サーベイ論文の有用性
エビデンスに基づく政策形成(EBPM)にとっては、過去・現在の政策の効果を事後評価するだけでなく、政策の企画・立案に当たって既存の学術的知見を活用することが重要である(注1)。 例えば、イノベーションを促進するための補助金や税制がどの程度研究開発を促進する効果を持っているのか、公共投資を通じたインフラ整備が企業の生産性をどの程度高める効果を持つのかといったことは、本来、政策の企画・立案に当たって不可欠な情報である。
これらの政策は多くの国で行われており、経済効果に関する実証研究も数多い。それぞれの専門分野の研究者は、それら先行研究についての知見を持った上で新しい研究を行っている。しかし、一般の政策実務者が、個々の学術論文を検索して咀嚼し、あるいは最近の研究の進展をフォローするのは、時間的にもスキルの面からも容易なことではない。
ある政策分野について、優れたサーベイ論文で比較的新しいものがある場合には、それらを読むことで、何がわかっていて何がわかっていないのか、おおまかなことを知ることができる。サーベイ論文は、過度にテクニカルな説明ではなく、実務者が読みこなすことができるものも多い(注2)。仮にそうでない場合には、テクニカルな部分は飛ばしてエッセンスを読めば良い。例えば、設備投資や研究開発の資本コストに対する弾性値、生産性の社会資本ストックに対する弾性値などについて、サーベイ論文において過去の研究を通じた「コンセンサス値」が明らかにされている場合もある。そうしたケースでは、補助金や税制の効果、インフラ投資の定量的な効果を事前に推測することができる。
メタ分析からのエビデンス
サーベイ論文とは異なるが、「メタ分析」もおそらく実務者にとって有用性が高い。メタ分析とは、過去の実証研究における多数の推計結果を対象に、平均値はどの程度なのか、推計結果にどの程度のばらつきがあるのか、使用したデータや分析方法によってどういった違いがあるか、また、(政策)効果が頑健に確認されるかどうか、などを分析する手法である(注3)。 医学をはじめ自然科学では、ランダム化比較試験に代表される実験結果が個々の分析のサンプルに依存しない一般的妥当性(external validity)を持つかどうかを検証するため、多数のメタ分析が行われている。経済の分野では、教育、労働などの分野で比較的多くのメタ分析が行われてきたが、最近はマクロ経済学、国際経済学、空間経済学、産業組織論などの分野でもいくつかの例がある。経済学の分野では、医療とは異なりメタ分析の対象となる研究自体がランダム化比較試験に基づくケースは少なく、一般に様々な計量分析手法を用いた実証研究が対象である。
雇用政策の分野を例に取ると、最低賃金が雇用に及ぼす影響(Card and Krueger, 1995; Doucouliagos and Stanley, 2009; Boockmann, 2010; Leonard et al., 2014)、失業者に対する公的職業訓練・職業紹介といった「積極的労働市場政策」の有効性(Greenberg et al., 2003; Kluve, 2010; Card et al., 2010, 2018; Vooren et al., 2018)、男女均等法制の賃金格差への効果(Weichselbaumer and Winter-Ebmer, 2007)、保育政策の母親の就労への効果(Akgunduz and Plantenga, 2018)など、政策実務者が強い関心を持つイシューがメタ分析の対象になってきている。これらのほか、政策効果自体の分析ではないが、企業内訓練(OJT)の効果、労働組合の生産性・賃金・企業収益などへの影響、労働需要・供給の賃金弾性値、海外からの移民の国内雇用への影響など多くのイシューがメタ分析の俎上に上ってきている。
教育の経済効果も多数のメタ分析が行われている領域であり、学校教育が賃金に及ぼす効果(Ashenfelter et al., 1999)、起業に対する効果(van der Sluis et al., 2008)、所得格差への効果(Abdullah, 2015)、さらに学校の費用関数(Colegrave and Giles, 2008)なども分析対象になっている。
これらのメタ分析は世界各国の実証結果を対象にしており、日本を対象とした研究を含むことも少なくない。ただし、経済政策の有効性や副作用は、国の置かれた経済環境や時代によっても異なるので、日本での政策の企画・立案に当たって世界全体の結果を鵜呑みにすべきではないが、少なくとも「国際標準」がどうなっているのかというエビデンスとして貴重なものであり、是非とも参考にすべき情報である。特に、メタ分析によって政策効果の有無や大きさについて一応のコンセンサスがあると考えられる場合には、有用性が高い。
経済・産業政策に関するメタ分析
雇用政策、教育政策以外でも、メタ分析の例は多い。マクロ経済政策の分野では、財政政策がどの程度の波及効果を持つのか、どういったタイプの政策の有効性が高いのか、どういう場合に効果が大きいのかは実務的に重要な関心事であり、それらに関するメタ分析(Gechert, 2015; Gechert and Rannenberg, 2018)は参考になる。財政政策の長期的な経済成長への効果という意味では、社会資本整備が民間部門の生産性に及ぼす「生産力効果」が重要であり、これについてもいくつかのメタ分析が行われている(Melo et al., 2013; Bom and Ligthart, 2014)。これらは、マクロ経済政策だけでなく地域政策を考える上でも有用である。金融政策についても、例えば金融引き締めの物価への効果(Rusnak et al., 2013)、中央銀行の独立性とインフレの関連(Klomp and de Haan, 2010)、金融自由化と経済成長の関係(Bumann et al., 2013)といったメタ分析の例がある。
通商政策の分野では、WTO貿易自由化の経済効果(Hess and Cramon‐Taubadel, 2008)、通貨統合の効果(Rose and Stanley, 2005)、経済外交の貿易・直接投資への効果(Moons and Bergeijk, 2017)といった具体的な政策を対象としたもののほか、対内直接投資の国内企業へのスピルオーバー効果(Görg and Strobl, 2001; Harvanek and Irsova, 2011; Bruno and Cipollina, 2018)、輸出と企業の生産性の関係(Martins and Yang, 2009)、距離や言語の違いが貿易に及ぼす負の影響(Disdier and Head, 2008; Egger and Lassmann, 2012)など多くのイシューがメタ分析の対象となってきた。
企業を対象とした産業政策の効果についてのメタ分析は比較的少ないが、技術政策を対象とした例がいくつか挙げられる(注4)。 研究開発補助金についてはDimos and Pigh (2016)、研究開発税制についてはCastellacci and Lie (2015)がその例である。政策効果自体の分析ではないが、技術・知識のスピルオーバー効果がどの程度の大きさなのかは、研究開発への補助金や減税措置の存在意義を強く規定する。この点で、スピルオーバー効果の実証研究は数多く行われてきており、それらを対象としたメタ分析(Mauro, 2012; Neves and Sequeira, 2018)の有用性は高い。総じて言えば、技術・知識のスピルオーバーは量的に大きく、研究開発投資の社会的収益率が高いこと、研究開発税制・補助金が企業の研究開発投資を促進するのに有効なこと、特に資金制約の強い中小企業に対して補助金の効果が大きいことなどが示されている。
このほか、エネルギー分野は、経済学者だけでなく工学系の研究者が関わることが多いためか、必ずしも政策の効果自体を対象にしたものではないが、政策の基礎となる実証的事実に関するメタ分析が比較的多く存在する。ガソリン需要の価格弾力性(Brons et al., 2008)、エネルギーと資本の代替の弾力性(Koetse et al., 2008)、異なるエネルギー間での代替の弾力性(Stern, 2012)、エネルギー消費と経済成長の関係(Chen et al., 2012)、クリーン・エネルギーに対する消費者の支払意思額(Sundt and Rehdanz, 2015)といった例が挙げられる。
おわりに
以上見てきた通り、経済政策の企画・立案に役立つ可能性が高いメタ分析はかなり行われるようになってきている。政策実務者は、自身が担当する政策に関連するものがある場合には目を通して、だいたい何がわかっているのかを理解しておくと、政策形成の生産性を高める上で効果があると思う。ただし、研究は日進月歩なので、サーベイ論文を含めてなるべく新しい研究もカバーしたものを参考にすることが望ましい。また、専門の研究者はメタ分析以降の研究の進展についても把握しているはずなので、より最近時点の研究の動向はそれぞれの分野の専門家に尋ねるのが効率的である。
本稿は、経済政策に関連するメタ分析としてどのようなものがあるかを概観することが目的なので、個々のメタ分析の結果については深入りしなかったが、今後、政策分野毎にサーベイ論文も含めて内容にも踏み込んだ紹介をしていきたい。