RIETIでは「対外投資の法的保護の在り方」、「地域経済統合への法的アプローチ」、「FTA研究会」等、さまざまなWTO/FTAに関する研究を行っており(※)、本年8月6日には政策シンポジウム「Quo Vadis the WTO?:ドーハラウンドの将来と国際通商レジームの管理」を開催する予定である。今回はRIETIのコンサルティングフェロー(以下CF)であり、経済産業省 通商政策局 通商機構部参事官補佐を務める小林献一氏に、RIETIのプロジェクトおよび研究員の活動と通商機構部の業務との関わりについてお話を伺った。論文等の研究成果だけでは見えてこない、政策の現場と密接に関わっているRIETIの活動の一旦をご紹介したい。
RIETI編集部:
まず、通商機構部の業務について、特に小林さんがいらっしゃる国際紛争室の業務について教えていただけますでしょうか。
小林:
通商交渉は大別して、バイ(二国間:FTA、EPAや日米、日EUのような枠組み)とマルチ(多国間:代表例がWTO)があり、通商機構部は主としてWTOにおける各種活動への対応を行っているセクションです。通商機構部では、現在、ほとんどのスタッフが何らかの形でドーハラウンド関連の業務を担当していて、WTO閣僚会合をはじめG4やG6と呼ばれる少数国会合等のラウンド交渉全体の準備・運営をしたり、NAMA(Non-Agricultural Market Access:非農産品市場アクセス交渉)の関税引き下げ交渉をはじめとした諸種の交渉を担当したりしています。また特に経済産業省として力を入れている分野には、アンチダンビング(以下AD)や補助金等の貿易制限措置に関する交渉、いわゆる「ルール交渉」があります。その他、ラウンドとは直接関係ないのですが、私がいる通商機構部・国際経済紛争対策室では個別の紛争案件について、紛争解決手続きに持って行くのかいかないのか等の判断をしたり、DSBと呼ばれるWTOの紛争解決機関における活動に対応しています。
RIETI編集部:
小林さんがRIETIで行っている研究活動について教えていただけますでしょうか?また、通商機構部の業務とどういった関連があるのかについてお聞かせください。
小林:
機構部の参事官補佐とRIETIのCFと二足のわらじを履いている訳ですが、個人的には、役所と研究所のリエゾンとしての役割、また研究と実務の相互的なフィードバックを活発にしたいと思っています。役所には最前線の情報が集まる一方、腰を据えて情報を精査するキャパシティに欠ける傾向にあります。他方、研究所では優秀なリソースを抱えている一方、研究内容と実務ニーズにギャップが生じるケースが散見されるように思われます。そこで個々のプロジェクトに顔を出すことで、現在、政府が直面している課題をお伝えすると同時に、プロジェクト・メンバーから学説動向・他国のプラクティス等についてインプリケーションをいただく機会をなるべく多く持つように心懸けています。個々のプロジェクトについては後ほどご紹介したいと思いますが、一例を挙げると浦田秀次郎ファカルティフェロー(以下FF)の「FTAの質的評価と量的効果」プロジェクトについては、EPA交渉に実際に携わった一担当官として研究会に出席させて頂くとともに、本年3月に開かれた同シンポジウムにはコメンテーターの1人として、これまでEPA交渉で重視してきた点や今後の交渉にあたっての課題等をお話しさせていただき、私なりに少しはリエゾンとしての役目を果たせたかなと思っています。他方、自分の研究成果のアウトプットも求められるわけですが、これは後述の川瀬剛志FFのプロジェクトの枠組みで、通商紛争解決手続の透明性に関する論文(ディスカッションペーパー)を準備しています。順次、川瀬FFや研究会にご参加の先生方のご指導を仰ぎながら、公務の傍ら出版できる水準に引き上げようと目下奮闘しています。
RIETI編集部:
RIETIの研究員やプロジェクトと実際にはどう連携をとっているのでしょうか?いくつか事例を紹介していただけますでしょうか。
小林:
たとえば日本は二国間投資協定について他国より遅れをとっている部分があるのですが、投資協定の研究では小寺彰FFが有識者でいらっしゃるので、投資チームに松本加代研究員(以下F)経由でインプットしてもらったりしています。小寺FFに直接お聞きすることもあります。たとえばある国と投資協定を結ぶために条文案を検討しているとしましょう。その場合、各国が結んでいる投資協定や同協定に基づく判例・学説の展開を比較・検討したうえで、我が国にとって最善の条文案としてゆきます。その際、すでにご知見がある小寺FFや松本F、さらに小寺FFの投資仲裁判例研究プロジェクトの委員各位には様々なコメント・アドバイスを頂戴しています。
もう1つは、年1回発行している不公正貿易報告書(METI)というのがあるのですが、そもそも小寺FFは報告書を検討する産業構造審議会小委員会に執筆委員として入っていただいているので、WTO/EPA含めてアドバイスをいただいています。また、川瀬FFは地域統合プロジェクトを昨年進めていらっしゃったので、そこのプロジェクトとリンクするような形でインプットをいただきました。次年度以降、川瀬プロジェクトと報告書のEPAの部分はかなり密接に関わると思います。報告書が国際経済法の全体を俯瞰して正当な評価であるのか日本のEPAはどういう位置付けなのかといった部分が手薄になりがちなので、アカデミックなエキスパートからコメントをいただけるのはありがたいと思っています。そういった意味で作成する時から作った後まで適宜コメントをいただいたので非常にありがたかったです。
それからドーハラウンドにおいてADを含むルール分野の交渉に積極的に参加しているところですが、交渉では主にAD被提訴国として規律の強化を目指しています。その際、アメリカや中国から多くのAD措置を発動されている鉄鋼など産業界からの意見をよく参考にしていますが、その一環として通商機構部は外部の専門家を招いた研究会を開いており、そこの座長を小寺FFにやっていただいています。
一方で発動する側の立場からは、ADを国内で発動する特殊関税等調査室(貿易経済協力局)というセクションがあるのですが、日本はADを打った経験が乏しいため、WTO協定に整合的にADを発動するにはどうしたらいいかという問題意識から、他国の制度を参照しつつ、国内規定や調査手法が協定に整合的かどうか調査しています。その一貫として、通商機構部のルールチームと外部の専門家を招いた研究会を開いていますが、そこの座長を川瀬FFにやっていただいています。これらは政策のための研究会に専門的な方から直接的なインプットをもらっているケースだと思います。
また、8月にはWTOのシンポジウムをRIETIで開催しますが、これには通商機構部も積極的に協力しています。私もRIETIのCFとしてだけでなくむしろ機構部の参事官補佐として、プログラム内容の取り纏めから招聘者の選定まで、経済産業省内のニーズをとりまとめ、川瀬FFと二人三脚で準備段階からお手伝いをさせて頂きました。通商機構部としては、通商政策は日本の中であまり社会的に認知されていないので、学生を始めとし、法曹実務家やアカデミクスの人も含めて一般的な方々に啓蒙していかなくてはならないという問題意識があり、そういう意味でも積極的にサポートするとともに、RIETIさんには啓蒙活動を担っていただければと考えています。
RIETI編集部:
RIETIと連携をとることのメリットを教えて下さい。
小林:
お互いにメリットのある学官交流が出来ているというか、交渉の情報は経済産業省が握っているので、学者の方達にしてみれば、我々と仕事をすることで最新の情報が得られる。我々のほうは専門的な知見をいただけるということですね。交渉の現場の話はうちにしかないので、うちから(守秘義務に反しない範囲で)提供できるものは提供させていただき、アカデミックな方々からは過去の事例はどうなっていたかとか、今欧米の学会ではどういう議論になっているかというインプットをお願いしています。相乗効果を出していきたいという意識は機構部全体として持っています。