| 執筆者 | Shiro ARMSTRONG(ノンレジデントフェロー)/浦田 秀次郎(シニアリサーチアドバイザー / 早稲田大学) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
先進各国において、産業政策が経済政策立案の中心に再び据えられるようになった。かつてはひずみをもたらす政策手段として退けられ、主に後発工業国に限られて行われていた政府主導の介入が、世界金融危機、コロナ禍、米中対立の激化、喫緊の課題である脱炭素化、多角的貿易体制の弱体化を要因に、欧州、北米、東アジアで復活している。本稿では、こうした変化の断層線に位置する日本の政策を検証する。現在の日本の産業政策は、戦後における開発志向国家として重要な政策要素であった政府による調整、セクター・ターゲティング(特定セクターに対する注力)、戦略的産業に対する公的支援を活用しながらも、その運用は経済的にも地政学的にも根本的に異なる環境で展開されている点について論じる。かつての政策はキャッチアップ型成長と輸出競争力の向上を目標として打ち出していたのに対し、今日ではサプライチェーンの脆弱性、技術競争、エネルギー安全保障の不安定化、ルールに基づく秩序の崩壊が政策の策定要因となっている。日本の経済安全保障政策は戦略的自律性と戦略的不可欠性の両方を追求する一方で、その過程ではレジリエンス、効率性、財政の持続可能性および経済の開放性の間にトレードオフが発生する。
歴史的背景
日本の戦後産業政策は、1940年代後半から1950年代初頭にかけての復興に始まる。戦後の荒廃した経済の再編が、財閥解体、農地改革・労働改革、マクロ経済の安定化、そして1949年の通商産業省の設置などの政策を通じて進められた。朝鮮戦争が外部からの景気刺激となり、復興を加速させた。また、税制優遇、財政投資、外国為替管理に支えられた合理化政策は、政府が重要と判断した産業を積極的に支援するターゲット型産業政策の手法の始まりとなった。1950年代後半から1970年代初頭にかけての高度成長経済期は、開発志向国家としての成長に最も符合する。この時代、輸入保護、低金利融資、補助金、税制優遇などの施策が鉄鋼、造船、石油化学および自動車産業を対象に実施された。ただ、ターゲット型政策の有効性については、今なお議論が分かれる。たとえばJohnsonのように、日本の「奇跡的」成長は通商産業省による政策調整の成果だと評価する見解がある一方で、その後のセクター別研究では、支援は非効率なセクターに向けられたことも多く、より広範な経済状況と切り離して政策の貢献度を明確に把握することは困難であることが明らかにされている。1970年代の石油危機を契機に、産業政策は重点を知識集約型・高付加価値産業へとシフトした。経済安全保障の概念が、自由貿易、外交関係、およびエネルギー安全保障や食料安全保障を軸に、初めて日本の政策立案に取り入れられたのはこの時期のことである。1990年代から2000年代にかけては、開発志向体制から市場主導の構造改革へと転換が図られたが、2010年代半ばになるとワシントン・コンセンサスが崩壊し始めた。
新たな経済安全保障の環境
産業政策復活の背景には、相互に関連する5つの動向が認められる。第一に、中国の台頭は、世界貿易秩序の再編をもたらし、電子機器や医療用品などのセクターにおいて日本の中国製造への依存を深める結果となり、2010年のレアアース問題によって明らかになったように、日本を戦略的リスクにさらす要因となった。第二に、環太平洋パートナーシップ(TPP)からの離脱から、トランプ政権2期目に入っても続くより取引主義的な姿勢に至るまで、米国が多国間体制の支え手としての役割を後退させていることで、日本が依拠してきた制度的基盤の弱体化が進んだ。第三に、米中の戦略的競争の激化により、日本の政策の選択肢は狭められ、二国間協定は既存のWTOルールの枠外に押し出された。第四に、デュアルユース(軍民両用)のデジタル技術やサイバー技術の出現で、半導体やAIおよび関連分野をいかに支配するかが大国間競争の主たる舞台となり、日本も輸出管理を拡大せざるを得なくなった。そして第五に、コロナ禍の中で、日本の産業が依存する高度に統合されたジャスト・イン・タイム方式のサプライチェーンの脆弱性が露呈した。こうした変化を反映して、有害な貿易介入が世界的に大幅に増加しており、その中で産業政策が今や大きな割合を占めている。
日本の戦略的判断は、米国と中国の狭間にある日本の立ち位置と、引き続き世界市場への依存度が高いことを基盤に下されている。政策立案者は、半導体、医薬品、重要鉱物などの重要物資のサプライチェーンのレジリエンスを重視し、選択的なオンショアリング、多様化、備蓄拡大、そして米国、オーストラリア、欧州連合(EU)との連携を通じてその実現を図ってきた。図1に見られるように、日本による貿易介入の大半は、国家安全保障や地政学的懸念が要因ではなく、レジリエンスの確保と戦略的競争力がその目的となっている。この傾向は、介入措置の目的がより均等に分かれている米国や他のG7諸国とは極めて対照的であり、日本は国内経済目標の促進に保護主義的な手段を活用している点で際立っている。とはいえ、日本はルールに基づく秩序を放棄したわけではない。これまでに環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)の締結を主導し、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定に加盟し、標準策定や投資においては志を同じくするパートナーと引き続き協力している。
枠組み、政策手段およびトレードオフ
現在の政策の中核を成しているのは、重要物資の安定的供給、基幹インフラ役務の確保、先端技術の支援および特許出願の非公開を4つの柱とする経済安全保障推進法(2022年)である。政策はとりわけ半導体に重点が置かれており、政府補助金は、レガシー半導体を生産するTSMC熊本工場と、2027年までに次世代2ナノ半導体量産を目指す政府出資のラピダスの両方に投入されている。前者は従来からのキャッチアップ型の産業政策に基づくもので、後者は技術フロンティアにおける能力構築を目的としたはるかに高リスクな試みである。この政策は、グリーン・トランスフォーメーション(GX)、重要鉱物とレアアースの備蓄、国防、さらには高市首相の下で対象の拡大が図られている戦略的分野に及んでおり、政府一体となった制度的枠組みで運用されている。こうした取り組みは、高齢化とほぼゼロ成長が続く中、国の債務残高対GDP比が200%を超える経済においてすでに重い財政負担を一層増幅させ、補助金依存や各国間での補助金競争の危険性を高めるものである。重要な点として、本稿では、効率性と安全保障を代替関係にあるものとしてとらえることは誤りであること、深い統合は威圧を抑制し、日本の選択肢を広げ、繁栄そのものが地政学的リスクに対する最大のヘッジとして機能するようになることを論じる。
結論
日本は手本となる存在であると同時に、警鐘となる事例でもある。日本の政策は、先進諸国が世界秩序の不安定化にいかに適応しているかを提示する一方で、その政策は新たな財政負担を生んでおり、自由貿易とレジリエンスのバランスをいかにとるかの問題を提起している。新たな産業政策を適切に運営していくには、補助金に関する国際規律の強化が必要であり、そのためにはCPTPPやRCEPなどの複数国間協定や地域協定を通じ、最終的にはWTOの機能回復を果たすことにより規律強化に努め、負の波及効果を抑制し、近隣窮乏化政策による底辺への競争を回避することが求められる。日本が経済安全保障を軸に開放性を維持しつつ、技術、産業そして国際協力をいかに調和させることができるかが、日本の繁栄の持続可能性を左右するだろう。
- 参考文献
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- Evenett, Simon, Adam Jakubik, Fernando Martín, and Michele Ruta. 2024. "The Return of Industrial Policy in Data." The World Economy 47, no. 7: 2762–88.