エビデンスに基づく政策形成(EBPM)では、政策の事後的な評価のみならず、既存の学術的知見を政策の企画・立案に活用することも重要である(注1)。そこで、本レポートでは、さまざまな補助金が中小企業に及ぼした効果について評価した研究論文を紹介(サーベイ)する。中小企業への助成政策としては融資制度や税制も重要であるが、今回は、補助金政策に焦点を絞り議論する。さらに、これらの研究論文の傾向から見えてくる、実際にEBPMを行う上での留意点についてもまとめたい。
中小企業向け補助金の根拠
経済学の観点からは、企業への公的補助金給付は市場をゆがめるとされる。だが、補助金によって促された成長が、市場をゆがませる影響よりも大きければ、市場への介入は正当化される(Hallberg 2000)。加えて、公的補助金は、当該補助金がなくても実施されたはずの投資を代替するものではなく、補助金がなければ実施できなかった事業に追加的な効果が見込めるものでなければならない(Biggs 2002)。
次に、補助金給付を中小企業に限定することの妥当性であるが、補助金の効果が中小企業と大企業との間でほぼ変わらなければ、受給資格を企業規模で区切る必要はない。だが、中小企業は大企業とは異なる予算制約に直面し、資金調達や情報アクセスなどの困難があることを理由に、中小企業に限定した補助金が正当化されてきた(Beck and Demirguc-Kunt 2006、OECD 2018)。確かに、資金需給のギャップに直面する中小企業は少なくなく、こうした企業にとって、補助金などの公的支援は重要な資金調達手段といえる。さらに、中小企業向け補助金は、社会の安定や企業規模間格差の緩和の効果を期待して、公平性の観点から正当化されてきた面もある(Biggs 2002)。
そして、実際の補助金の効果については、受給資格に企業規模を問わない補助金において、大企業よりも中小企業でより大きかったことを報告する研究も少なくない(例えば、Beck et al., 2005: Bronzini and Iachini, 2014: Criscuolo et al., forthcoming)。とはいえ、支出された補助金の効果―補助金が中小企業の存続や、業績、イノベーションにどの程度貢献したのか―については、補助金の種類や分析手法によって結果が異なることも事実である。より効率的な補助金の配分という観点からも、個々の補助金事業について、因果関係を明らかにするような厳密な検証が要請される。
日本の中小企業政策の評価
中小企業向け補助金の効果については、各年代の政策を広くカバーするようなメタ分析はないが、個別の政策については以下のような研究が行われてきた。まず、Okubo and Tomiura (2012)は、1970~80年代の「工業再配置政策」における工業再配置補助金などの効果を分析し、政策的に優遇された地域に立地する事業所の生産性は有意に低いことを明らかにしている。
1990年代以降、中小企業創造活動促進法や中小企業新事業活動促進法の下で実施されてきた「日本版SBIR制度」の効果は、Motohashi (2002)、Eshima (2003)、Harada and Honjo (2005)、Honjo and Harada (2006)、Inoue and Yamaguchi (2017)などによって検証されている。これらの研究では、補助金受給企業の売上や投資、雇用への効果を、補助金非受給企業との比較で評価しているが、効果の有無や大きさは論文により異なっている。各研究で用いられたデータや分析手法、分析対象期間の違いが、結果のばらつきの要因と推測されるが、この制度が大規模かつ重要な中小企業支援策であることも踏まえると、改めてメタ分析などによって厳密に評価される必要があるように思われる。
1997年から(中小企業枠は2002年から)実施された「地域新生コンソーシアム研究開発事業」については、産学官提携プロジェクト補助金受給企業の生産性や取引先企業への波及効果を検証したNishimura and Okamuro (2016, 2018)がある。また、Motohashi and Muramatsu (2012)は、1998年の大学等技術移転促進法(TLO法)以降の産学連携政策について、特許庁データベースを用いて分析し、特許のスピルオーバー効果は中小企業で大企業よりも大きいことを見出した。
2001年には経済産業省が、地域の中小企業やベンチャー企業が大学等の研究機関と連携して産業クラスターを形成し、競争力向上を図ることを目標に「産業クラスター計画」を発足させた(現在は第3期)。同計画の効果は,大久保・岡崎(2015)、Okubo et al. (2016)、Nishimura and Okamuro (2011a, 2011b)による分析があり、参加企業の売上高や研究開発の生産性、取引件数などに正の効果が認められたこと、取引ネットワークの拡大やイノベーション促進に効果があったことが報告されている。 同時期に実施された文部科学省の「知的クラスター政策」の効果に関する分析では、この政策によって産学官連携は促進されたものの、事業所の労働生産性は低下していたことが示されている(岡室・池内2017)。Okamuro and Nishimura(2018)は、経済産業省と文部科学省のクラスター政策を比較し、事業化と政策へのコミットメントの観点から両政策を評価した研究である。
上で挙げた研究は、特定の政策や補助金の対象と非対象の主体を比較して、その効果を捉えようとしたものである。同時に、企業アンケート調査を用いて政策の効果を捉えるような研究も行われてきた。アンケート調査を使った分析では、補助金を受け取った企業ほどより調査に協力的な傾向があり、プログラムの効果が過大に推定される可能性があると言われる(Criscuolo et al. forthcoming)。それでも、金融機関からの融資をはじめ複数の経路で資金調達を行う企業行動を考えると、補助金以外の資金調達手段を企業に尋ね、その情報を利用して他の資金調達の影響をコントロールできることは、サーベイ分析の強みである(注2)。サーベイ調査を用いた研究としては、Ikeuchi and Okamuro (2013)や岡室・加藤(2013)がある。彼らは独自にアンケートを実施し、産学官連携における公的資金助成が、企業のイノベーションを促進して生産性を高め,雇用を増加させる効果があったことを報告している(注3)。
諸外国の中小企業政策の評価
海外の中小企業に給付対象を限定した補助金としては、日本の中小企業技術革新制度でも参考にされた、米国の研究開発支援補助金(SBIR)がよく知られ、さまざまな角度から効果が検証されている。Lerner (1999)によると、補助金を受けた企業は非受給企業よりも早く成長していたが、その効果は地域や産業ごとに異なっていた。そのほかのSBIRに関する研究としては、SBIRと事業化との関係を示したAudretsch et al. (2002)や、州政府によるマッチングの役割に着目したLanahan (2016)、補助金リピート企業の特徴を明らかにしたHowell(2017)などがある。
Criscuolo et al. (forthcoming)は、イギリスの地域限定の補助金であるRSAプログラムの効果を検証し、プログラムの補助金が企業の雇用や投資を増やす効果は、中小企業でのみ観察されたことを見出している。
スタートアップ企業への補助金政策も、イノベーションを期待する各国政府によって、広く行われている。イタリアで実施されたスタートアップ企業への補助金(L488)の効果については、Cerqua and Pellegrini (2014)とPellegrini and Muccigrosso (2017)による分析がある。L488補助金は、雇用や債務不履行リスクの抑制には有意な効果があった一方、企業の生産性を高める効果はみられなかった。Koski and Pajarinen (2013)は、フィンランドのスタートアップ企業について、公的補助金の雇用創出への効果を分析した研究である。
そのほか、R&D補助金が(スタートアップ企業を含む)中小企業に及ぼす影響をみた研究は数多い(スペインのGonzalez and Pazo, 2008: ドイツのAlecke et al., 2011、Czarnitzki and Delanote, 2015: ベルギーのHottenrott and Lopes-Bento, 2014: 韓国のDoh and Kim, 2014: イタリアのBronzini and Piselli, 2016: 中国のGuo et al., 2016: ニュージーランドのLe and Jaffe, 2017など)。これらの分析では、公的補助金が中小企業の売上高や雇用を高めたり特許を増やしたりする効果があったか否か、公的補助金によって民間投資が抑制されたか、地域内でのスピルオーバー効果が観察されたかなどの観点から、効果が評価される。企業規模別の分析を行っている研究では、特に中小企業の雇用や特許出願に補助金の効果が大きかったことを報告する論文が多い。
政策効果の分析手法
中室・津川(2017)は、因果関係を示唆するエビデンスについて、分析手法とその信頼度に応じたエビデンスレベルの違いを紹介している。エビデンスレベルの高さという点において、ランダム化比較試験(RCT)は、因果推論の理想形とされるが、補助金政策の効果分析においてRCTが用いられることは非常に稀である。補助金政策についてRCTを行おうとすれば、予め、補助金受給企業と非受給企業をランダムに割り振る必要があるが、実際の補助金受給の可否は、企業が提出した申請書を審査した上で決定されることが大半である。こうした受給企業と非受給企業をランダムに分けるという前提がそもそも成立しない補助金政策については、RCTによる分析は実施できない。
RCTが実施できない場合に、次に高いエビデンスレベルもつとみなされるのが、自然実験や擬似実験を用いた手法である。「世の中にある『実験のような状況』をうまく利用することで、因果関係を評価する」(中室・津川2017)という考え方に基づいて、回帰不連続デザイン(RDD)や、差の差分析(DID)、マッチング法(PSMやキャリパー・マッチング)、操作変数法(IV)といった手法が用いられる(注4)。
上で挙げた研究では,例えば Criscuolo et al. (forthcoming)は、IVとRDDの両方から補助金の効果を検証し、近い結果を得ている。近年は、マッチング法を用いて補助金受給企業と似た非受給企業を比較したものが多く、Nishimura and Okamuro (2011a)、Okubo and Tomiura (2012)、Czarnitzki and Delanote (2015)、Le and Jaffe (2017)などがこれにあたる。Bronzini and Iachini (2014)、Cerqua and Pellegrini (2014)、Pellegrini and Muccigrosso (2017)は、RDDを使った研究である。
おわりに
補助金の効果分析においてどの手法を用いるかは、入手・観察可能なデータを踏まえて選択されるが、実際には,効果の識別可能性という観点から、変数が十分に利用可能な政策に研究が集中する傾向がある。つまり,研究論文の多さが、当該補助金の重要性に直結するわけではなく、政府や自治体にとって評価の優先度が高い政策が、学術論文としても率先して公表されるとは限らないということである。
今回とりあげた論文では、公的補助金は中小企業に、何らかの効果があるとするものが多かった。一方で産業政策分野の研究でも、伊藤(2017)やDimos and Pugh (2016)が指摘するような、政策の効果を見出せなかった研究結果は公表されにくいという「出版バイアス」の影響があるかもしれない。であれば、先行研究は、補助金の効果の有無や大きさに関しての「正解」を提示するというよりも、類似の政策評価を行う上での「目安」くらいに考え、分析の方向性や手法を参考にすべきと思われる。このとき、補助金の対象とする産業や企業群の丹念な状況把握が前提となることは言うまでもない。