| 執筆者 | 川口 大司(ファカルティフェロー)/小川 一葉(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社) |
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| 研究プロジェクト | 持続可能な経済を目指す労働政策 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
政策評価プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「持続可能な経済を目指す労働政策」プロジェクト
時間外労働の上限規制は労働者の厚生を改善するか?
背景と政策的位置づけ
2019年4月、働き方改革関連法の施行により、日本で初めて時間外労働に法的上限(年360時間、繁忙期でも年720時間・月100時間)が設けられた。それ以前は労使協定(36協定)により事実上青天井の残業が可能であった。改革の趣旨は長時間労働の是正・健康確保・仕事と生活の両立にあるが、政策作成過程では賃金や能力開発の機会を損なうのではないかという懸念も示されていた。
研究の目的と手法
本研究は、上限規制が労働者に与えた影響を多面的なアウトカムを用いて計量的に検証する。
- データ:日本家計パネル調査(JPSED)2015〜2023年の9年間パネルデータ(約4.5万人)
- 手法:「週47時間以上働いていた労働者」を処置群、「週47時間未満働いていた労働者」を対照群とするイベントスタディ(個人固定効果・年固定効果を制御)
- アウトカム:労働時間、賃金、業務量・多様性、スキル投資機会、副業、健康状態(疲労・精神的緊張・抑うつ)、仕事・生活満足度
主な発見事実
規制前に週47時間以上働いていた労働者(規制前の全雇用者の約7.7%)を対象とした分析から、以下の知見が得られた。
政策的含意
- 上限規制は長時間労働の解消という主目的を達成しつつ、賃金の低下・スキル機会の喪失・仕事の満足度の悪化といった副作用は確認されなかった。
- 企業は労働時間削減を労働強化ではなくタスクの再編成で吸収した可能性が高い。
- 健康面の改善は確認されたが、生活満足度・幸福感への波及は限定的。
- 副業の増加は軽微であり、規制が抜け穴的な副業シフトをもたらしたとの懸念は現時点では否定される。
- 今後の課題として、企業の生産体制・生産性・管理手法への影響、および職場における男女格差の変化(特に管理職登用)の検証が挙げられる。