小規模事業者持続化補助金の申請の効果:日本の事例

橋本 由紀
研究員(政策エコノミスト)

高橋 孝平
早稲田大学 大学院経済学研究科

世界金融危機以降、日本の大企業の労働生産性は徐々に高まった一方で、中小企業の労働生産性は停滞している。本研究では、中小企業の生産性を高めるために創設された政府の「小規模事業者持続化補助金(以下、持続化補助金)制度」が、事業者の業績に与える影響を分析した。その結果、同補助金事業に申請した事業者は、事業への申請後に生産性が高まっていた。補助金の申請過程に組み込まれた外部機関からの助言サポートを通じて、事業者が自社の経営課題に自発的に取組むようになり、生産性が向上した可能性が考えられる。

近年、日本の中小企業の生産性の低さが注目されている。米投資銀行ゴールドマン・サックスの元パートナー、政府の成長戦略会議のメンバーであり、菅前首相のアドバイザーとしても知られたデビッド・アトキンソン氏は、中小企業の生産性の低さが日本の低成長の最大の要因であると強調している(注1)。この主張の背景には、日本では金融危機以降、大企業の労働生産性が徐々に向上してきたのに対し、中小企業の生産性は低迷したままであるという事実がある(中小企業庁, 2020)(図1)。

図1. 日本の労働生産性の推移(万円)
図1. 日本の労働生産性の推移(万円)
出典:財務省「法人企業統計」業種別データ

政府もこの状況を認識し、中小企業庁は2013年に、「小規模事業者持続化補助金」を創設した。同補助金は、小規模事業者が行う販路開拓や生産性向上の取組に要する経費の一部を支援する制度である。我々は最近の論文(Hashimoto and Takahashi, 2021)において、持続化補助金が小規模事業者の業績に与える影響を分析した。

中小企業向け補助金が大企業向け補助金よりも効果が高いことは、複数の実証研究で示されている。例えば、Bronzini and Iachini(2014)は、イタリアで実施された研究開発補助金制度を評価し、同補助金が中小企業の投資にプラスの効果をもたらしたが、大企業には効果がなかったことを示している。Criscuolo et al.(2019)は、英国で実施された地域選択支援(RSA)制度を分析し、製造業に従事する中小企業の雇用に有意なプラス効果があったことを見出した。中小企業のイノベーションや雇用創出の可能性に関するこうした知見には、各国の政策担当者も関心を寄せている。

このように補助金の「受給」効果を分析した先行研究は数多い。一方で、補助金の「申請」自体が企業の業績に影響しうるかに関してはあまり注目されてこなかった。そこで我々は、補助金の受給と申請の2種類の介入群を設定し,持続化補助金の効果を評価した。分析にあたっては、日本の150万社の企業をカバーする東京商工リサーチ(TSR)の企業情報と、2013年に補助金申請を行った全事業者のリストを接合したデータを用いた。

まず、補助金事業に申請した事業者サンプルのみを用いて、回帰不連続デザイン(RDD)法により、補助金の受給効果を調べた。介入群は補助金受給(採択)事業者、対照群は非受給(不採択)事業者である。その結果、補助金受給後1~3年後の生産性については、有意な効果は確認できなかった。RDDの結果は、補助金の受給が事業者の生産性を向上につながらなかったことを示している。

次に、差の差(DID)分析を用いて、補助金事業に申請したすべての事業者を介入群、非申請事業者を対照群とし、両群を比較した。これにより、補助金事業への申請の効果を検証する。有意な差が見られなかった受給の効果のケースとは対照的に、申請事業者では申請後の生産性が有意に高まっていた(図2)。

図2. 持続化補助金への申請による効果
図2. 持続化補助金への申請による効果
注:縦軸は差分モデルの推定係数値を示す。***, **, * はそれぞれ1%, 5%, 10%での統計的有意性を表す。

しかしながら、申請事業者の業績に観察された正の効果は、業績の高い企業ほど補助金事業に申請する傾向が高いという、申請・非申請者間の異質性を反映している可能性がある。このような申請決定の内生性は、近年の業績などの特性が申請の意思決定と相関し、補助金申請後の生産性にも影響する懸念を生む。そこで,このようなセルフセレクションに起因する問題に対応するため、Ryan et al.(2019)にならって、過去4期間の業績の水準の近いサンプルをマッチングする傾向スコアマッチング(PSM)を実施し、介入可能性が類似したペアを選択したうえでDIDを実施した。ここでも、持続化補助金への申請が企業の生産性を高めるという結果は維持された。

そして、補助金申請効果の異質性を調べるために、サンプルを建設業、製造業、サービス業の3つに分けて分析した。図3に示すように、建設業とサービス業では、補助金申請後に事業者の売上高と生産性が1%水準で有意に高まっていた。特に、サービス業で観察された売上高の高まりと従業員数の減少は、全サンプルの結果と整合的である。さらにPSM-DIDによる頑健性チェックを行ったところ、持続化補助金申請による生産性向上の効果は、サービス業の寄与が大きいことが示された。

図3. 産業別持続化補助金申請効果の推移
図3. 産業別持続化補助金申請効果の推移
注:この図は、産業別差分モデルの推定係数を示す。***, **, * はそれぞれ1%, 5%, 10%での統計的有意性を表す。

われわれの分析結果は、以下の2点を含意する。第1に、「広く薄い」(支給の対象が多く金額が少額の)補助金の給付・受給の効果は観察されづらいということである。持続化補助金の最大補助額は50万円(約3,800ユーロ)である。この金額は小規模な機器の調達や安価な宣伝には十分かもしれないが、企業の根本的な変革につながる設備投資や人材育成には足りないだろう。

第2に、補助金制度に組み込まれた外部機関からの助言の効果の可能性である。持続化補助金への申請時、事業者は1年間の事業計画の提出が義務付けられている。このプロセスにおいて、事業者は制度に協力する地元機関から、計画を補強するための助言を受ける。具体的には、事業者は、所在地域に応じて商工会議所か商工会連合会に事業経営計画を相談し、補助金を申請する。これは、持続化補助金制度の特筆すべき特徴である。商工会議所と商工会連合会は、全国に2,000以上の支部を持ち、各地域のビジネス環境や課題を熟知し、多くの場合、地元事業者と長期的な関係を築いている。そのため、両機関は、持続化補助金を申請する事業者に、効果的な経営計画を提案することができると考えられる。社内のリソースに限りのある中小事業者は、こうした第三者からのサポートがより重要となる。外部機関からの助言を活かして、事業者はビジネス上の問題を克服し、さらなる成長が促されるからである(Bennett and Robson, 2000)。特に、設備への依存度が相対的に低く、外部からの助言を迅速に経営に取り入れやすいサービス業では、外部からの助言の効果がより顕著に現れる可能性がある。

本研究は、外部機関からの助言と経営計画策定の機会を付与する補助金への申請が、事業者の生産性を向上させうることを示唆している。これを踏まえて、小規模な補助金政策においては、申請時に事業者が外部支援を受けるプロセスを組み込むことを提起したい。外部機関からの助言は、事業者が経営課題に取り組む上で、少額の資金援助よりも効果が認められる可能性がある。

本稿は、2021年10月24日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳し、一部加筆した上で転載したものです。

本コラムの原文(英語:2021年11月10日掲載)を読む

脚注
  1. ^ https://www.japantimes.co.jp/news/2021/07/05/business/economy-business/japan-minimum-wage/ を参照。
参考文献

2021年12月2日掲載