EBPM Report

産業政策の効果検証:内外の研究例の紹介

森川 正之
副所長

エビデンスに基づく政策形成(EBPM)を進めていく上で、適切な分析手法を用いて政策効果を検証した学術論文は有用である。現在行われている政策の効果をどのように事後評価すれば良いのかを理解するのに役立つだけでなく、新しい政策を立案する際にも、どういう政策が有効なのか/効果が乏しいのか、すでに分かっていることを知った上で取り組むことは、政策形成の生産性を高める。また、将来の事後評価のためにどういうデータを収集しておくべきかを考えるのにも役立つだろう。しかし、多忙な政策実務者が、膨大な学術論文の中から関心に合ったものを探すのは簡単ではなく、簡潔にまとめられた資料が欲しいという実務サイドの声を頻繁に聞く。この資料(添付PDF参照)は、産業・企業への政策(以下、「産業政策」)を対象にした政策評価研究の事例を紹介するものである(注1)。

近年、政策評価に関する邦文の優れた書籍が相次いで刊行されており、単純な相関関係が因果関係を意味しないという理解はかなり浸透してきたように見える。産業政策の場合、潜在的な成長性の高い企業を支援する、逆に相対的に脆弱な企業を底上げするなど、政策目的によって対象となる産業・企業を選別するタイプの政策が少なくない。この場合、政策対象となった企業のパフォーマンス(成長率、収益率、生産性等)が高い/低いという相関関係はセレクション・バイアスを持つので、政策が有効/無効という因果関係として解釈するのは適当でない。

医療、教育、雇用といった個人や家計を対象とした政策では、EBPM研究の“Gold Standard”とされるランダム化比較試験(RCT)による研究が多数行われており、それらを概観した論文や資料も少なくない。これに対して産業政策の場合、企業規模・業種など個人や家計に比べて異質性が高い、利益率・生産性・設備投資などに目に見えるような影響を与える実証実験はコスト的に困難であるといった事情から、RCTの実行可能性は制約される(注2)。このため、「自然実験」を利用した差の差(DID)推計、回帰不連続デザイン(RDD)、あるいは伝統的な操作変数法(IV)などの手法を用いた研究が主力である。しかし、産業政策についてそうした研究を横断的に整理した論文や書籍は乏しい。

産業政策の範囲は広範にわたるが、この資料では、①研究開発税制・補助金、②法人税制(設備投資減税、ICT促進税制等)、③規制改革、④企業法制(社外取締役等)、⑤地域産業振興政策、⑥貿易・通商政策(輸出促進政策等)の6つの分野について、政策効果を評価した内外の実証研究を紹介する。必ずしも網羅的なサーベイではないが、有力な学術誌に公刊された(=学術的にも質の高い)近年の実証研究を取り上げるようにしている。どういう研究が行われているのか、どのような分析手法が用いられているのか、産業政策の実務に携わる方々が理解を深める上で、多少とも参考になればと思う。


参考資料

脚注
  1. ^ この資料は、筆者が一橋大学公共政策大学院で行った講義(公共政策セミナー)で使用した資料の一部を抜粋したものである。
  2. ^ 開発経済学の分野での発展途上国の小規模企業を対象とした実証実験に基づく研究は多く、例外的である。

2020年2月19日掲載

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