました。よって、成功よりも失敗の方が多いのですが、常にイノベーションをキーワードにがんばってきて、政府や大手企業の支援によって現在も安定した事業運営ができています。

起業した動機

池内:
NTTで働かれているときに、自ら事業を起こそうと思われた動機は何だったのですか。

下山:
NTTのグローバル事業を部長として従事していたときに、世界に足りないものがあると感じたのが海底ケーブルでした。そこで、社内で海底ケーブルプロジェクトを1人で立ち上げました。当時、日米間の光ケーブルはわずか10ギガバイトでしたが、光の波長の多重化によって1本の光ケーブルに何百波も送ることにより1テラバイトや10テラバイトを伝送できるのではないかと推測し、光海底ケーブルの会社を設立し世界中を駆け巡りました。当時は海底ケーブルのパフォーマンスが改善したとしても、それほど需要はないと考えられ、100人中99人までが「クレイジーだ」と言っていたのですが、そのイノベーションがなかったら、日本はインターネットから取り残されていたかもしれません。現在、Netflixのようなサービスがあるのも、NTTや日本政府がこのプロジェクトを支援してくれたおかげだと思っています。

その後、外部に出てフィールドITをターゲットとした事業を起こしたいと考えるようになり、電子決済の会社を立ち上げました。当時、日本中のコンビニエンスストアなど全国10万拠点がインターネットでつながっているのにイノベーションが起きていなかったため、コンビニエンスストアでいろいろな決済できるシステムを2000年に構築しました。その後、ネットショッピングができる仕組みを構築して特許を取得し、5年間で100億円の経常利益を出す企業に成長しました。これこそがNTTを辞めた後、私が成功させたイノベーションの1つだと思います。

ウォントと「マスト」

池内:
一方、テレビ電話の開発は、時代にあまり合わなかったという感じだったのでしょうか。

下山:
イノベーションが花を開くときはウォント(欲求)では駄目で、「マスト」(必須)でなければ駄目だと思うのです。「あったらいいな」ではイノベーションは開花しません。イノベーションを成功させる秘訣は、それは本当に「マスト」なのかということを真剣に考えることだと思っています。

(技術側で)イノベーションがあって、(市場側で)ウォントがマストになったときに革新が起こります。そこからコモディティ化してプレーヤーが増えていき、ビジネスとしてきちんとしたゲームのルールを作れる企業が成功すると思うのです。

IP DREAMの取り組み

池内:
現在IP DREAMではどんな取り組みをされていますか。

下山:
電動アシスト自転車が登場した当初は1台数十万円と高価だったので、それを10万円にする技術のイノベーションを行いました。シンプルな電動化だけで、この10年で売り上げがこれだけ拡大したのを見れば「マスト」になってきたことが証明されていると思います。電動車の欠点に重さや壊れやすさがあると思うのですが、そこに着目して改善することで、自転車タイプでも三輪タイプでも、あるいは低速の小さなものでも、大きなイノベーションが起こりつつある時代だと思うのです。

電動自転車のイノベーションはモーターとバッテリーとコネクテッド化にあると考え、この3つを中心に取り組み始めました。バッテリーやモーターの精度が上がると、今度はそれをコントロールするファームウェアやソフト、クラウド、AIが重要になると考え、現在はそちらに多額の研究費をつぎ込んでいます。残念ながらまだ花開いていませんが、今はそこに注力して未来を築こうとしています。

池内:
いわゆるMaaS(Mobility as a Service)の領域になるのでしょうか。

下山:
そうですね。ただし、MaaSにも、パブリックMaaS、プライベートMaaS、インディビジュアルMaaSの3つがあってMaaSでひとくくりにするのは危険だと思っています。具体的には、プライベートMaaSはケータリングのような業態、パブリックMaaSは駅前などを共有するような業態、インディビジュアルMaaSは、例えば観光地で車をシェアするような業態です。

その中でわれわれが手掛けようとしているのはプライベートMaaSです。それはマストがしっかりと定義されているからです。例えばケータリング会社の場合、全部同じデバイスになった方が管理コストも教育コストも下がるし、安全に乗れるし、コネクテッド化することでステータス管理ができます。私が行っているビジネスではスマートウォッチと連動することで乗っている人の健康状態を見ることができるので、プライベートMaaSに事業を特化して突き進んでいます。また、陸上短距離の金メダリストウサイン・ボルトさんのビジネス(BOLT Mobility)にも関与しており、われわれが中国製のスクーターを改造して、コネクテッドの最先端技術を付けて、まずは米国で現在2万台ぐらいをプライベートMaaSとして提供しています。

写真:(左から)BOLT Mobility社Co-CEOのサラ・ヘインズ氏(2019年当時)、共同創設者のウサイン・ボルト氏、アジア戦略担当の下山二郎氏
写真:(左から)BOLT Mobility社Co-CEOのサラ・ヘインズ氏(2019年当時)、共同創設者のウサイン・ボルト氏、アジア戦略担当の下山二郎氏。

われわれの事業領域としてはプライベートMaaSが中心で、パブリックMaaSを行わないのは、そこにマストがないと考えているからです。プライベートMaaSには明確にマストがあって、今でもすぐにでも使いたいという声が多数あります。一方、インディビジュアルMaaSは法人・個人の哲学にもよるので、システムインテグレーション(SI)に近いかなと思います。

離島のMaaS

池内:
離島のMaaSにも取り組まれているのですね。

下山:
これはインディビジュアルMaaSです。離島ではガソリンを運ぶのが困難なので、オランダ製のソーラーパネルカーと地熱・潮位・水流・風力発電を兼ね備えたバッテリーのステーションとを組み合わせ、離島内のラストワンマイルとして提供しています。この取り組みが離島にとってなぜ「マスト」かというと、離島では車が潮風でさびやすく、EV(電気自動車)であれば部品数も少ないので修理しやすいためでもあります。

また道が細いので、プロファイルに合わせて70歳を超えたら時速25km/hまでしか出せないようにしたり、インディビジュアルな利用が可能となります。ウォントから「マスト」に変わって、利用者にとってもサービスに対して適応していこうというモチベーションが湧きます。つまり、離島などの特殊なエリアにとってはウォントではなくて「マスト」なサービスになり、パブリックMaaSよりもプライベートMaaSやインディビジュアルMaaSの方がイノベーションを実現しやすいと考えています。

自動販売機の事業

池内:
モビリティー以外の領域ではどんなことに取り組んでおられますか。

下山:
重要なテーマとして考えているのが自動販売機の事業です。私はNTT時代に、自動販売機にPHSを入れた販売在庫管理システムを始めたのですが、急速冷凍や鮮度保持の技術がこの40年でドラスティックに向上したので、無人販売を行うことでコンビニエンスストアに代わるものをと考え、クール・フード・スポット(CFS)というサービスを始めました。

開始早々から利益が出ていますが、これもウォントではなく「マスト」であるからだと考えています。地方に行くと店舗が少なく夜早く閉まるので、こうした自動販売機があれば24時間365日おいしいものを買えて便利だという声を頂いています。例えば、八ヶ岳の別荘群ではコンビニエンスストアが午後6時に閉まってしまうので、そうした所に比較的高価格帯のものを置くと需要が非常に多く、驚異的な売り上げを上げています。

この自動販売機にはモビリティーと同じようにGPSやIoTやセンサーが入っているので、われわれからすれば新事業というよりもイノベーションをしたプラットフォームの水平展開ととらえています。しかも、このサービスは離島でも必要であり、離島で展開するプライベートMaaSのバッテリーチャージ拠点や駐車スペースに自動販売機を置いてワンパッケージにすることで、新しい概念の店舗を構築できます。

食材の劣化を防ぐ

池内:
食材の劣化を防ぐようなデバイスも産学共同で開発されていると聞きました。

下山:
プライベートMaaSと自動販売機を組み合わせたときに、鮮度保持の問題が必ず起きるので、5年以上前から急速冷凍について世界中の技術を調査しました。その結果、いろいろな食品において8~9割を占める水分が凍結・解凍時に影響し鮮度悪化や酸化が進むことが分かり、食品に電位をかけることで食い止める特許技術が存在していることを突き止めました。その技術を扱っている大学と協議してサービスを始めているところです。

池内:
開発されたデバイスは、具体的にはどういう使い方をするのですか。

下山:
既存の冷蔵庫の上にWi-Fiルーター程度の電位発生装置を置くことで、中の食品の水分を丁寧に整えつつ結晶化させる技術です。すでに結晶化しているものを解凍するときにも、細胞膜を壊さないようにして、冷凍でも冷蔵でも常温でも解凍でも全てに使うことができます。結果として食品ロスもなくなりますし、先に料理を作り置きすることも可能になります。

池内:
食品流通のエコシステムにつながりそうな感じがしますね。インディビジュアルの部分につなげていくとさらに可能性が広がりそうな気がします。

下山:
そのときに自分の会社の立ち位置や能力を考えないといけないと思っています。インディビジュアルに関しては、国や地域行政とどう関わり合っていくのか、大手で安定したプラットフォームを持つ組織体とどう組むのかを考えることがわれわれの役割だと思います。米国のベンチャーならば大量の資金を募ってそこまでやるのが本当のベンチャーだということになるとは思うのですが、自分たちにはその力がないので、さまざまな分野の方々の力を借りてインディビジュアルをやるべきだと思っています。

今後の展望

池内:
今後の展望について教えてください。

下山:
40名ほどの小さな会社ですが、私よりはるかに優秀な人材がいます。彼らが活躍できる場を作ると同時に、超大手の企業や日本政府などの大きな組織が好意的に見てくださっているので、今後もこの関係をさらに深めていきたいと思っています。

人材育成に関しては、創業以来、自分が何を考えてどう動いているのかを全社員にシームレス、トランスペアレントに伝えていくことでこの組織を維持しています。“人財”は雇用する側が探して育成するのではなく、出会いこそが大切だと思います。良い人財を採用したいという前に、自分がどんなイノベーションを起こして、どんな事業に関わろうとしているのかを発信し続けることが大事だと思います。

池内:
日本でイノベーションが活発に行われるために重要なことは何だと思いますか。

下山:
私のように大手の組織や政府が支援してくれるようなラッキーなポジションを持つ人は少ないと思うのです。米国のファイナンスは、今や未来を見て支援してくれるのですが、日本の金融業界では実績ありきの話にしかなりません。米国並みとまではいかなくてもチャレンジを応援する仕組みがあると、日本はもっと伸びるのではないでしょうか。

池内:
応援してくれる人を見つけるコツのようなものはありますか。

下山:
応援してほしいと思う人が、自分のお金で小さな成功を作ることだと思います。何もやっていないのにお金を集めるのはなかなか難しいので、まず第一歩の努力をすることが前提だと思います。次に、第一歩の成功を発表できる場をもっと増やすべきです。経済効果をもたらした人、税収に貢献した人にどうしてもスポットライトが当たりがちですが、もっとロングレンジのスポッティングができれば、ひょっとしたら第二のイーロン・マスクが現れるかもしれません。

リスキリングを図るには

安藤:
政府が推進する「新しい資本主義」ではリスキリングに焦点が当たっています。産業構造が大きく変わる中、今まで学んできた社内特有のナレッジやタクティクスから、新たに伸びていくICTなどに能力をリスキリングできればよいなとみんな思っているわけです。一方で、下山社長はものすごく強烈なご経験があって、もともと文系で入社された会社の中で、理系の優秀エンジニアに華麗に自らを転換されています。下山社長はなぜ文系から理系に転じようと思われたのでしょうか。リスキリングの際にはこういうことを追い求めるとできるのだというアイデアがあれば頂きたいと思います。

下山:
実は高校時代は理系で、法学部に進んで強烈に感じたのは、大学は学び方を学んでいるのだということでした。そのため、理系や文系は関係ないと思っています。語学力と法律の論理思考はできたので、プログラミングには最適だったのです。文系であろうと理系であろうと自分が何を学ぶべきかさえ分かれば可能性は極めて大きいと思っています。

安藤:
霞が関の経済官僚はほぼ文系で、イノベーション政策を構築するにしても、既存業界の陳情を含む耳学問で政策を練ることが多いのです。しかし、個々人の技術的知識やイノベーション手法に関する知見が深いわけでもなく、最高学府でみんな学んできたはずなのに、イノベーションへの寛容度に乏しいというか、官僚としてはリスクを取りたがらないのが常だと感じます。文系でも学び方を学んだ人はいくらでも自分自身で変われるのだというのは、とても大事な示唆だと思いますし、若い人たちを勇気づけると思います。

矢野:
小さなビジネスで面白いことをピックアップしていくことが、日本でイノベーションを活性化させるための大きな出発点なのだと思いました。文系と理系の垣根がないという話も同じで、文系であっても理系のことに興味を持ちますし、既存のコンセプトにとらわれずにこれは面白いと思えることが非常に重要だと思うのです。そういう意味で、何をやるにしても面白いことが重要だということを再確認しました。

2022年11月17日掲載

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