ノンテクニカルサマリー

デジタル化強度、グローバル・バリュー・チェーン、そしてレジリエンス:東南アジアにおける中小零細企業のデジタル格差に関する実証分析

執筆者 及川 景太(コンサルティングフェロー)/岩崎 総則(コンサルティングフェロー)/植木 靖(日本貿易振興機構アジア経済研究所 / 東アジア・アセアン経済研究センター)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

デジタル技術の普及は、企業の取引コストの低減、市場アクセスの拡大、生産性の向上をもたらすことが期待されている。一方で、その採用率は企業間で大きく異なり、特に中小零細企業(MSME)は大企業と比べてデジタルツールの採用が遅れる傾向にある。この背景には、オーナーの経営能力や企業の組織的能力の違いがあると考えられ、MSMEのデジタル格差は開発途上国にとっての重要な政策課題となっている。

こうした課題の重要性は、2020年に始まる新型コロナウイルス(COVID-19)パンデミックによって一層意識されることになった。対面取引やサプライチェーン、労働移動が大きく制約される中、デジタルツールはオンライン販売や電子決済などを通じて事業継続を支える重要な役割を果たすものとみなされ、ASEAN地域でも企業のデジタル化支援が実施された(Oikawa et al., 2024)。

しかし、MSMEのデジタル化の実態や、その決定要因・経済的効果に関する実証研究にはなお課題が残されている。途上国における企業レベル、とりわけMSMEの包括的な実態把握は限定的であり、デジタル化の測定も、電子メールの利用や電子商取引(E-Commerce)への参加といった単一の指標に依存するものが多く、企業のデジタル化の実態を十分に捉えられているとは言い難い。

本研究では、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)が実施した企業調査(Oikawa et al., 2024)のデータを用いて、インドネシア、マレーシア、ベトナムのMSMEを分析した。同調査は電話調査により実施され、3099社からの回答を得ている。調査では、デジタル化を6つの業務機能、23種類のデジタルツールについて把握するとともに、パンデミック以前(2019年以前)と感染拡大期(2020-2022年)の利用状況、企業業績、企業と経営者の基本属性、多国籍企業との取引関係(グローバル・バリュー・チェーン(GVC)への参加)、公的・民間支援プログラムへの参加状況等を収集している。

デジタルツールの6分類(23ツール)
デジタルツールの6分類(23ツール)
出典:筆者

分析では、デジタルツール採用のextensive margin(採用の幅)とintensive margin(利用の深さ)の二つの側面に区別した上で、その決定要因と企業レジリエンスへの影響を検証した。デジタル採用の決定要因においては、Stoneman and Battisti(2010)が整理する技術普及理論を踏まえ、企業の経営能力や組織能力の差が企業の間でデジタル採用の格差を生むと考える「ランクモデル」、周囲の企業採用が自社の採用を促進すると考える「情報波及モデル」、デジタル技術の普及に伴って相対的優位性が低下し、デジタル化が「競争優位」から「最低参加条件」へと変化すると考える「ストックモデル」の3つのモデルを定式化の理論的基礎とした。また、デジタル採用の進んだ企業ほど、パンデミック下のレジリエンスが高いとの仮説を検証した。

分析の結果、企業規模とデジタル採用には正の関係がみられ、パンデミック後に創業した企業ではデジタル採用が有意に低かった。一方、企業年齢自体の影響は限定的であり、オーナーの年齢や教育水準はデジタル採用と正の関係を示した。特に、高校卒以上では教育水準による差は大きくなく、企業間のデジタル格差は、企業の経験の蓄積よりも、経営者の能力や企業の組織能力に規定されていることが示唆された。GVCとの接合は、デジタル採用の幅・利用の深さの双方と正の関係を示し、とりわけ多国籍企業を顧客とする企業でその傾向が顕著であった。一方、公的・民間支援は採用の幅には有意な影響を与えなかったが、利用の深さには有意な正の効果を示した。すなわち、GVCとの接合はデジタルツールの導入と活用の双方を促進する一方、外部支援は新たなツールの導入よりも、既存ツールの活用や業務への定着を促す役割を果たしていることが示唆された。

続いて、企業のレジリエンスとデジタル採用に関する結果である。デジタル利用の深さはレジリエンスと一貫して正の有意な関係を得たが、デジタル利用の幅広さは有意な結果を得なかった。また、販売・マーケティング、業務インフラ、先端技術に関するデジタルツールは正の効果を示したが、社内管理ツールや物流ツールにおいては負の効果となった。これらの結果は、パンデミック下における企業のレジリエンスは、多様なデジタルツールを導入することよりも、それらを業務に深く組み込み、有効に活用することによって高まることを示している。さらに、周囲の企業におけるデジタル採用率が高いほど、デジタル化によるレジリエンス上の優位性は小さくなるという結果も得られた。これは、デジタル技術の普及に伴って先行導入企業の相対的優位性が縮小し、デジタル化が競争優位の源泉から企業活動の最低参加条件へと変化していくというストックモデルの考え方と整合的である。

以上の結果は、企業のパフォーマンスを左右するのは、単に多くのデジタルツールを導入することではなく、それらを業務に深く組み込み活用することであることを示している。また、デジタル技術の普及が進むにつれて、デジタル化は競争優位の源泉から企業活動の最低参加条件へと変化していくことも示唆された。

政策含意としては、デジタル機器やソフトウェアへのアクセス拡大だけでなく、経営能力の向上や業務プロセス改革を含む能力形成を重視した支援が重要である。また、GVCへの参画は企業のデジタル化を促進する重要なチャネルであり、国際的な企業ネットワークとの接続を支援する政策も有効である。さらに、デジタルツールはその機能によって企業にもたらす効果が異なるため、一律のデジタル化支援ではなく、企業の状況や目的に応じた支援が求められる。

参考文献
  • Oikawa, K., Iwasaki, F., Ueki, Y., & Urata, S. (2024). "The Digital Divide Amongst MSMEs in ASEAN." ERIA Research Project Report, FY2024 No. 20.
  • Stoneman, P., & Battisti, G. (2010). "The diffusion of new technology." In B. H. Hall & N. Rosenberg (Eds.), Handbook of the Economics of Innovation (Vol. 2, pp. 733–760). North-Holland.