ノンテクニカルサマリー

投資条約上の自己判断的安全保障例外:濫用防止条項の機能と限界

執筆者 二杉 健斗(大阪大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第VII期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第VII期)」プロジェクト

安全保障上の対内投資規制の裁量をいかに確保し、その濫用をいかに防ぐか

日本政府は、日本経済と日本企業の生産性向上を目指し、民間外国投資を促進するための条約(投資条約)の締結を進めてきた。その一方で、経済安全保障の観点からは対内投資に対する審査や規制の強化の必要性も高まっており、そのための政策裁量の確保が重要な課題である。

そのため日本の近年の投資条約は、国が安全保障上「必要と考える」措置をとることを認める自己判断的な安全保障例外を広く採用し、しかも関税及び貿易に関する一般協定(GATT)等で見られる従来型の自己判断例外よりも裁量の幅を拡大している。

その反面で、規制裁量の過度な拡大は投資環境の不安定化を招き投資の萎縮ももたらし得る。重要なことは、投資受入国としての政策裁量の確保と投資家本国としての投資保護のバランスをいかに図るかである。

そこで本稿は、投資条約の自己判断的安全保障例外に置かれることのある「濫用防止条項」に着目し、それがどの程度、どのような形で諸国の投資条約に普及しており、国家の自己判断裁量に対していかなる制約をもたらす(もたらさない)のかを、定性的および定量的に検討した。

研究から分かったこと

濫用防止条項の現状を把握するため、公開のオンライン投資条約データベースから抽出した条約テキストの定量的調査を行った。その結果、自己判断条項やそのもとでの国家裁量の幅は増加している一方、そこに濫用防止条項が含まれる割合は、2011年以降おおむね27~28%で横ばいであることが分かった。ただし、貿易についても規律する条約では減少傾向にあるのに対し、投資のみを規律する条約ではむしろ増加しているという差異が見られたことは興味深い。

濫用防止条項にはバリエーションがあり、主要なものとして①例外援用を深刻な危機の場合に限定するもの、②例外援用の際に通知・協議を求めるもの、③不合理な差別や偽装した投資制限を禁じるもの、④条約義務の回避を禁じるものなどが確認された。自己判断例外を適用した最近の投資仲裁事例は、明示的な濫用防止条項がなくとも信義則による審査は残ることを示唆しているが、信義則一本では裁量統制の密度や内容が不安定化しやすく、明示的な濫用防止条項を置くことには一定の意義がある。

日本の投資条約交渉への示唆

定量調査の結果、日本が他の多くの国よりも積極的に濫用防止条項を導入していることが分かった(下図。本稿Figure 8)。重要なことは、それが自己判断裁量にどう作用するかである。例えば、USMCA上の先住民族例外という別の文脈に関してではあるものの、メキシコ・遺伝子組換えトウモロコシ事件パネル報告書(2024年)は、GATT 20条柱書類似の濫用防止条項(上記③に該当)を自己判断例外に置くと、同例外がまさに排除しようとした客観審査を再導入する効果を持ち得ることを示している。

図:主要な濫用防止条項の類型と国別の採用割合
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図:主要な濫用防止条項の類型と国別の採用割合

同様の懸念は、日本が最近の投資条約に一貫して置くようになっている義務回避禁止条項(上記④)にも当てはまる。そもそも例外とは、本来ならば条約に違反する措置を正当化する仕組みであるが、この条項が禁止しようとする「義務の回避」とは何なのか、解釈の余地が残る。権利濫用の防止規定と解釈されれば信義則を確認するにとどまるであろうが、規制措置の設計や目的関連性の客観審査の足掛かりとして用いられるならば、自己判断裁量への大きな制約となる。

濫用防止条項は、自己判断条項という「劇薬」の効果を事前にコントロールしようとする創意工夫の表れである。今後は、実際の適用局面を想定した規定ぶりのさらなる明確化が重要となるだろう。抑制したい濫用の態様はどのようなものか。措置の合理性や必要性をどこまで仲裁廷に審査することを許すのか。濫用防止条項の違反があれば例外援用を無効とするのか。これらの点が不明確であると、安全保障例外の解釈適用上の予測可能性を損ない得る。それは、日本政府のみならず日本企業にとっても望ましいことではない。他国や他分野の実行にも目を配り、不断の改良を続けることが不可欠である。