| 執筆者 | 関根 豪政(横浜国立大学) |
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| 研究プロジェクト | 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第VII期) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第VII期)」プロジェクト
造船分野における過剰生産能力への対処、既存の枠組の限界
鉄鋼、太陽光発電モジュール、電気自動車等における過剰生産能力が問題になっているが、造船もその問題が深刻化している分野である。世界の船舶建造量は、少し前までは日中韓の3強と言える状態で、シェアは中国35%、韓国32%、日本24%となっていた(2019年)が、近年は中国が一強と言える状態にある。中国の造船業が勢力を伸ばしてきた背景には、直接的又は間接的な補助金(地方政府により交付されるものを含め)、国有企業への優遇政策、産業の管理(参入促進ないし規制や企業数の調整)、産業基盤の支援策(土地の使用権の配分等)、国内産業を優遇する政府調達(国有企業による調達を含む)、人材育成政策等に代表される産業政策の存在が指摘されるが、それらを通じて力を得た中国の産業は、造船産業における過剰生産を招いたとされる。そこで、過剰生産能力問題を解消するような対等な競争条件を確保するための政策が必要とされる。
この点、WTO(世界貿易機関)における各ルールの利用が考えられるが、残念ながらWTO協定は過剰生産能力問題に十分に対処できる内容とはなっていない。補助金協定(補助金及び相殺措置に関する協定)は不透明な補助金への対処に限界があり、国有企業規制は十分に整備されていない。ゆえに、WTO協定のアップデートなり、他の制度の導入を求める声が日増しに大きくなっている。
従来の枠組みにおける対応
新規のルールがなくとも、過剰生産能力問題(不公正貿易問題)に対応が必要である状況を踏まえて、既存の枠組の下での対策が導入されつつある。例えば、米国は1974年通商法第301条措置として、2025年4月17日に、
- ①中国の船舶運航者や船主による海上運送サービスに対する入港手数料の賦課
- ②中国が建造した船舶を利用する船舶運航者に対する入港手数料の賦課
- ③外国で建造された自動車運搬船の船舶運航者に対する入港手数料の賦課
- ④特定の海上運送に対する制限(液化天然ガス輸出時の米国建造船舶等の利用)
を、第301条措置として導入することを決定し、同時に、
- ⑤港湾クレーンや他の港湾荷役設備に対する追加関税の賦課
を提案し、後に導入を決定した。しかし、当該政策に対しては、米国経済への悪影響が懸念されることに加えて、過剰生産能力問題自体の解消にどの程度貢献するのかが未知数という限界が指摘される(結局、措置は2025年11月10日から1年間の適用停止)。
より新しい対策
より新しい法的枠みとして取り上げられるのがART(相互貿易協定)である。ARTは、2025年4月2日に公表された米国の「相互関税」を受けて特定の国と個別に締結された協定である。その後の2026年2月20日に、IEEPA(国際緊急経済権限法)は大統領に関税(相互関税)を賦課する権限を与えていないとする米国最高裁の判断が示されたことにより、その将来的な動向が不透明性となったものの、当該協定は今後の貿易協定や政策における指標になる潜在性がある点で重要である。
ARTには過剰生産能力に関連する規定として、以下のような規定が設けられている。
ARTの多様な規定は、過剰生産能力問題の緩和に一定の効果を有すると推測されるが、他方で、協定相手国に特定の政策を強要する点に問題を孕む。規定の内容が抽象的で、予見性が低いことも問題点と言える。以上のような、種々の取組動向を踏まえて、以下で、今後取りうる政策を検討する。
今後に向けた対処
目下、過剰生産能力への対処策に特効薬となる政策は存在しないものの、次の5種類の政策が候補として考えらえる。第1に、補助金規律の拡充である。これは、これまでの政策的議論の延長上にあり、WTOにおいても議論が進められているが、実現性が低いのが実情である。よって、自由貿易協定(FTA)等の特定参加国間で進められる協定でどの程度発展を見せられるかが肝となるのではないか。第2に、産業別・事業者別対応である。対策を産業や事業所単位といったミクロなレベルに落とし込む案である。国家間の対立的構造を回避できるところに利点がある。USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)におけるRRM(特定事業所対象労働問題迅速対応制度)がモデルになる可能性がある。第3に、価格約束である。これはWTO協定下でも認められている仕組みであるが、拡大的な制度とする案である。ただし、過剰生産能力への対策としての有効性には疑義がある。第4が、協調行為や多数国間枠組みでの取り組みであり、具体例としてはARTの取り組みの多国間化等が考えられる。非市場経済国の船舶をボイコットする、あるいは関税を賦課する行為を多数の国が共同で行うことで、過剰生産を抑え込む形になる。もっとも、抑え込みの過程で各国の足並みが揃うかは定かではない。そして第5が対話での解決であるが、これは解決策それよりというよりも、他の政策との組み合わせによる効果が期待される。
最後に、これらの政策論とは別に、国際的な潮流として、造船に対する産業政策や過剰生産能力問題に対してはその根治が目指されるよりも、対抗的な産業政策や自国産業保護に傾倒しがちな点が指摘される。それらの対策が完全に否定されることはないとしても、問題解決を志向した政策の議論は絶えず行われる必要がある。